第7話 祈りを捧げたら
半魚人共を全部食べつくそうと思っていたら、泣き止んだ少女がこちらに近づいてきた。もしや見えているのか。一瞬そう思ったけど、月が明るいにせよ、自分が今数センチほどの生物であることを思い出す。
案の定、少女は半魚人が持っていた骨で出来た槍を握って、また砂浜に戻ったのだ。それで何をするつもりなのか。と思ったら特に何かをすることはなく、少女は海岸沿いに砂浜を歩き始めた。
何となくついていく。何となくだ。別に怪しいものではない。ただのアオミノウミウシだ。怪しくても何も出来ない、ただのウミウシだ。しばらく歩いてたどり着いたのは、ただの砂浜だ。少し離れたところの砂浜である。そりゃ変わらないだろう。
きょろきょろと周りを見ていた少女は砂遊びを始めた。今の状況でするものじゃないだろう。もしや人生を諦めて遊んで死ぬことにしたのか。そんな潔く決定するには、その遊び自体がしょぼすぎる。さすがに血はあっても涙は出ない私でも泣くかもしれない。泣かないかも知れない。だが今は涙腺がない。
しかし彼女は私を泣かせるために砂遊びを始めたわけではなかったみたいだ。何かを作ってるように見える。表情からその必死さが伝わってくるではないか。ウミウシは見てるぞ。お前の何をしているのだ。
少女が砂で作ったのは、少女の身長と同じ横幅を持つ立方体。高さは三十センチほど。遊びにしては遊び心がなさすぎるように見えた。つまりこれは遊びではない。その事実に気が付いた時、少女はその前に跪いて、腰まで伸びていた髪の毛を槍で肩にかかるくらいまで切って、その砂で出来た立方体の上に髪の毛を置く。
そして跪いて、両手を胸の前で組み、目をつむりぶつぶつと何かを呟いている。すると少女の体がすっと光った。砂の立方体の上にあった髪の毛を見ると消えている。
今少女の中で何かが起こった。これは鑑定してみる必要がありそうだ。
名前 アヴェリー
性別 女性
種族 人
レベル 3
HP 111/172
MP 3/76
力 96
敏捷 161
耐久 103
魔力 76
スキル
農作業 グリタリア南部公用語(基本) 槍術
以下は同じ。
アヴェリーのレベルが2から3に上がってる。しかも光ったせいか彼女のMPはほぼ空になっていて、敏捷が飛躍的に上昇した。1.6倍まで上がってる。これは槍術が生えた結果か。スキルが生えるとステータスも上がるということだ。
ただなぜ、アヴェリーに槍術が生えたんだろう。もしやと思い、私は砂の立方体を鑑定してみた。
簡易祭壇(砂)
説明
古い時代、魔物に対抗するために人々は神々から恩恵を得る法則を見出した。祈りは神と己を繋ぐ。だがそれには儀式が必要だ。儀式はどこにでも行われるが、そのためには儀式を行うという形を作らないといけない。しかしそれはどのような形であってもいいものだ。祈りを捧げる場所こそ祭壇であり、祭壇がある場所こそ神殿である。
どのような祭壇であろうと、儀式が行われたらそれは祭壇としての役割を果たす。神は祈りを捧げた物の切なる願いを聞き取るであろう。
最初に祈りと祭壇の原理を発見した人間がいたとする。しかしその人により神殿が作られるとしても、祭壇は神殿ではない。何らかの法則性を見つけるために行うには膨大な労力を必要な行為なのだ。つまり恩恵が先にあったから、それを祭るための神殿を作ったことになる。
ただだとしても、その事実は一般的に誰しもが持つようなことではないはず。しかもただの子供がなぜこの仕組みを知っているのだろうか。再び鑑定して、今度は説明部分に目を通してみるとこう書かれてあった。
説明
発想力に優れたアヴェリーは自分に未来がないかもしれない土壇場で、自らの運命を切り開くことを選んだ。それはきっと、万が一でしかありえない閃きなのであろう。
今度は随分と曖昧な説明のように感じる。別に最初から知っていることではないという事か、それとも神々の介入でもあったんだろうか。この世界の神は人と非常に距離が近いようである。前の世界で神がいたかどうかは定かではないのだが。
それはともかく、彼女は槍術を手に入れて、ステータスも上昇した。ただそれでも半魚人のそれには及ばない。森の中で狩りをするくらいなら問題ないんだろうか。
水の確保は?寝床は?寝ている間の危険は?食事をするにしても火が必要だろう。槍術より炎魔法の方が良かったんじゃないだろうか。ただこの時の私は知らなかった。人と魔物の魔法の仕組みは違う。動物はそもそも魔法が使えない。微弱な魔力で身体強化をする程度。
例え動物のスキル覧に魔法が生えたとしても、動物は魔法適性がないため魔法が使えない。そして人間が魔法を使うには、魔力をコントロールするところから学び始める必要がある。それはいくら天才と呼ばれる人であっても、数年はかかるもの。だからアヴェリーが槍術を選んだのは適切な判断だったと言える。
槍術が生えたアヴェリーは早速手に握ったそれを振るい始める。それは拙いながらも、理にかなった動きであった。足運び、動作の正確性、動くスピード。どれもとても熟練のそれと比べられるものではないにせよ、明確な殺意を込めて動かしたら大人であっても脅威になり得ると思える。
スキルが生えただけでそこまで動けるようになるのか。ただ彼女は、筋力が足りていない。戦闘には駆け引きも必要なので、状況判断能力はまだ育ってない状態なはず。実際に狩りをした経験はあるんだろうか。魔物だけじゃない、草食動物であっても近接戦は危険を伴う。猪の突進、鹿の蹴り。
そんな彼女がこれからサバイバルすることを、私はただ見ていることしかできない、なんてことはない。
私は早速、海綿状から拳ほどのサイズの水の玉を作って彼女に向かって発射した。速度はかなり遅い。あたってもびしょ濡れになるだけ。この付近は気温が高いせいか、スカートの裾は短い。スカートの下には短パン。
これで当たった個所にダメージが入ることは先ずないだろう、魔法ダメージというのが特に存在するわけではないことは、実際に水流を操作していることでわかっている。しないと自分をそれで飛ばしたり出来ないだろうから。
秒速1メートルほどの水の玉が彼女の素足に当たった。彼女はすぐにこっちを見るも、何もないことに首をかしげる。これで逃げられたら元も子もないが、私は何となく彼女がそうしないことをわかっていた。
なぜなら彼女は好奇心旺盛で、危機的状況でも希望を失ったりしないし、冷静に物事を判断する能力もある。この世界の子供がみんな彼女のようなものなら、世界から魔物はとっくに駆逐されていたであろう。だからアヴェリーは逸材かも知れない。
ただその前に水。水分補給は大事。私は再び低速のウォーターボールを作って、今度はふよふよと浮かばせてから動かす。彼女の近くに停止させると、彼女はそれに近づいて、舐めた。
それからは早かった。彼女は何の迷いもなくそれをごくごくと飲んだ。大きな水の玉を作って、速度の調整が出来るなら、それをとてつもない速さで飛ばし、命を刈り取ることだってできたはずなのに、そうしなかった。だから彼女は安心してそれを飲んだ。
単純に喉が渇いたため、後先考えず飛びついただけかも知れないが、どちらにせよ彼女はこちらに注意を向かせることには成功したのだ。それが私の目的でもあった。
彼女は何かを言いながらこっちに近づいてくる。ただ残念だ。何を言っているのかはわからない。後で言語能力のある魔物でも食べよう。高度な思考能力がある魔物を、今の私が倒せる気はしないので、当分先のことになりそうだ。
小さい私をアヴェリーに見つけさせるために、私は自分のちょうど真上に水の玉を作った。アヴェリーが真っすぐ私のところへと歩いてくる。やがて私を見つけたアヴェリーはしゃがんでじっと私を見た。観察しているんだろうか。危険がないとアピールしてみる。その場でぐるっと回転し、一回飛び跳ねる。アヴェリーが笑顔になった。
彼女は私の方へと手を伸ばし、私を自分の掌へと載せた。このままだと呼吸が出来なさそうなので、水魔法で自分をコーティングする。
アヴェリーの指が私の体を撫でる。何かをまた呟きながら、砂浜へと戻った。私を掌の上に載せたまま。別に触手で刺したりしないから、私の毒が彼女に入ることはない。ただ何というか、誤解してないんだろうか。私は別に海の妖精とかではないのだが。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます