中嶋ラモーンズ・幻覚1

高橋 拓

中嶋ラモーンズ・幻覚1


 バランスゲーム「ジェンガ。」のようにグラグラと泥酔して崩れ落ちて、眠りに着こうとしたのは午前二時四十分頃。頭の中はドラムのバスの音が血液の流れと共に、小刻みに裏打ちをしている。現実か夢か分からなくなった頃、俺は随分細いフォルムのバイクに跨っていた。その細いフォルムに乗った俺は、爆音を轟かせながら真っ直ぐな道を突き上げる振動とこみ上げる吐き気に耐えながらどこまでも進もうとするのだが、音ばかり激しくてスピードは一向に上がらない。


「どうした、今日の愛車よ。」


そして、急ぐ俺が見ている景色は何故だか藍染のように歪んでいる。更に前方からは、警察官が十人も乗った寿司詰めのパトカーが高速蛇行運転をしながら俺に向かってくるし、ハンドルを握る警察官の眼はなんだかイカれている。泥水のような脳でふと思う。


「そういえば俺、自動二輪免許を持ってないかも。」


その瞬間、目の前が黄色に染まり爆音が轟くと、

俺は何か覚えのある違和感に気がつき考え始めた。この爆音の正体は、隣で気持ち良く寝ている彼女の怒りのいびきか?それとも雪国定番のトルクフルなエンジン音の除雪車が、降雪と共に築三十六年経つアパートの近くまで雪を掻きながら走って来ているのか?例外で、地獄の釜で茹で上がる人間の絶望のテノール音なかの考えた瞬間に、

俺と同じ年代のアパートの前をガラガラと轟音のファンファーレを鳴らしながら、左から右へゆっくりと除雪車が通り過ぎてバックを知らせる警告音を発して折り返し始めた。


「そうか。どうやら今日は沢山雪が降ったらしい・・・しかしうるさい音だな。」


俺は目頭の目ヤニを爪で拭いて、隣で幸せそうに眠る彼女の寝顔を確認してから、鳴り止まないドラムのシンバルの音を聴きながら二日酔いの頭を抱えてまた眠りについた。そう、どうせ俺は無職だ。それに自動二輪免許は十年前に失効している。


 携帯電話のアラーム機能が、二人の寝ている

二階六畳半の部屋に、心地良い流行のサウンドで

朝を知らせてくれた。でも起きるのは二人ではなく、仕事に行く彼女だけだ。彼女は、ゆっくりと布団から起き上がり俺のだらしない顔を見ると、何も言わず一階に下りていった。俺は、彼女の視線と階段を下りる音で、遅れて朝だということを知った。


「今日は冷えるな・・・味噌汁が飲みたい。」


一階でストーブに火を点ける彼女のくしゃみが聞こえると、外ではあまり付き合いのない近所の住人達が、申し合わせたかのように外へ出て、降り積もった雪を黙々と掻き始める。そして、たまに聞こえる雪かきをしている住人同士の談笑が、二階で寝ている俺の耳元で勝手に変換されていく。


「しかし、あそこのボロアパートの雪かきに起きてこない住人はだらしないな〜・・・噂じゃ無職だし、女に食わせてもらっているらしいな。ガハハハハ。」


俺は、また布団に潜り込んでしまった。甘く冷たい感覚が神経に流れ込み、永遠の眠りにつきたいと俺の脳にゆっくり広がっていく。アパートの前に雪が溜まれば、このことの繰り返しだから寒い冬の朝は彼女が作ってくれる味噌汁だけが待ち遠しい。


 午前九時、俺の寝ている枕元のオンキョーのコンポに時間通り電源が入ると目覚まし機能が働き、今日二度目の朝を知らせるサウンドがスピーカーから流れ始めた。ライブアルバム

「ザ・ラモーンズ ラストショウ」

(ウイ・アー・アウタ・ヒア)

インストゥルメント、デュランゴ95が軽く演奏されて、その勢いで一曲目、ティーンエイジロボトミーをジョーイ・ラモーンが小刻みなリズムにのせてパンクを歌い始めた。


ロボトミー、前頭葉手術・・・

殺虫剤でおかしくなってしまった。

本当に気分が悪くなってきた。

俺には失うほどの大脳はもったいないって凶報を

伝えなければならないのか?


単調なリズムのまま間髪いれずに、二曲目、サイコ・テラピーへ飛ぶ。


精神療法

私に必要なのは精神療法ってやつか

私は十代の精神分裂病者


ジョーイが、モズライトのギターに合わせて早口で俺を怒鳴り散らす。


「早く起きないと頭が腐るぞ。早く起きないと頭が腐るぞ。」


 眠い目を擦りながら暖かい布団から渋々起きて、彼の言うことに素直に従うと、叫び歌う彼は、無意味な反抗なとぜず全て認めたほうが楽に生きて逝けると、お金をだして新品でアルバムを買った俺にこっそりと教えてくれた。二階の穴倉から一階に降りてくると、一度点火して消えたストーブの温もりがまだ少し残っていた。俺は台所に行きキンキンに冷えた水道水で、顔をジャブジャブと洗いながら隣りにあるガスレンジの上を横目で確認した。使い古した鍋が置いてあったので、雪の降る中、朝早く仕事に行った彼女が別段怒ってないことがわかり、乾いたタオルで顔を拭きながら彼女の気持ちを探るように、鍋のフタを取り中身を覗いたら冷たいコーンスープだった。


「味噌汁じゃないのか〜・・・」


思考が少し動揺して寒さで二回くしゃみをすると四畳半の部屋のテレビとコタツに電源をいれて、

コタツに置いてある普段持ち歩く物に忘れ物はないか?彼女のことを考えながら確認した。眼鏡、財布、携帯電話、鍵、携帯灰皿、タバコ。泥酔して帰ってきた割には、全部あることに自分で感心すると寒さでまた二回くしゃみをした。


「彼女は職場へ、無事に着いたのだろうか?。」


彼女のことを思いながら俺はゆっくり冷たいコタツに潜り込んで眼鏡をかけた。次にタバコか?テレビのリモコンか?迷い、リモコンを手に取りチャンネルを無意味に変えるとテレビでは、若手お笑いコンビのクリームポンチが、今、東京で人気、行列覚悟のラーメン屋を笑い交えながら紹介していた。


「この担々麺のスープはトロリとしつつ、トッピングの豚挽き肉と相まって、まさに我々みたいにクリーミンチ・・・ミンチ。」


ギャグを入れた若手お笑いコンビのコメントは思い切りすべったが、酒を呑んだ次の日の俺には、十分その美味さが伝わり思わずゲラゲラと笑ってしまった。


「東京じゃなきゃ食べに行くのに、いつも東京ばっかりだ。」


テレビの全ての情報は、世界都市東京が中心で、東京都という土地にすねた俺は、またコタツで横になってしまった。俺もまた国分寺市という土地に住んだことがあるが、できることなら全て忘れてしまいたい。


 昨日、散々ビールやウイスキーを呑んで野垂れ死んたのに、頭と歪んた精神と身体の調子が良いことに気づいて、仕方がないので温もりから起き上がりコタツの上にあったタバコに、ぼんやりと火を点けた。煙を思い切り吸い込み、壁にかかる相田みつをのカレンダーを見つめると、無職の俺が唯一アルバイトする日と言っている土曜日だということにも気がついた。


「しあわせはいつもじぶんのこころがきめる」


俺は、タバコを吸いながら相田みつをの文字をじっと見つめて、仕事するの?しないのか?色々と考えてみたが、書かれている書道の言葉は、いつも正解に確信をついているので、俺は危ないアルバイトへ行くことへ決めた。温かいコタツから勢いよく立ち上がり急いで着換え始めると、朝、確認した持ち物を全てポケットに詰め込み、火と電気の消し忘れがないか確かめて、築三十六年の古いアパートから大雪が降る二月の銀世界へ飛び出した。




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中嶋ラモーンズ・幻覚1 高橋 拓 @taku1998

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