ドルおじは転生して美少女魔女になりました。

マァーヤ

第1話 身元確認と皇国の都

 ”まずは印象を良くしなきゃ――”


 あたしは肩掛け鞄から手鏡を取りだして、自分の身なりをチェックした。


 水色のとんがり帽子に汚れは…無し、と。

 黒髪の三つ編みおさげも乱れてはいない――と。

 前髪のパッツンも整ってる。

 よし、よし。

 目やにもないよね。

 潤んだ黒い瞳、はい、イイ感じ。

 歯、よし、白い。

 水色のローブ、うん、埃はついていない。


 あたしは手鏡を仕舞い、そのまま待合室で順番を待った。


「では、次の方。Aの24番さん、こちらのカウンターへ」


「はい」


 あたしは、みやこへと入るために、外壁門の管理詰所にやってきていた。

 初めて訪れた場合、地方や他国出身の者は、ここで身分の証明をしなくてはならないのだ。


 あたしが入ろうとしているのは、皇帝陛下が住まうフィホン皇国の


 フィホンは、世界で唯一の中立国。

 大陸の中心部に位置し、神話の時代からあるといわれている。


 最近魔物が増えだして、他国で戦争は起きていないけど…それでも、世界の混乱を引き起こそうとする悪いやからはいるもので――


 こうして、入都にゅうと前に審査が行われているのだ。


 中立国であるフィホンは、各国との調整調和を取り持つ役割を担う代わりに、他国にいっさい口出しをしない、という立場を宣言している。

 それは、他国出身者が自国で罪を犯したまま逃亡し、フィホンに入国しても、その罪を問わない、ということでもあるのだ。

 

 しかしながら、それでは犯罪者天国になってしまう恐れがある。

 だからそのようなことを未然に防ぐため、都外からやって来る者の、身元の証明を外壁門でしているのだ。


「それでは、ご自身の身元証明を、まずは口頭でお願いします」


 眼鏡をかけた七三分けの男性の役人が、カウンター越しに伝えてきた。

 今あたしがいる場所は、管理局の役人がたくさんいる大きな室内だ。


 と、いうことは。

 首都の外壁が、かなりの厚みのあるものだとわかる。


 だって、こんな大きな管理局が入っているのだもの。

 他には、門番たちの詰所や宿泊所、牢屋なんかもあるみたいだし。


 あたしはお辞儀をしてから、肩掛け鞄を抱きかかえて、カウンター前の椅子に腰かけた。あと、かぶっている丸いつばのとんがり帽子も脱いで、床に置いた。

 綺麗な水色なので、汚したくはないのだけど…仕方がない。


「生い立ちからで、いいですか?

 少し長くなりますけど…」


「えぇ、どうぞ。構いません」


 あたしは呼吸を整えて、七三分けの役人に語りはじめた。

 あくまでもいえる範囲だけ、だけど。


”実はあたし、前世ドルおじで、”なんて、信じてもらえないだろうから――

 

 役人はペンを持ち、引き出しから数枚の書類を出した。

 記録を取るためだろう。


「あたし…いえ、私の名前はマーリン・フォレストです。

 フィホン国民ですが、遠くの地方から出てきました。


 東の、モボロの町からです。


 新しくできた街道経由で、共同馬車を乗り継ぎ…だいたいここまで2週間かかりました。


 実は、私は孤児です。


 育ててくれたのは、町外れにあったさだめの教会の巫女魔女様です。

 私は、町近くの森林に捨てられていたそうです。


 当時、巫女魔女様は80才というご高齢でした。


 それでも赤ん坊のあたしが不憫だと、育ててくれました。

 町は小さく、さほど特産もなく…あまり豊かではないので、引き取り手がなかったんです。


 名前は、巫女魔女様がミーリンだったので、あたし、あ、私のことは”マーリンにしよう”と、決めたそうです。


 国民の登録は、命名の時に、国の出向所でしたそうです。

 その時、私は彼女の娘になりました。


 それから、16年。

 私は、さだめの教会にて巫女魔女のわざをミーリン様に教えていただきました。


 ですが、ミーリン様が1ケ月前にお亡くなりになり、町のさだめの教会を閉じることになりました。


 私は住む場所を失い、新たな職を求め、こうして都に出てきたのです」


 あたしは、都に来たことのあらましを、役人に伝えた。

 七三分けの役人は書記をやめ、ゆっくりと顔をあげた。


 室内の明かりで、眼鏡がキラリンと光ったのが、ちょっと可笑おかしかった。

 だってなんだか、マンガやアニメのワンシーンみたいなんだもん。


「マーリンさん、あなたが”モボロの町のさだめの教会を継ぐ”という、選択肢はなかったのでしょうか?」


「子供の頃は、それも考えました。

 けれど、ミーリン様が、それを拒みました。


 さだめの教会はきっと消えゆくだろうから、と。


 それは魔導プレートが発明されたからです。

 プレートは、少量の魔力で生活魔法が発動する便利なものですよね?


 ですがあまりにも便利で、さだめの教会の仕事がほとんどなくなってしまったんです。

 一番の売れ筋だった”身代わり人形”も、魔導プレートで需要がなくなったんですよ。


 ご存じですか? 身代わり人形のこと?」


「すみません…勉強不足で――」


「ですよね…

 都の方たちはかなり前から魔導プレートをお使いになってますものね。


 プレートが地方に出回ったのは、十年前くらいです。


 そしてそれは、すぐに浸透しました。めちゃくちゃ便利ですから。

 水は出せるし、お湯も出せるし、火もついちゃうし…


 世の中に広まらないわけないですよねぇ。

 ミーリン様も”便利でありがたい”と、よくおっしゃっていましたし。


 私も井戸の水汲みや蒔き拾い、かまどの火付けから解放されて、嬉しかった記憶がありますもの。


 ですが、うちの商品はまったく売れなくなっちゃって。

 作っても赤字でしたから。


 なので、ここ数年は、畑を作ったり、山菜を摘んだりして、生活をしていました。

 幸い私は、巫女魔女の登録を教会にしていなかったので、自由になれたんです。


 これもミーリン様のおかげです。

”やりたいことをやって良い”と、いうことなんです―――


 だからっ、

 あたしは都にきたんですっ」


 つい興奮してしまい、勢いよくカウンターを叩いて立ち上がってしまった。

 で、それに驚いて、七三分けの役人のかけていた眼鏡が、ガクッとずれた。


「ぁ、すみません…意気込みが爆発しちゃったみたいで…


 以上が、あたし…

 いや、私の身元証明の話しになります。


 なんか、すみません」


 あたしは反省しながら、ゆっくりと椅子に腰かけ直した。

 七三分けの役人は、ずれた眼鏡をかけなおして、静かにうなずいた。


「わかりました。

 都にきた事情も納得できると判断します。

 フィホンの国民であれば、それほど身元追及はいたしませんので。


 あとは身分確認だけです。


 身分板ポジションプレートは、お持ちですよね?

 こちらの受付用の金のプレートに重ねてくださいますか?

 すぐ終わりますので」


 七三分けの役人は、A4サイズの金色のプレートをカウンターの上に出して、それをあたしの方へと寄こした。


 あたしは、首に下げていたペンダントをはずし、金のプレートの上に置いた。

 それは、前世の…昔の駅の切符みたいな大きさの、長方形のシルバーの板だ。


「では確認します。”身分証明取引”」


 七三分けの役人が金のプレートに向かって、そう告げた。

 あたしも同じようにプレートに「”了承”」と告げた。


 すると互いのプレートが光りだし、”チリリリリン”と小さな音を鳴らして、その後、光りは”すぅー”と消えた。


「それでは、登録されている簡単なデーターを、読ませていただきますね」


「はい、お願いします」


 七三分けの役人は、空中に目線を合わせ、ふむふむとうなずいている。


 はたから見たら、ただぼけ~としてるように思えるが、彼はちゃんと仕事をしているのだ。

 それは、本人にしか見えないデーターが、空中に表示されているから。


 例えるならば、向こうの世界にあったVRみたいな感じだ。

 プレートの発動魔法を通じて、空中に透過された文字や数字が表示されている。

 それは本人の脳みその中で起きていることだけど、使用すると、あたかも目の前に表示されているように見えるのだ。


「マーリン・フォレスト。16才。女性。

 フィホン皇国の国民。モボロ町の出身。

 現在の立場は…一般人で、魔女ですか。


 なるほど。

 マーリンさんは、人よりも魔力量が多いのですね。


 んー、これでしたら、魔法学院に入学できるかと。

 年齢的にも、受け入れ可能だと思いますので」


 この世界では、魔力量が一定のラインを越えると、魔女や魔導師の区分が身分につけられるのだ。女性が魔女で、男性が魔導師。

 その数は、大陸全土の1/3といわれている。


 魔女や魔導師の区分がついた者のほどんどが、教会勤めや城勤めの騎士になる選択をするため、魔法学院に入学するらしい。


 でも、あたしが知っている向こうの世界のファンタージものとは違って、ここの世界の教会勤めや騎士は、お金をもらって仕事をする職業のひとつでしかない。


 なので、神につかえて信仰心を捧げるとか、高尚な精神を持って騎士になるとかではないようだ。教会は13あって、それぞれが商品を開発して売っているし、騎士も試験の合否で決まるのだ。


 ま、あたしはどちらも選ばないけど。

 ミーリン様が生前、”巫女にも騎士にもなるもんじゃないよ”て、いっていたし。


 なんか一度なると、死ぬまで勤めあげなきゃならないそうなので…


 とくに騎士は、”腐っても騎士”ていう悪習があるのだとか。

”落ちぶれても死ぬまで威張る”て、意味らしい。


 すべての騎士がそうではないのだろうけど、まぁプライドは高いだろう。

 なるまでが相当大変らしいからね。

 

「――学院には興味がないので。

 ひとまずは、さだめの教会で学んだわざを活かすことができるような、そんな職を探すつもりです」


「そうですか…もったいない気もしますが。


 ですが、マーリンさんの人生ですので。

 役人の私がとやかく言う事でもないですし。


 どうぞ、都で良い職に就けますように」


「ありがとうございます」


 七三分けの役人が、あたしの身分板ポジションプレートを返却してくれたので、あたしは頭を下げた。


「それでは、以上です。


 ようこそ、フィホンの首都へ。


 ここは大陸でも大きな都ですから、いろいろと充実していますし、楽しく暮らせるかと思いますよ。


 ちなみに都は扇状地に扇型で建てられておりますので、お時間があるときにでも、街一番の塔に登って見渡すことをお勧めします。街並みが美しいですよ。


 あと、女性が一人でも安心して泊まれる宿屋などをお探しならば、中央城塞の近くにある宿屋がお勧めです」


「ありがとうございます。


 宿屋の情報、助かりました。

 どうしようかと、悩んでいましたので。


 塔もいずれ登りますね」


 あたしは立ち上がって、にっこりと笑い、お辞儀をした。

 社交辞令は、お手の物だ。


 あたしは抱えていた肩掛け鞄から手を離し、床のとんがり帽子を拾って、それをかぶった。

 魔女だとわかった時から、ずっとこのタイプの帽子をかぶりたかったのだ。

 あと、フード付きのローブも。


 だって、”ザ・魔女です”て、感じがるんだもの。


 ただし、とんがり帽子やローブは教会の制服でもあるので、ちょっと注意しなきゃないけない点がある。


 それは色だ。


 カラーが、それぞれの教会で決まっているので、巫女魔女でないあたしが教会と同じ色の帽子やローブを身につけることは、ご法度なのだ。


 なので、どうしてもその格好をしたいあたしが選んだ色は、空色の帽子とローブ。

 だって、晴れた空が好きだもの。見ていて気持ちイイから。

 まぁ町の仕立て屋で作るときは、「水色でお願いします」て、いったけども。


 そのルールさえ守れば、とんがり帽子やローブは、一般人でも使用可能だ。


 あたしが身につけている色が汚れて青く見えると、青色があきない男神おがみダダンテ教会の色になってしまうので、それはアウトになる。

 だから、洗濯にすごく気を使う。

 本当は黒がいいのだけど…、それは聖獣教会の色なので諦めた。


 ちなみに、さだめの教会は緑だ。

 あたしは巫女ではなかったので、小さい頃は緑のローブではなく、緑のマントを羽織っていた。それは教会の信者、という意味になる。


 ローブが教会勤めの巫女魔女や神官魔導師の制服に対し、マントは、神を信仰し奉仕する信者の目印という位置づけで羽織るのだ。


 あたしは信者ではなかったけど、奉仕する者という意味で、さだめの教会の緑のマントを羽織っていた。


 でも、やっぱ憧れはだったんだよねぇ~

 前世でも魔女好きで、お気に入りの人形には、とんがり帽子とローブを作って着せていたもの。


 そう、向こうの世界であたしが死ぬまでは、そうやって人形たちで遊んでいた…


「マーリンさん、お気をつけて。

 本日、担当したのは、コーエンです。

 ありがとうございました」


 七三分けの役人…いや、コーエンさんは席を立ち、あたしにお辞儀をした。

 あたしも、帽子を脱いで、もう一度深々とお辞儀をして、管理詰所を後にした。


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