幻を聴く

麻井 舞

第1話

 それは必ず、雨の日の夜に起こります。


〝おいブス〟


 頭の中で起こります。


〝こいつ、また休職したんだってよ〟

〝いつも人間関係で躓くよね〟

〝学校でも1人だったしね〟

〝もう誰もお前に期待していないよ〟

〝ダメな大人〟

〝ダメ人間〟

〝クズ〟


 たくさんの声が響きます。老若男女問わず、いろんな人たちが私を罵ります。


〝引きこもり〟

〝2日前から風呂に入ってないよね?〟

〝病院の薬とお酒は一緒に飲むなって言われてるのに、また飲んでるし〟

〝ゴミ〟


 バタバタと、雨がアパートの窓を叩いています。時刻は午前3時過ぎ。彼らの罵倒はいつも夜明けまで続きます。


 私は彼らを、幻聴とは思いません。


〝はぁ?〟


 彼らはきっと何らかの怪異なのです。


〝お前バカじゃねぇの?〟


 雨の夜に現れる怪異。

 彼らは雨に濡れるのを嫌って、私の頭の中で雨宿りをしているのです。そういう在り方の、怪異なのです。


〝自分が頭おかしくなったこと、認めんのか〟

〝そんな風に逃げてばっかだからダメなんだね〟

〝友達もいないしね〟

〝可哀想〟

〝どうして生きてんの?〟

〝死ねばいいのに〟

〝死ねよ〟

〝死ね〟


 彼らは時間が経つにつれて、言葉のボキャブラリーが失くなっていきます。最初はあんなにいろいろ言ってくるのに、最終的には〝死ね〟としか口にしません。


〝死ね〟

〝死ね〟

〝死ね〟


 だんだん、悲しくなってきます。


〝死ね〟

〝死ね〟

〝死ね〟


 だんだん、考えるのがイヤになってきます。


〝死ね〟

〝死ね〟

〝死ね〟


 だんだん、どうでも良くなってきます。


〝死ね〟

〝死ね〟

〝死ね〟


 そうだ。私なんて、死んだ方が……。


〝死ね〟

〝死ね〟

〝死ね〟

〝生きて〟

〝死ね〟

〝死ね〟


……あ。


〝死ね〟

〝死ね〟

〝死ね〟

〝生きて〟

〝死ね〟

〝生きて〟

〝絶対に生きて〟


 あぁ、今日も、また……。




〝いつか会えるから〟




 いつからだろう。

 多くの〝死ね〟の中の、たった1つの〝生きて〟に気がついたのは。


 1人だけ、私に生きろと言う者がいるのです。

 私より年下と思われる女性の、明るい声です。

 彼女もまた怪異なのでしょうか。


 いや、違う。

 彼女は怪異でも幻聴でもなく、きっと幻想なのでしょう。

 無様な女が生み出した、幻想の幻。


 私は今夜も幻を聴きました。

 幻に救われました。

〝会えるから〟なんて。そんなこと、ありえないのに。


 それでもアパートの窓の外が明るくなる時まで、今日も命を繋ぐことが出来たのです。

 




 

 

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