私は人間である
怪人
色んな匂いに、色んな声に。別に、人間が嫌いなわけじゃあない。ただそれらの群がる場所が嫌いなだけで。でもまぁどうしても、それが固まったラァドのように見えちまうのです。たとえどんな美女でも色男でも、それに変わりはねぇのです。ヒトガタの粘土みてぇな入れ物に、使い古されたどろどろの臓物が詰め込まれている。それらが酔っちまうくらい群がっている。この想像が浮かんできやがると、いつでも胃をかき混ぜられる思いがする。ごぽごぽ胃液が渦巻いて、中の臓器が波打つ思いが。
人混みに紛れ込むと、いっつも考える事があって。からふるな布を小綺麗に纏っただけのラァドが、なんかの拍子に溶け合って、ひどく甘ったるい腐乱臭に包まれるのを。
人と話すと、頭に浮かぶものがあって。目の前の粘土が、急に崩れて、バケモンみたいになることを。そのたんびに、甘ったるいのが、鼻先をくすぐってみせるのは、酷く不快なものでして。だってのに、己の周りには人が群がるのです。外見だけ、恵まれちまったからでしょうか。どんなに冷めた目をしてやっても、小蠅みてぇに群がるのです。良い顔で相手した後己に残る虚しさの、なんと情けないことか。己は話す人々の身体を見透かす癖があるようで。どうしても、その奥の真っ赤の臓物を想像しちまうのです。
人がまぐわっているのを、初めて見たのは今よりずぅっと餓鬼の頃です。液晶の向こうで、全裸の人間が獰猛に重なり合う光景は、餓鬼であった己にとって、理解しきれぬことでした。ですが己も男子ですから、ヒトナミの欲ってのはあるもので。
けど、初めて女子を抱いたのも、気持ち悪くって、そればっかりは、とうとう神様をうらみました。男と女、二つの種類をつくったのを。よがって、己にしがみついて女子があげる嬌声が脳に響いたもんで、咄嗟に首を絞めました。それでも轢かれた蛙みてぇな声で啼く女子に苛立って、間違って折れそうなほっそい腰を己の指が喰い込むくらい強く掴んで、頭のトんだ肉食獣の如く欲を吐き出してしまいました。絶頂した女子は、蕩けた目で接吻を強請ります。その目が、どうしようもなく痒くって、冷めない熱を落ち着けようと、女子の身体に噛みつきました。こうして噛んでしまったら、この幻覚も落ち着こうと。だのに、目に映るのは、奥から染み出した赤の斑点だけで。むしろ中身を彷彿とさせるばかりなのです。
友人に相談しても、ただ気味悪がられるだけでして、それは、どうせあなたもそうでしょう。己がいくら訴えたところで、薄ら笑われるだけなのです。遂に今では、己の身体すら透けて見えるようなりました。固まったラァドのような腕をジィっと見てると、だんだんそれが崩れてきて、仕舞いには中身の赤がずるりと剥けて出てくるのです。周りの人間はラァドすらなくなり、ヒトガタをした臓物が意志を持つて這いずるのです。
今朝、道を行く小学生とすれ違いました。産まれたばかりの彼らは、ぴかぴかのランドセルを背負って走って行きます。その、半ズボンから覗く脚の、なんと生々しいものだろう。己に理性がなかったら、獣の如く子供の首を掴んで、食らいついていたでしょう。そんだけじゃあ飽き足らず、己は化け物に成って、子供を握り潰していたやもしれません。愛いものを見ると、己の手で壊してしまいたくなるのです。それが穢れを知らぬ人の子ならば、そのラァドの奥に詰められた臓物も、きっと綺麗なものでしょう。
人殺しがしたいわけじゃあねぇのです。そんなくだらない事で捕まっちまうのは御免ですから。ただ己は、人を人として愛したい。ただそれだけなのです。
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