貢ぎ貢がレディーるり子とまさ恵おばさんとの交換日記

すどう零

第1話 男に同情させ、貢がせることが私の誇り

 こんにちは。私は世間を騒がせつつある貢がレディーるり子です。

 今から私の半生記というより、半分は反省記をお話ししますね。


 私はいわゆる恵まれない家庭の子だった。

 小学校六年のとき、交通事故で片足に軽いケガをしてしまったが、相手の車はひき逃げに終わったのよ。まったく憎い車よ。

 そこから、私の人生は狂い始めたといっても、こんなの言い訳にしかならない。

 だって、世の中には身障者になっても活躍してらっしゃる人もいるのだから。

 まあ、こういう人は、家庭に恵まれているケースが多いけどね。


 私が幼い頃から、両親は不仲だったわ。

 父親は中小企業を経営していたちょっとしたイケメンだった。

 母親も、父親の会社を手伝い、帰宅してからも帳簿とにらめっこしていたわ。

 初めは決して順調とはいえなかった会社も、母親のアイディアのお陰と世間の波に乗って順調に滑り出すようになっていた。

 しかし、その頃から父親の裏切りが始まったのよね。

 お定まりの年収一千万越えの男性は、愛人をつくるというパターン。

 父親はよそに愛人をつくり、帰宅するのは週に二、三度になってしまったわ。

 もともと女遊びが激しく、そのたびに母は真赤になって怒ったり、ときには号泣したりしてたのをありありと覚えてるわ。

 それでもまだ、会社が順調なうちはよかった。

 時代が変わり、会社の方は徐々に傾き始め、世間から必要とされなくなってしまったの。

 父親は愛人のところに入り浸りだったから、母親は酒浸りになり、お互いに愛想をつかし、とうとう離婚という形になってしまったの。

 父親曰く「籍を抜いといてよ。そうしないと、再婚できないだろう」

 父親から完全に突き放された母親は、ますます酒浸りになってしまった。

 私はどうしたらいいのかわからなかったが、そのとき心に決めたことがあったの。

 それは、絶対に酒浸りにはならない、また酒を出すキャバクラやクラブにだけは勤めないということだった。


 それでも母親は、頑張って掃除婦をしていたわ。

 私はそんな母親のために、家事をこなしていたいわゆるヤングケアラーだったの。

 だから今でも、家庭料理はお手のもの。どんな安い野菜でも、味付けひとつで美味しくなるわ。生姜や昆布、だしじゃこを入れることで、味は変わってくるの。

 煮物には、炭酸水と酢を入れると荷崩れなく、短時間でやわらかく仕上がるわ。

 それに酢は、防腐効果があるので夏には欠かせないしね。

 幸い、母は私のつくった料理をおいしいおいしいと完食してくれたわ。

 家事ー掃除、洗濯、料理はみんな私がしていたわ。

 私の特製洗剤をお教えしましょうか。

 洗剤と重曹と漂白剤と酢を混ぜるの。それで磨くと、水回りも油汚れも、浴室のタイルも白くなって、ピカピカになるのよ。

 

 まさ恵おばさんと知り合ったのは、高校二年のときだった。

 私は昼間はバイトしながら、定時制高校に通っていたの。

 酔っ払いは苦手だったから、カフェやファーストフードが多かったわ。

 元気よく「いらっしゃいませ」と接客していたので、客の評判はよく、私目当てで来店する客もいたくらいよ。

 

 休憩中、私が向かいのカウンター六席だけの小さなカフェ「ハレルヤ」で、大好きなゴスペルを聞きながら、ブラック珈琲を飲んでいると、三度ほど来店した中年男が声をかけてきたの。

 母の知り合いで、母に五千円ほど貸したが返ってこないという。

 そこで、私に立て替えてほしいというのだ。

 それをカウンター越しに聞いていたまさ恵おばさんは、中年男に自分が二千円、立て替えるから後で私に返してねと言った。

 まさ恵おばさんのお陰で救われたのは事実だったが、のちに私はまさ恵おばさんを裏切った挙句の末、だますようなことをしてしまったのだ。


 帰り際、中年男は言った。

「あのおばさんのお陰で助かったよ。でも、君、二千円おばさんに返すアテはあるの?」

 私は返事に詰まった。するとその中年男は言った。

「これは一つのノンフィクションとして聞いてほしい。

 僕は中学のとき、どうしても生活に困っているクラスメートがいて、二千円貸したんだ。ところが一週間たっても返ってこない。

 それで、請求したら「絶対に二千円は返す。だから、このことを誰にも言わないで。もし伝わったら、私は首をくくって死んだやる。そうしたら化けてでてやる」

 この言葉に僕はびびった。それから三日後、その子は信じられない言葉を発した。「何を言ってるんだ。そんな金、とうに返したよ。忘れないで」

 僕はそのとき、その子に対して絶望したが、その子は最初から僕から金をせびるつもりだったんだな。しかし、その子も罪の意識を感じたのだろう。

 その翌日から、その子は不登校になってしまった」

 私は思わずため息をつきながら言った。

「もしかして、そのクラスメートは借金に追われてたのかもしれない。

 そして借金取りから、金をだます手口を教えられ、その通りに実行したかもしれないわね」

 私はふと、好奇心からまさ恵おばさんを試してみたくなった。

 まさ恵おばさんは、いつも私にはやさしい。

 友達の少ない私にとって、まさ恵おばさんのやさしさは嬉しかったが、同時に疑惑的でもあった。

 なんの取り柄もない私にやさしくしてくれるのは、もしかして下心があるのかもしれない。

 そのことを試すために、私はさきほど、おじさんが言った手段をとることにした。


 いつものように、カフェハレルヤを来店したとき、私はまさ恵おばさんに言った。

「この前の二千円、立て替えてくれて有難うございました。

 でも、もう三日前に返したよ」

 まさ恵おばさんは、驚いたような顔をしたが、同時に私に対して叱ってくれた。

「るり子ちゃん、どうしてそんな嘘をつくの。悪い大人にそそのかされたということぐらいは、私にはわかるわ。

 いくらそそのかされても、好奇心でも嘘をついて人を騙して、金をせびるなんて最低のことよ。そのときは、しめしめ、金をゲットしたなんて思っても後から罰が当るというわ。なにより、良心がすり減っていくのよ。そしてゲットしたお金も、汚い金だから、悪銭身に付かず式で、すぐ無駄使いするようになってしまう。

 なにより、真面目に働いている人を避けるようになってしまうわ」

 聖書の箴言にもあるでしょう。

「悪人は、騙したり騙されたりしながら、ますます悪に堕ちていく」」

 私はその御言葉を聞いたとき、はっとした。

「聖書の言葉は、骨まで刺し通す」(聖書)というが、まさに私は骨の髄まで刺し通された状態で、思わず涙が出た。

 翌日、私はまさ恵おばさんに二千円返した。

 まさ恵おばさんは、優しい目で「良かった。るり子ちゃんが悪の道に入らずにすんだことが、私の救いよ」

 私はその言葉に感激した。

 しかし、のちに私は借金はしないが、男性に貢がせることを思い付いた。

 これなら、犯罪にはならないし、借金イコール負債者という肩身の狭い思いをすることもなくなる。


 定時制高校を卒業して、私はバイトで貯めた金で美容師になるべく、美容専門学校にいくことになった。

 美容師は陰では水商売といわれるほど、辞めていく人が多い。

 しかし美容師資格があるので、いろんな店を転々とした挙句、自分で店を持つことも可能である。

 美容師学校の授業料は高額なので、またバイトをしなきゃならない。

 今度は、飲食店などではなくもっと割のいいバイトをする必要がある。


 私は、とりあえず地元のスナックで働こうと思った。

 面接は一発でOKだった。

 若いということで、最初はサラリーマンからもてはやされた。

 しかし、スナックママは次第に嫌な客を私に押し付けてくるようになった。

 また、売上を上げるためには、客の分まで酒を飲まねばならないし、ボトルも入れさせる必要がある。

 話術があまりうまいとはいえない私は、行き詰まりに直面した。

 

 いつものように、カフェハレルヤのカウンターに座り、香りのいいサイフォン珈琲を頼んだ。

 この頃は、若干客も減少気味である。

 しかし、なぜかまさ恵ママは、笑顔のままである。

 私にはイエスキリストがついてるからというのが、口癖である。

 私は、カウンター越しに、まさ恵ママに現状を伝えた。

 まさ恵ママ曰く

「るり子ちゃんは、人見知りで無口なところがあるから、水商売をするには、もっと新聞や週刊誌を読んだりして、客と話題を合わせなければ。

 もちろん一度読んだだけで理解できるわけないから、読書百遍言いおのずから通ずの如く、五回読んだら、ある程度暗記できるようになるよ」

 とりあげず、まさ恵ママのアドバイス通り、新聞を五回読むことにした。

 そしてまさ恵ママ曰く

「るり子ちゃんも含めて、人は自分の話を聞いてもらうのが大好き。

 だから、客の話をじっと聞き、あいづちを打ち、ときにはミラー効果といって、おうむ返しに客のセリフを真似するの。

 例えば客が、近頃の女は生意気だと言うと、

 えっ、生意気、ああそういえば生意気ですね。

 うんうん、全くあなたのおっしゃる通りですね。

 客は、自分が物知り教師で、若い女の子に教えるのが大好き。

 だから、知ったかぶりをせずに、うんうんと頷くことよ」

 なるほど、そうか。私はなかば感心して聞いていた。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

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