異世界から帰ってきたら、故郷がゾンビで溢れかえってた
秋原健太
第1話 オレのいる世界
「いってて…」
ガンと無防備に落下した感覚がある。後頭部に鈍い痛みが走る。そのままの仰向けの状態で目を開けば、雲が疎らに散らばった空が広がっていた。
「?オレって、魔王城に居なかったっけか?」
若干の記憶の食い違いが。自分がさっきまで何をしていたか、いまいち思い出せない。
「まあ、じっとしてても仕方ないよな。おーい、誰かいませんかー?」
魔王城、敵の本拠地であるならば、迂闊が過ぎる行動だが、どうにも自分が居るはずのラスアリアのどの場所の風景とも結びつかない。疑念は更に強まるばかりだ。
「こんな建造物みたことないな。世界中回ったつもりだったが、初めて見るものがあるんだな。でもこれはまるで…」
手で壁を伝いながら、建物同士の隙間を抜けた、路地の方へと歩いて行く。
十秒とかからず、明るい世界へと辿り着く。そこに広がる景色が、どんなものかと多少の希望を持ちながら。
しかし、そんなオレの目の前に見えてきたのは、困惑で埋め尽くされた脳内を、更に困惑の坩堝に叩き落とすものだった。
「おい…!なんなんだ!これは!」
鈍重な足取りで、生気を感じられない肉体で、どこも見ていないような表情でそこいらを徘徊している物体が無数。生物というには余りにも歪で、しかし、物体とするならば躍動的。こんな形容し難い存在だが、偶然にもコイツらをどう呼べばいいのか、オレは知っている。
「ゾっ…、ゾンビだああ!!!」
ゾンビ、気持ち悪い呻き声をあげながら、バカの一つ覚えみたいに人間を襲い、自分と同質の存在へと堕とすことによって活動範囲を拡大していくモンスター。奴らが主題の映画は無数に存在するし、オレも見たことがある。そんな空想上の存在が今目の前に散在する。
さて、奴らは人間を襲う性質を持つ。そして、オレは人間だ。そんなオレが奴らの近くで大声を上げる。するとどうなるだろうか。答えは単純だ。
「ウガアアアア!!!」
「うおっ!やっば!めっちゃ来た!」
啖呵を切ったように、近くにいたゾンビ共が群れを成して襲ってくる。とろい奴も急に走り出した奴も様々。
剣を取り出して戦おうかという逡巡があったが、一応奴らがこの地域の神聖な生物であるという可能性もある。ならば、ここは逃げるとしよう。危ない、危ない。学ぶことが出来るオレは、二度同じ過ちは繰り返さないのである。
自身に強化魔法を掛けて身体能力を飛躍的に向上させる。そんなことをしなくても、ここの奴の一番速い奴よりも速い自信はあるのだが、運動会でアンカーを任される程の瞬足を誇っていた小学校時代からもうそろそろ二十年。念には念をで。
ほどなくして、建物の中へ逃げ込み、奴らを撒いた。
「いったいどうなってんだ?」
逃げている先々にもゾンビが居た。逆に普通の人間は一向に見当たらない。オレが考えている以上に、この状況は異様だ。
深呼吸をして、一拍。行く先知れずのランニングへと、扉の向こうの惨状へ身を乗り出す。火の粉混じりの熱い空気が舞っている。
走れど走れど、遭遇するのはゾンビのみ。このまま進んで、本当に何かわかるのだろうか。でも、今はこうすることしか出来ない。しかし、そのランニングは早くも終わりを告げた。
「ここは…、まさか…」
眼前に広がるのは、映画館顔負けのサイズのモニターに、なにより特徴的なこの交差点。この地の名を最後に聞いたのは十年前だが、はっきりとここが何処かわかる。
「渋谷、スクランブル交差点…」
オレが異世界転生前に居た世界の、というかオレが住んでいた国の観光名所。通勤の人々で日夜賑わうそこは、今はゾンビで見る影もない。
というか、ちょっと待て。ここホントにスクランブル交差点だよな…。ということは、まさか…。
「オレは二度目の異世界転生をしたんじゃない…。オレは元の世界に帰ってきたんだ!!!」
あれから一旦落ち着いて、取り敢えずコンビニに入ってみる。なにかこの状況を整理させてくれる材料がないものかと頼ってみることにした。
しかし24時間営業とはよく言ったもので、来るもの拒まずの自動ドアは問題なく動く。…とは言ってみたが、こんな状況で通常営業など、常軌を逸した商魂逞しさと言わざるを得ない。そうでなければ…
「ア˝?アアアガアアアガア!!!」
「まあ、そりゃそうだよな」
扉の先には三体のゾンビ。自動ドアの開いた音に反応したような素振りでこちらを見やる。三体の内一体には、コンビニの制服のような個体がいる。
オレは空間魔法で剣を取り出し、戦闘の構えを取る。ここがもし本当にオレが元居た世界なのならば、ゾンビを殺してはいけないという法はなかったはずだ。切ってしまっても問題ないだろう。
「んじゃ、いっちょお手並み拝見といきますか!」
初めから抜き身の状態で召喚された剣の名は、名工セルクト。特殊な力は備わっていないものの切れ味の鋭い、先代勇者より引き継いだものだ。その剣の切っ先をゾンビ共へと向ける。奴らの対応は変わらず、突撃のみ。そして、そのまま剣の間合いに踏み入れる。
オレの剣は一体目の胸部を捉える。身体の六割程を失ったゾンビの顛末には目もくれず、向かう二体目の腕を切り上げる。腕を失ったゾンビは、殊勝なことになお衰えることない勢いで襲い掛かるが、五体満足であろうともオレの敵じゃない。剣を切り返し、首を刎ねる。そして残るは制服ゾンビのみ、剣を心臓部目掛けて突き出し、胸部に刺さったままの剣を上半身を切り裂くように抜く。これで全部、戦闘終了だ。
「大したことないな。ゴブリンの方が強いぐらいなんじゃないか」
ファンタジー御用達の生物のゴブリンは、ラスアリアにも存在した。ゲームとかの影響で雑魚と思われがちだが、小柄で素早いので、ひよっこ冒険者は意外と苦労するのだ。
このコンビニの制圧も完了したので、再度空間魔法で剣をしまおうとすると、足元が五月蠅いことに気付く。ゾンビの亡骸しかないはずのそこに目を向ければ、なんと胸部よりも上しかないゾンビが這って来ようとしているじゃあありませんか。
「この状態でも生きているのか…。若干侮ったな」
オレは今一度奴の首を切り、とどめをさす。やっと動かなくなったソイツを、動かなくなってからも一分程見届けた後に、念のために他の奴も動いていないかも確認する。…どうやら他の奴は大丈夫そうだ。
さて、コンビニに来た理由を思い出そう。確か…そう、情報収集だ。新聞やら雑誌やらはあるだろうか。情報収集ならそれがいい。捜すこと二分程、やっと新聞を見つけた。ゾンビとの戦闘よりも時間がかかったんじゃないだろうか?
新聞の日付を見れば、オレのこの世界の最後の日、つまり異世界転生記念日から約十年の月日が流れていることを示していた。オレがラスアリアで過ごした時間も十年程だったと思う。時の流れは共通のものだということだろう。
「だからジャ○プの表紙の作品が知らないので埋め尽くされてるのか。時代の流れを感じるなあ…」
そう言いつつ手に取ったジャ○プをパラパラとめくる。知らない漫画ばかりだが、この世界にいた間は毎週読んだものだから、一種の郷愁のようなものを感じる。しかし、とあるページにオレは衝撃の事実を突き付けられた。
「なっ…!こ〇亀が終わっている!噓だろ!永遠に続くと思っていたのに!」
まさか、あの漫画に限って!?いつのジャンプを開いても雑誌を彩っていたあの漫画は、もう今のジャンプには居ないというのか!?なぜだ!なにがあった!しかし、詳細を確認する術は今のオレにはない。つーか、ナ〇トもブ〇ーチもやってない!ワン〇ースはあるけど!
これが時間の流れか…。十年もあれば、世界は如何様にも変質するということだろう。
ガチャりと、後ろの方から扉を開けたような音がした。この開き方、まず自動ドアのものではないし、そして明らかに自然に開いた音ではない。つまり、そこに何か居る。恐らくゾンビが残っていやがったのだろう。
手に魔力を集中させ、剣を取り出し、物音の方へ剣先を向けて警戒する。しかし、そこに居たのはゾンビではなかった。肩位までに切り揃えられた黒髪に、眼鏡の奥の大きな瞳の若い女性。少々衰弱しているが、ゾンビじゃない、れっきとした人間だ。
「あっ!あの!ど、どなたでしょうか!」
目の前の切ったゾンビの内の一体と同じ制服に身を包む女は、両手に棒状の器具を持ち、警戒している。その構えはぎこちない、荒事には慣れてない人間の立ち姿だ。視線はよく泳いでいるが、そのほとんどがオレの持つ剣に強く注がれている。まあ、当然の反応だ。この国には銃刀法があるはずだ。
しかし、今はそんなことはどうでもいい。オレはこの世界に戻ってきて、初めてゾンビになっていない人間に出会えた。それが堪らなく嬉しかった。
「悪い、怖がらせたよな。オレは君に危害を加えるつもりはない。逆に命に変えても守ってやりたいぐらいさ!」
「えっ、ええ…」
やべ、テンション上がってちょっとキモいこと言っちゃったか?引いてない?これ?でも仕方ないよな。
危害を加えないことを証明するために、剣を空間魔法で閉まってみせる。これで、話を聞いてくれるようになるだろうか。
「えっ!今剣をどうやって消したんですか!?」
なにやってんだ、オレは…。魔法なんて見せたら余計に警戒されるに決まっているじゃないか。浮かれてんのか?取り敢えず、何もしないことを伝えたくて、両手を上に上げる。傍から見れば、オレは目の前の彼女に脅されているように見える状況が完成した。
「えっと、信じてもらえないかもだけど…、魔法で消したんだ」
「…正気ですか?それで誤魔化せるとでも?」
「いや、マジなんだって!じゃあ、ほら!なんか出してみようか!?」
そう言ってオレは上に上げた両手に魔力を込めて、魔法を放つ。属性は火、少々の肌寒さを感じる気温の今にはもってこいの魔法だろう。彼女からすれば、急に掌からボッと火が出ていることだろう。
「火が…!」
「ほら、出ただろ!タネも仕掛けもございません!なんなら他のも見せてやろうか!?」
「いや、まあ、その件はいいです。一応納得しておきましょう。じゃあ、なんで魔法が使えるんですか?」
「えーっと、また何言ってんだって思われるかもだけど…」
「だけど?」
両手を合わせて火を消す。しかし、彼女の目にはまだ疑惑の色が抜けきっていない。今にも彼女の武器が振り下ろされそうだ。これは腹を割って正直に話すべきだろうか。
「オ、オレ、異世界から帰ってきたんだ。あ、いや、ホントに何言ってんだってカンジなんだけど…」
迷いが生じた挙句、もご着きながらも真実を説明をする。ダメだ…、上手く説明出来る気がしない…。どんどん声が萎んでいくのを自覚しながら、しかしどうしようもないこの場面に光明が刺したのは、意外なところからだった。
「もっ、もしかして、異世界転生ですか!?」
「えっ?なんでそれを?」
「最近流行りのジャンルですよ。この世界で死んだだりした主人公が、異世界に行って無双するって」
なんだ、それは!?なんと、オレの異世界体験は、いまやフィクションの一ジャンルとして片付けられるものであるらしい。これなら話は速いじゃないんだろうか。
「兎に角、それだから魔法が使えるんだ。どうかな?」
「…はっ!まさか、その力で今度はこっちの世界でも無双しようとか考えてませんか!?」
「してない、してない。オレ、これでもあっちの世界だと世界を救う勇者だったんだぜ。というか、あっちの世界でもそんなに無双三昧ではなかったんだけど…」
「そうですか…。取り敢えず、勇者だから私に危害を加える気はないと?」
「ああ、神に誓ってもいい」
「うーん…。そこまで言うなら、ちょっと信用します。…今まで失礼な態度をとってしまって、ごめんなさい」
「いや、いいんだ。当然の反応だった」
やっと落ち着いてもらえた。さて、今度はこっちの話を聞いてもらおう。肩まで震わせていたような最初とは違って、冷静さが滲み出ている。
「んじゃあ、こっちも君に色々聞いていいか?」
「はい。あっ、名前まだでしたね」
そう言って彼女は一つ咳払いをし、今まで余りあっていなかった目をはっきりとこちらに向ける。
「白峰ほたるです。そちらは?」
「緋山達也だ。”緋山”は緋山美〇子の緋山な」
「ひやまみほこ?誰ですか、それは?」
「えっ、知らない?ほら、コー〇ブルーの」
「コー〇ブルー?ドラマの?名前は聞いたことあるけど、見たことないですね…」
「噓だろ…。オレの持ちネタの一つだったのに…。ってか、いくつ?」
「19です」
オレの年齢が26だから…、7歳差か。小学校の入学から卒業まで以上の差だ。なるほど、オレは今ジェネレーションギャップを見せつけられているということか…。
「…っと、気を取り直して、今起きてるゾンビ事件について、知ってることを教えてくれ」
「はい、でも正直に言うと、私も詳しくは知りません…」
彼女は教えてくれたのは、自分がコンビニに籠っていた経緯について。彼女はこのコンビニでアルバイトをしていて、勤務中にこの騒動が発生。外にも出れる状況ではなかったため、スタッフルームに避難していたという。
「…で、何か変わった物音がしたから見てみたら、貴方が居ました。怪しい人でしたけど、二日ぶりにゾンビじゃない人に会えて良かったです」
そう言う彼女の瞳は潤んでいる。やはり、彼女も怖かったのだろう。何時街を徘徊するゾンビが我が身になるともしれない恐怖に、密閉空間の中で一人孤独に耐えていたのだ。
彼女がひとしきり涙を流し終えた後、一旦食事にすることにした。そう言えば結構長い間何も食べてない気がするし、腹が減っては戦は出来ぬと言うし。
「ご迷惑をおかけしました」
「いや、別に。涙は我慢しない方がいい」
「…はい、そう言えば、自分の身の上話しかしていませんでしたね。スタッフルームにTVがありますよ。見てみましょう」
「TVか…。見るのは十年ぶりだな」
パンとおにぎりをいくつか手に持ち、スタッフルームに入る。コンビニでバイトしたことはないから、この部屋に入るのは初めてだ。ちょっと緊張する。
何処にでも置いてそうなテーブルに、パイプ椅子が多々。そして、誰かの私物が散らかっている。白峰はここに座ってくれと言わんばかりに椅子を引く。
「TVつけますね。私一人の時は、気が滅入るだけだと思って見れなかったですけど、今なら大丈夫…ですよね?」
「…まあ、任せておきなさいって!」
白峰はその言葉を聞いて、少し微笑んだ。そしてゆっくり立ち上がり、TVのコンセントを入れて、主電源をつける。
『…となっています!我々の見ている景色は、本当に現実のものなのでしょうか!』
「こういうの見てて、複雑な気持ちになっていたんです。ヘリコプターで高見の見物で、あの人たちに何がわかるんでしょう…」
「…」
オレは彼女のボヤキに何も返せなかった。それは、彼女の言うことに共感を覚えたからではない。今喋っているアナウンサーが、画面に出ているテロップによると関西のTV局に所属しているからだ。
ここは東京、しかもこんなおまけ程度においてあるTVが、普段から関西の番組を付けているとは考えづらい。あれやこれやと嫌な想像が湧いてくる。もう食べているものの味がわからなくなった。
『一昨日から東京を中心に発生しているパンデミックは依然として解決の目途が立っておらず、政府は東京23区の隔離政策以降沈黙を続けています』
『しかし、被害報告は関東地方を中心に全国で報告されています!今貴方の隣にいるその人が、本当にその人のままであるか。細心の注意を払い…』
椅子を倒す程の勢いで立ち上がる。もうニュースは耳に入ってこなかった。気付かないように目を逸らしていた。けど、ちょっと考えればわかることだ。ああ、眩暈がする…
「緋山さん、大丈夫ですか?」
心配そうな瞳を向ける白峰。しかし、彼女に構う余裕はない。
「…オレの実家、埼玉なんだ」
十年ていない親の顔。けど、今でも鮮明に思い出せる。あまりにも唐突な別れで、言いたいことを見つける前に別れてしまった二人。
「オレは親不孝もんだ。きっと、沢山泣かせてしまったと思う」
母の口うるさいけど優し気な表情が、父の多くは言わないけど心配しているような表情がはっきりと脳裏に映る。オレは二人に会いたかった、どうしようもない程に。
「だけども、今やっと手が届くようになったんだ!なら…、ならば、オレは家族をこの手で助けなきゃいけない!」
「…そう、ですね」
こんなことしている場合じゃない。部屋をそのままに、白峰の手を取り、横抱きにしてコンビニを後にする。何処に行けばいいのかなんてわからない。ただあのまま座っていることは、どうにも出来なかった。
「ちょっと、緋山さん!いったいどうする気ですか!?」
「わかんない、わかんないけどよお!オレは何かしなくちゃなんない!オレにはそう、そうできる力があるから!」
恥も外聞もなく、大声で叫ぶ。行く手を阻むゾンビ共はすべて無視して振り切った。
そうだ、実家に帰ろう。現在ここは隔離されているらしいが、そんな猪口才なもの、オレとっては無意味。飛び越えてだって行けるはずだ。そうだ、単純なことじゃないか!
「そうだ、オレが直接行けばいいんだ!それならきっと…!」
「直接って…、埼玉にですか!?正気の沙汰じゃない!ここ渋谷ですよ!23区のほぼ中央、車でも一時間はかかりますよ!」
「んなもん…!関係…」
ふと、聞こえた気がした、誰かが泣いているような声が。オレの思考は、一気に白くなる。聞こえてくるのは、きっとあの建物から。
既に血の臭いがする。嗅ぎ慣れてしまったイヤな臭いだ。オレの足はその場所へと歩みを進めていく。
「ここ行くんですか?」
腕の中の彼女は心配そうな目で見つめる。きっとその目にしたのは、この建物の危険な気配に当てられたからだけではないだろう。一瞬、迷いが生じた。でも、多分ダメなんだ。
「…ああ、オレはここを見て見ぬふりしちゃいけないような気がするから」
誰でも入れそうなほど大きく開いた穴から、中の様子を警戒しつつ入っていく。壁にはまだ新しい血痕が生々しく残っている。
一歩、また一歩と奥へ進んでいく。所々に悲劇の結末があり、絶望を植え付けんとする。そして見つけた階段の上から、悲鳴が聞こえた。オレの身体はバンッと弾かれるように駆けだした。
階段を登り終えたオレの目に映るのは、ここまでどうにかして生き延びてきたであろうくたびれた人間たちが、無数のゾンビに襲われる惨劇の真っ只中だ。廊下は狭く一本道、壁際に追い詰められていて、もう打つ手なしだろう。
「うわああああああ!誰かあ!誰かあ!」
「ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!」
「いやだ!死にたくない!」
ここで不条理にもこれから何かを成せたであろう命が終わりを迎える。それはあんまりにも突然で、思ってもみなかったもの。人々にはとても受け入れがたく、でも抗えやしないもんだから、泣き、喚くしかない。
「あの時と同じだ…」
蘇る七年前のあの日のこと。澄んだ青空は黒煙で覆い隠され、賑やかな喧騒は鼓膜をつんざめく程の絶叫に変わった。助けを乞う村人たち、笑う魔物共、そして業火の中に消えゆく背中。
白峰を下ろし、自分の掌を見つめる。
「緋山さん…?」
手には剣を握り続け、魔導書を読み漁った記憶が焼き付いている。あの時とは違う、オレはこの不条理から人々を救うために、希望の光となるために…。オレは誰かを救うことができるんだ。
その手には剣が握られた。グッと力が入った。
「…悪い、父さん、母さん。まだちょっと会いに行けそうにないや」
「早くしないとあの人たち死んじゃいますよ!そんな時に一人でどうしたんですか!?」
「そうだな…、じゃあ行ってくる!」
オレは白峰に防御魔法をかける。討ち漏らす気は毛頭ない。でも保険程度には必要だろう。
そして、オレはゾンビ共に向かって駆け出していく。首が無抵抗に飛んだ。今まさに助けを求める人たちに、辿り着かんとしていたやつの首だ。オレは彼らとゾンビ共の間に立つ。
「オレはアンタらを助けに来た!ここで死にたくないんだったら、オレを信じろ!」
彼らの表情は困惑のまま、しかし声をあげるのを止めた。それで充分だ。
オレは振り返り、再びゾンビ共に向かっていく。一体、また一体と叩き切り、しかしその数は未だ多い。もうここにいる生きている人間よりも多いのではないだろうか。あー、もう面倒だ。
「うざったりい位にうじゃうじゃいやがるじゃねーか。なら纏めて消し飛ばしてやるよ!」
白峰を魔法でゾンビの頭上を通してオレの背後に引き寄せる。これでオレの前にはゾンビしかいない。自分の身体中の魔力に関する機関を総動員する。空気がひりつく程の力の高まりを感じる。誰もが息をのむような暴威の体現。しかし目の前の奴らにはそれすら察することが出来ないようで、相も変わらずに襲い掛かるのみ。
「これぞ、偉大なる勇者サイラス・ベルホーネスの三秘技の一つ!」
全身へと散っていた魔力を洗練させる。腕により一層魔力を充実させる。一歩踏み込んだ足は力強く、床に亀裂が走る。
簡単に言えばこの技は、強大な魔力を塊をただ目の前に向けて放つだけ。この単純で無骨な一撃が、酷く強力だった。
「紫電!裂牙あああああああああああああ!!!」
腰ほどに構えていた剣で孤を描く。高速で動く剣から走る光は、魔力の集合体。誰にもその破壊を止めることは出来ない。ゾンビ共は否応なしに塵となって消し飛び、雷は壁に大きな風穴を開ける。あの光は、あと少し壊した後に霧のように散らばっていくだろう。
剣を携えたまま、真っ直ぐと歩を進める。地面は抉れ、個別だったであろう部屋は、廊下との隔たる壁は無くなった。。光の通り道を辿り、大きく開いた穴と対面する。眼前に広がるのは外の景色。
オレはラスアリアの勇者だった。人類の脅威となる存在を狩り、人々からは賛辞の言葉を浴びせられた。誰かを守らんとする概念。悲劇のある場所にはきっとオレみたいなのが必要だった。
そんなオレはこの悲劇から目を逸らしては、きっと存在することを許されないだろう。例えそれが、あの世界とは違う世界でのことであってもだ。
「…もしかしたら、この為に戻ってきたのかな?」
背後から足音が聞こえる。守ることの出来た彼らだろう。本当に無事であるか、確かめたいところだが、その前に一つやらなくてはならないことがある。
しまわずにいた剣を天に掲げる。少し強く風が吹いた。雲間から太陽が顔を出し、世界にほのかな光が灯る。一つ大きな深呼吸をして、誰に聞かせる訳でもないが出来る限りの大きな声で高らかに宣言する。
「オレはこの世界とは違う世界の勇者!今この世界からは助けを求める声が聞こえる!もしこの世界に危機が訪れたというならば、オレはもう一度勇者になることを誓おう!!!」
もう一度この世界にやって来たオレは、故郷の世界でも勇者になってやる!ここに勇者が現れたことを高らかに告げよう!
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