第9話はや十五年

「・・・・」




木々に姿を隠して目の前の川で水を飲んでいるファングボアを注意深く観察する。


近くに他の魔物の姿が見えないことを確認し、私は姿を現した。




「・・!ぶおおぉ!」




私の姿に気づいたファングボアが威嚇するように体勢を低くし、いつでも突進できるような姿勢になる。


こちらも同様に剣を抜いて向かい合い、何が来ても対応できるように相手の出方をじっと待つ。




「ぶおおおぉ!」




私が何もしてこないことに我慢できなくなったファングボアが突進を仕掛けてくる。


土煙をあげながらこちらに向かってくる相手を冷静に観察しながら、私は余裕をもって回避に移る。




「はっ!」




「ピギーっ!」




体を半身にして避けた勢いのまま、その無防備な横腹を利き手に持った剣で切り付ける。


突進に意識を向けていたファングボアは、その切り付けを避けることができずに深く切り付けることに成功した。




そのまま私の後ろを走り抜けていったファングボアは、しばらく走って止まると、また私と向かい合った。


切り裂いた横腹からは今も血が流れており、その量は結構なものだった。


上手くいったことに笑みを浮かべるも、直ぐに気を引き締め剣を正面で構える。


魔物は今も私を睨みつけており、逃走の選択肢はないようだった。




「・・付与エンチャント




私は炎を剣に付与し、片手で剣を引き絞り姿勢を低くする。


相手も同様に姿勢を低くしており、両者の間に沈黙が流れる。




「・・・はっ!」




「ぶもおおおぉ!」




木々のざわめきだけが響き、両者の間に木の葉が一つ落ちる。


その瞬間、指し示したかのようにお互いが地を蹴って相手に肉薄する。




五M《メトル》くらいあった距離が瞬く間に縮まりぶつかり合う直前、私は大きく飛んで相手の突進を躱わす。


私の突飛な行動にファングボアがわずかに目を見開くのが横目に見えた。


そのまま私は、相手の無防備な背に手をつくと、それを支点に体をひねり右手で持った剣を首に向かって払う。


無理な体勢で振るった剣がたたり、私はそのままゴロゴロと地面を転がってしまう。


すぐさま起き上がりファングボアを確認すると、首がない体は勢いを落とさないまま木に突っ込み、その体をぶつけてようやく倒れこんだ。


その様子を見て一息ついた私は、服に着いた汚れを手で払うと、剣を鞘に納める。




「いてて・・ちょっと無理しすぎちゃったかな」




背に着いた右手がずきりと痛みを訴えており、それを治癒ヒールですぐさま直す。


痛みが引いていくのを確認した私は、今も切り口から血を流すファングボアの遺体を見て、次の行動に移った。


腰に差している短剣を取り出し、ファングボアの腹を裂く。


血が流れ出てくるが、大した量ではなかった。


手際よく内臓を取り出し、心臓の部分に手を突っ込んで目的のものを取り出す。




「うーん、今回も外れかな。やっぱりFランク程度の魔物じゃこんなもんか・・」




親指の先ほどの魔石を指ではじきつつ、鞄のなかにしまう。




魔物には魔石というものが心臓部分にあり、それをギルドに持っていくことでギルドが買い取ってくれるのだが、Gランク~Eランクの魔物程度の魔石では大した額にはならない。


このランクの魔石でお金を得るには、とにかく数を持っていくしかないのだ。




私は次の獲物を探すために、森の中へと入っていった。







「ただいまー」




「おかえり、今日もまた森に行っていたの?」




「うん、父さんは?」




「今日は依頼があるって言ってたから遅くなるんじゃないかしら。先にご飯食べる?」




「そういえば言ってたね。うん、お願い!」




「分かったわ、先にお風呂に入ってらっしゃい」




「はーい」




結局あの後は三体だけ狩ったのだが、どれも小物で収穫はあまりなかった。




「ふぅー・・」




湯船につかって一息つく。


ふと自分の体を見下ろすと、程よく筋肉のついた引き締まった体が目に映る。




「明日でやっと十五歳かー・・・案外早かったな」




そう、明日でやっと成人である十五歳を迎えるのである。


この十五年色々なことがあったが、過ぎてみれば一瞬だった。


まだ転生して十五年が経ったなんて実感がないくらいだ。




今では魔物だって一人で倒せるし、剣の修行だって自分でやるだけで長らく父とはやっていない。


父曰く、十歳の辺りで「もう教えることはない、後は自分で修行しろ」とのことだった。




「明日でこの家ともしばらくお別れか・・・」




十五年過ごした家だ、感傷にも浸る。


はっきりと言い切れるが、元居た世界の家よりも過ごしやすかったと断言できる。


母の小言も、父の豪快な笑い声もすべてが心地よかった。


明日でそれがしばらく聞けないことに苦笑が漏れる。


自分でも不思議だった。おそらく人生で初めて人のことをこれだけ好きになったのではないだろうか。


今までは好かれようと、相手にとって有益な人物でいようとしていたが、この家に生を受けて初めて損得なしで人を好きになれた気がした。




「たまには帰ってこないとな・・」




私は家を出ても顔を出しに来ようと決意して湯船から上がった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

後書き


次で最後です!もう少々お付き合いくだされば・・

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