本格派お化け屋敷と本格的な服装
『ここは、廃墟と化した研究所……非人道的な実験の産物である数多の怪異が潜み、人間の命を狙う魔境……』
入場早々、本格的なアナウンスが本格派お化け屋敷の中に響いた。
本格派お化け屋敷こと正式名称『エレクトリカル・デッドマンション』は出口まで行く所要時間30分越えの大型お化け屋敷である。
最新技術を駆使した仕掛けに合わせたSFチックな世界観に定評があるらしく、お化け屋敷なのに常連客がけっこういるらしい。
『アアアアアア、イダダダイ、イダイ、イダイヨオオオオオ……!!』
早速、バグッたような叫び声が前触れなく遠くから聞こえてくる。
そして、今の叫び声を境に俺の左手をナナが握った。
視界で暗すぎてよくわからないが、手の感触からして確実に握っている。
「だいじょうぶだよ……ボクがいるよ……キミは一人じゃないよ」
左隣からナナの声も聞こえてくる。
しかし、その声に恐怖の色はなく、子をあやすような声色であった。
彼女の言う通り、この間の悪夢に比べたら怖くないから大丈夫なのだろうか。
「ナナも、隣に俺がいるから安心してくれ」
それでも、俺はナナにも同じように恐怖を和らげる言葉をかけた。
『クレヨ!クレヨ!命クレヨ!!クレヨ!クレヨ!クレヨォ!』
数分後、俺たちは迫りくる肉片の壁に追われていた。
「走るぞ!」
「……うん!」
俺たちは手をつないで走り、なんとかそれを逃げ切った。
「さてと、これで安し……」
『普通ノ人間ナリタイ普通ノニンゲンナリタイ普通ノ人間……』
その直後、突如として壁一面に血走った目と口があらわれ、俺たちをにらみつけ呪詛を吐いた。
「ギャアーー!!」
驚いて思わず叫んだ俺は、ナナに手を繋がれて次のエリアへと連れてかれた。
「ハァ、ハァ……ナナ、キミ昔より明らかにホラー耐性上がっているよね……」
まだ中学1年生だったころ、俺たちはナナの家で今回のお化け屋敷と同じくらい怖いホラー映画を見たことがある。
その時は二人で叫んでお互いビクビクしながら眠りについていた気がする。
しかし、今のナナにはそんな怯えも震えもない。
「……この間の夢で、慣れちゃったから」
怯えや震えを含まない、いつも通りの声でナナが淡々と述べた。
「どんだけおぞましかったんだよその夢」
「……言わない。だって、言ったらキミ『なんでそのことが怖いんだよ』って言いそうだもん」
「そうか……俺、案外ビビリだけどな」
俺は情けない豪語をしつつ、更にお化け屋敷の先へと進んでいった。
「はい、これにてお化け屋敷は終了でーす。怪異を持ち帰らないようにしつつ、お帰りくださーい」
十数分後、俺はなんとか本格派お化け屋敷を出た。
結局、ここに至るまでナナは何一つ叫ばなかった。
驚いたような声で出した場面もあったが、すぐに冷静になっていた。
なお、俺は終盤ずっと叫んでいた。
最新技術を駆使した驚かしのせいで、命の危険すら感じたほどだ。
「……どうだった?命、惜しくなった?」
「なかなか物騒な質問だな。まあ、惜しくなったが」
「そっか……なら良かった」
そう言いつつ、俺の左手にさらなる圧がかかる。
「あっ」
気付けば、俺とナナは出口を出てもなお手をつないでいた。
「あ、すまん。手離すの忘れて」
「このままでいい……」
「え……?そ、そうか。じゃあ、このままにしておく」
やはり、『悪夢を見た』と言ってきてからナナが俺に積極的に近づいてきている気がする。
「そ、そういえば、今日はいつもよりオシャレに気合を入れているよな」
俺は手つなぎの気まずさを紛らわすべく、ファッションに言及した。
事実、今日のナナの服装はいつもの私服より気合が入っていた。
いつもは上下ジャージで外を歩く彼女だが、今日はジーパンとジャケットを羽織ってボーイッシュに決めている。
そのうえ、普段は目線を隠すために伸ばしている前髪も、今日は3Dプリンターで作ったであろう自作の髪飾りで留めている。
まるで、恋人とのデートのような服装だ。
黒ズボン黒シャツ黒ジャケットという喪服のような色合いのコーデで来た俺が恥ずかしくなる。
「……まるで恋人とデートする時の服装みたいだ、って思ったよね」
「図星だ。かなわん」
ナナは長年の付き合いの結果、俺のおおよその思考を予想することができる。
しかし、まさかこんな恥ずかしい思考まで読まれてしまうとは。
「……じゃあさ、お昼いこっか。そろそろキミのお腹がすく頃だろうし」
「そこまでわかるのか」
こうして、空腹をナナに悟られた俺は、ナナによって次の目的地に連れていかれるのであった。
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