これ以上失いたくない

「喜多村さん……もしかしたらこれは私の思い違いかもしれないけどさ……今週末、心中する予定でしょ」


 11月23日の放課後、淡海ヒカリは喜多村ナナの真意に触れようとしていた。




 小さい頃、淡海ヒカリは衝撃的な死に接してしまった。


 8年前の2学期前日、よく一緒に遊んでくれていた近所の男子高校生、中野テンジが安楽死してしまったのだ。


 『誰にも愛されず、蔑まれるくらいなら死んだほうがマシだった』という遺書を遺したのだと、ヒカリは大人たちから聞かされた。


 そしてヒカリは、いつも自分の遊びに付き合ってくれるお兄さんに、幼い恋心を抱いていた。


 だからこそ、彼の死はヒカリの心に大きな影を落とした。


 そして、彼女はテンジと同じ高校で高校生になり、希望部に入部した。


 死にたかったからではない。


 死に急ぐ人たちに対し、少しでもいいから立ち止まって欲しかったのだ。


 しかし、彼女の独りよがりな願いでは、安楽死希望者の揺るぎない想いを揺るがすことは難しかった。


 彼女が入部して以降も初代部長であった中野テンジの後を追うかのように部長は死に続け、その誰もが制止を振り切っていった。


 もちろん、その中には安楽死が待てずに自殺した者や心中した者もいた。


 だからこそ、彼女は死に敏感になっていたのだ。


 だからこそ、ナナの企みはバレてしまったのだ。




「あ、ああ……あぅ、あっ」


 急に真意を当てられ、タジタジになるナナ。


「……やっぱり、思い違いだったかな」


「……あっ、ううん……図星」


 慌てるあまり、ナナは自白してしまった。


「やっぱり……8時間目や土曜授業が怖いのかな」


「……うん」


「そっかぁ……じゃあさ、私と一緒に自習室登校しないか?もちろん、四木村とも一緒に」

  

「えっ……?なにそれ……」


「うちの学校にはね、どうしても教室に行けない生徒のために『自習室』っていう場所があって、来週からそこでの滞在も授業参加ということになるんだ」


「……そんな、上手い話なんてあるわけ」


「今日配られた学級だよりに書いてあったよ」


 ナナは通学カバンを開け、学級だよりを改めてきちんと確認する。


「ホントだ……『来週からは自習室滞在も授業参加という扱いになります』って書いてある」


「おそらく、希望部員だった生徒が部活解散の影響で自殺するのを防ぐためだろう。渡る世間は鬼だけじゃないってことだねぇ」


「……なるほど」


「まあ、今なら希望部廃部がいい具合に追い風になっているから、このまま四木村さんと一緒に1か月の休学申請ってのもありかもねぇ」


「……」


 ナナは己を恥じた。


 ケイスケの希死念慮にだけ気が向かい、己の中にもかすかにあった希死念慮に気が付かなかったことに。


「……淡海先輩、ありがとう。心中、やめる」


 そして、ナナは25日に例のコンテストの結果発表があることも思い出し、ひとまず心中するのをやめた。


「……あっ、もうすでに土曜日に一緒に山に行くよう誘っちゃったんだけど、どうしよ」


「相手にその気がないんだったら、普通に山に行ったんでいいんじゃないかな?近くの山で謎解きイベントやっているみたいだし、そっち行くのもありだよ」


「……そっか。いいねそれ」


 ナナが今後の予定に思いをめぐらし、笑みを浮かべる。


 その姿をみた淡海は、ひとまず安心するのであった。

 

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