第3話あっという間の一年
あっという間に私が転生してから一年が過ぎた。
生きるためとはいえこの年になってまさか授乳体験をすることになるなんて思わなかった。
最初は何もやることがなかったため、毎日ボーっと天井を見て過ごしていたのだが、最近ようやく歩けるようになってきたため、家の中を歩き回っている。
言葉も徐々にだが話せるようになり、順調に成長しているといえるだろう。
「おっとと・・」
まだふらつく足取りのせいで転けそうになり、柱にしがみついて転倒を防ぐ。
そうしてやってきたのは暇つぶしのために毎日通っている書斎だった。
歩けるようになって知ったのだが、この家は案外広い。
二階建ての一室が私が主に過ごしている部屋なのだが、その他に夫婦の寝室、書斎のほかに物置きだとか空き部屋だとか二階だけでそれだけの部屋があるのだ。
一階には階段にしがみつきながらでなければまだ降りられないため、往復で疲れるので滅多なことでは下りないようにしている。
「うーん、やっぱり読めない・・・」
そうなのだ、この世界の文字が全く読めないのだ。
言葉は理解できるのに文字が読めないことに、言いようのない気持ち悪さを覚えるのだが、そういうものだと割り切るしかないとも思っている。
なので今はどうにか文字を覚えようと四苦八苦しているのだが、どれがどう読むかすらわからないためどうしようもない状況になっているというわけだ。
「はぁ久しぶりに本読みたいんだけどな・・・」
こればっかりはどうしようもないだろう。
最近はずっと母に文字を習いたいとせがんでいるのだが、決まって返ってくるのは「もう少ししたらね」という言葉だった。
諦めずに今日も頼むしかないだろう。
「あら、今日もここにいたの?本当に本が好きなのね・・」
私が座って本を広げていると、母に後ろから声をかけられる。
「文字読めない・・」
少しの皮肉を込めてそう答える。
すると母は考え込むように首をかしげて視線を上に向ける。
「んーん、早すぎる気がするけどこんなに熱心ならもう教えても大丈夫なのかしら?」
おっ、いつもと違う反応。これはついに来たか?
「文字読みたい!お願いママ!」
私は親の前では口数少なく喋ることを気を付けている。
要するに子供らしくあるように行動しているということだ。
そうしなければ一歳の子供がいきなり流暢に言葉を喋ったら違和感しかないだろう。
だから私は親が求める理想の子供を演じている。
もう都合のいい人間を演じる必要などないというのに、元の世界ではそれで一度失敗したというのに、結局同じことをしている。
なぜかこちらに来てからの方が何と言えばいいのか、演技しやすいとでもいうか自分がこの役を演じようと思った時に没入しやすいような気がしていた。
一度の失敗で何かを学んだのか何なのかはわからないが、まぁ特に問題があるわけではないため気にしていないが。
「そうねぇ・・・今日パパと相談してみるわ」
「本当!?絶対だよ?」
そういうと母はシーツを持って下に降りていった。
今から洗濯でもするのだろう。
ついに文字を習えるかもしれないということにテンションが上がった私は、本を片付けて下に降りていく。
時間をかけて何とか一階まで下りた私は、母が洗濯をしているであろう中庭へと顔を出す。
するとそこには、空中に浮かべた水の塊の中に洗濯物を入れてぐるぐると回す母の姿があった。
「いつ見ても信じられないなぁ・・・」
初めて見たときはそれはもう驚いたものだが、今は少し見慣れた。
この世界ではそれが当たり前なのだとか。
なんでもこの世界の人間はみな基本的に一つの属性の魔法を使えるらしい。
母であれば今使っている水属性の魔法、父は髪色で分かる通り炎属性の魔法。
数年に一度複属性の魔法を使える人間が生まれてくるが、なかなかな確率なんだとか。
基本的に五歳の誕生日を迎えると、教会に神へと感謝を祈りに行くのだが、その時に神父から属性を告げられるらしい。
なぜ神父から教えられるのかわからないが、何か決まりみたいなのがあるんだろう。
私も早く自分の属性を知りたいのだが、五歳まで我慢してねと宥められた。
だが魔力を伸ばすことは幼少期からできるらしく、それを聞いた私は毎日密かに実践している。
といっても体の中で魔力をぐるぐると循環させるだけでいいらしいのだが、魔力という元居た世界にはないものを感じるために数週間かかった。
母や父にやり方をそれとなしに聞き出してようやく知覚できるようになったくらいだ。
「はぁ、早く大きくなりたい・・・」
私の切実な願いは風に流れて消えていった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
後書き
まだ続きますんで、気に入っていただけたらブックマークをしてお待ちいただければ幸いです。
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