先代部長に会いに行こう

「……ケイスケはさ、来月の11日に安楽地区である『試験』、受けるんだよね」


 合掌地区行きの電車の中、俺は隣に座るナナに質問された。


「ああ、再来週の土曜日にある秋季の試験を受けようと思っている……これ以上、先延ばしにしても苦しいだけだからな」


「そっか、そっか……試験、受かるといいね……」


 ナナがいつもより心細そうな声を出す。


「……まあ、怖くないわけじゃないけどな」


 僕たち希望部員が合格を目指す『試験』は3か月に1回、タカセ区の中心部たる安楽地区にて土曜日に行われる。


 過去の部員たちもその半数以上が合格し、卒業を前に退部すると同時に退学した。


 そして、『部長』の称号はもっとも試験の合格と退部に近いとされる部員に代々手渡されてきた。


 そして今、その称号は俺が持っていた。




 合掌駅で電車から降りた俺たちは、解散する前に先代部長である定家さだいえテイカ先輩に会いに行くことにした。


 しかし、手土産も無しに行くのは失礼だと思い、花屋で買い物を行うことにした。


「定家先輩は、本当に立派だったよ……自分も苦しいのに、ちゃんと他の人の苦しみにも向き合っていてさ……」


「……そうだね。悩みを相談しても嫌な顔一つすることなく聞いてもんね」


 定家先輩は今年の夏にあった試験に合格して、俺に部長の称号を預けて退部してしまった。


 定家先輩のもとに行くのも、退部する日まで俺たち後輩を気遣ってくれた先輩に感謝を伝えるためであった。

  

 俺たちは花屋で買い物に住ませた後、定家先輩がいる場所へと足を運んでいった。


 数分後、俺たちは合掌地区墓地の中にある定家先輩の墓の前で、手を合わせていた。


 


 俺が再来週受けようとしている『試験』には、正式名称がある。


 それは、『安楽死権獲得試験』だ。


 その試験は筆記と面接で構成され、そこで己の死への渇望を証明できた者はいつでも痛みなく死ねる権利『安楽死権』を得ることができるのだ。


 俺たち希望部員は人生を終わらせることを希望して入部し、この安楽死権をつかみ取るべく日々試験対策を行っている。


 そして、試験に受かって権利を獲得できた者の大半が希望部および人生から退部していったのだ。


 もちろん、定家先輩もそうやって無事退部できたのだ。


「定家先輩、こっちは元気でやっています。どうか、先輩も安らかにストレスなく過ごしてください」


 生前の定家先輩は常に苦しんでいた。


 完璧主義者な母親のせいでテストで100点が取れないだけでトラウマで嘔吐し、泣いていた。


 そして、常に人生の早期リタイアを望んでいた。


 だから、これでよかったのだ。


 今頃、彼の一部は安楽死権獲得試験を主催している製薬会社『タカセアーク社』の手で臓器移植を望む人たちの中で生きているだろう。


「俺も、試験に合格したらすぐにそっちに行きます……愛を知ることができなかったのが心残りですが」


 俺もまた、人生の早期リタイアを望んでいる。


 生まれつき書字が下手なせいで親を含めた多くの人々に殴られた心が、すでに限界を迎えつつあったのだ。


 正直、もうこれ以上生きることはできない。


 だから、試験に合格したら遺書を今までの知り合い全員分に書いて渡した後、安楽死するつもりだ。

 

 俺たちは定家先輩に別れを告げ、墓地を後にした。




「じゃあ、ここで解散しようか」


 俺とナナの家の境目で、俺たちは解散することになった。


「じゃあな、また明後日」


 俺はそう言ってナナに背を向けた。


「……大好きだからね」


 直後、かすかな音量でナナの声がしたが、きっとそれは俺の観望が産んだ空耳だろう。

 

 普通の人間ができることが出来ない俺が誰かに好かれることなど、世界が平和になるのと同じレベルであり得ないのだから。


 


 俺たちが住む地域の名は、タカセアーク社自治区。


 通称タカセ区。


 またの名を『世界一簡単に安楽死ができ、世界一簡単に臓器移植ができる街』。


 死と生が入り組むこの街で、弱くて未熟な俺は死に希望を抱き、今日も生きている。

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