希望部顧問、鎌田先生

 鎌田先生は、俺たちが所属する希望部の顧問で創設者でもある。


 とてもやさしい男の先生で、俺のような生きることに苦しんでいる生徒たちに寄り添ってくれるいい人だ。




 11月20日、俺はスクールカウンセラーと話をするために学校に赴き、カウンセリングが終わってから希望部に顔を出した。


 これでも一応部長なので、たまには部員たちの顔を見ておきたかったのだ。


「おぅ!ケイスケ、もう復帰した感じかなぁ?」


 淡海先輩が軽快に呼びかける。


「顔出し……したかったのかな?」


 ナナが俺の内心を言い当てるような発言をする


「ケイスケさん、試験の方はどうでしたか?」


 珍しく部室にいた鎌田先生が、優しく問いかける。


「あ、そっちの方は受かりました」 


「よかったですね……それで、いつ決行するかはもう決まっていますか?」


 希望部の部長は、これまで誰一人例外なく在学中に安楽死していった。


 俺もまた、その中の1人になるのだろうか。


「ごめんなさい……まだ、決まってない」


 事実、俺は死に時を決めかねていた。


 ナナと一緒に生き続けて幸せになりたい気持ちと、苦しみまみれの人生を終えて楽になりたいという気持ち。


 どちらも本心だからこそ、悩ましいし、苦しいのだ。


「……大丈夫です。いつかきっと、『死にたい』と明確に思うときが来ます。その時こそが、死に時だと思いますよ」


「アドバイス、ありがとうございます」


 鎌田先生は優しい。


 正の感情はもちろん、負の感情ですら寄り添ってくれる。


 希望部を作った理由も、とある生徒が生きることに苦しんでいるのを見て、彼を救うためだったのだという。


 彼の身体を張った交渉のおかげで、俺たち希望部員は土曜の授業や7時間間目や8時間目を免除してもらえている。


 俺たちは鎌田先生に感謝している。


「じゃ、私はこれから別の用事があるのでまた明日」


 俺が入室してから数分後、鎌田先生は希望部の部室から出ていった。




「鎌田先生って……他の先生より手心があって……いいよね」


「そうか。私はあんまり……好きじゃないけどねぇ」


 ナナの感想に対し、淡海先輩が反論する。


 彼女が他人に嫌悪を示すことは、とても珍しいことであった。


「……まあでも、個人的な好みの話を人に押し付けるわけにはいかないなぁ……今の話は忘れてほしいな」


 そう言いつつ、淡海先輩は自由帳を広げて謎の生物の絵を描き始めた。


 その顔は、とても寂しそうだった。


 俺はこれ以上、話を発展させることができなかった。


 


 そして、11月21日になった。


 その日、希望部が廃部になった。


 所属部員である二条イツキが不祥事を起こしたことが1つ目の理由であった。


 2つ目の理由は――




 顧問であった鎌田先生に『安楽死をするよう生徒をそそのかした疑い』がかけられ、警察に逮捕されたからであった。

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