第1話 空の晴天

10月、秋晴れと呼ぶにふさわしいくらいの雲ひとつない晴天が広がっている。まだ少し夏の暑さの名残を感じさせるが、心地の良い海風と波の音でそこまで気にはならない。

目の前には水平線が広がっていて、身体の前には木で出来た高さ1mほどの柵がある。その柵を乗り越え、下を見ると思わず足がすくんでしまうような高さの崖の上に立つ。

ここに至るまでの人生に思いを馳せ、後悔と自責心で苦しみ、誰でもない誰かに向けて謝り続ける。そんなことに意味が無いのはとうの昔に分かっている。ただ、謝れば救われるような気がして謝り続けた後、


「誰か、誰でもいい。助けてくれ。」


と、周囲には誰もいないのを理解した上で助けを乞う。両親にも、友人にも1度も吐かなかった言葉だ。伝えていたら結末は変わっていたのかもしれないと考え、呆れ笑いがこぼれる。ここに来るよりも前に何度も伝えようか考えた。だが結局伝えることはせず、自分で解決策を探すも見つからず、結果として今この場所に立っている。自らの体の中にある生存本能による最後の抵抗だろうか。そんなことを何回も考えた。涙は枯れ果てたのか1度も出なかった。どれだけの時間が経ったのかは分からない。ただ、時間が気にならなくなるほどの回数を繰り返したことは間違いない。

日が傾きかけ始めた頃、意識した訳でもないのに足が1歩前に進んだ。そしてそのまま流れに身を任せ1歩、2歩と水平線に向かって進んでいく。不思議と下を見ることはなかった。それが高所恐怖症によるものなのか、それともここまでの時間が無駄になることを無意識に防ぐ為なのかは分からない。ただ確実に、ゆっくりと前へ進む。振り返り、何時間も見たはずの景色をもう一度目に焼き付けようとしたとき、片方の足が宙に浮き、身体が傾く。


「あっ」


我ながら情けない声が出た。小説や映画に出てくるものはロマンチックな言葉や感動的な言葉が多いのに、自分の最後の言葉がこんな情けない言葉か、と思いながら身体は傾き続ける。

ボロボロになっていた心がようやくこの地獄から救われる、そう思った時だった。


「待って!」


背後から自分より高い声が聞こえ、今まで傾いていた方とは反対の方向に腕を引かれ、地面に倒れこむ。わずかだが草が残っており、クッションのような役割を果たす。怪我に繋がる程ではない弱い痛みを感じ、ゆっくりと顔を上げ目の前を見る。

そこには高校生、いや大学生くらいだろうか。まだ暑さが残っているとはいえ、10月としては季節外れの半袖の白いワンピースを着た黒髪の少女が自分と同じように倒れ込んでいた。

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