番外編1「今から家族旅行に行きます!」
それは嵐が過ぎ去った翌日――5月3日のことだった。
終わるはずだった日常が今日も続いている。そのことを噛み締めながらいつも通り朝食のトーストとコーヒーを食べていると――
――ピーンポーン……ピンポ、ピンポ、ピーンポーン……
まだ8時前だというのにインターホンが忙しなく鳴り続ける。
「こんな朝早くから誰だろう? 私出てくるね」
朝食を中断し、「はいはーい」と廊下を駆けていく水無瀬さんの背中を眺めながらコーヒーを啜っていると、
「ママ!? なんでここに!」
水無瀬さんの大声に驚いて口の縁からコーヒーが零れてしまった…………って、ママ!?
急いで垂れたコーヒーを拭い、玄関に向かう。
「おっ! 君が噂の浩介くんね」
一目でわかった。間違えなく水無瀬さんのお母さんだ。
身長は水無瀬さんとほぼ同じ160程度でツヤツヤとした栗色のショートボブが若々しい印象を与え、目を引く。だけどそれはチャラチャラとしたものではなく、どこか品のある大人な感じというか。例えるなら10年後の水無瀬さんを見ているよう。
「ねぇねぇ! 浩介君でしょ!」
「は……はい。はじめまして天海浩介です。紗弥さんにはいつもお世話になっております」
水無瀬さんのお母さんは「やっぱりー」と大人びた顔立ちに反して女子高生のような弾けた笑顔で笑う。
「私は水無瀬
すごい勢いで迫ってくる恋さんに若干背筋を仰け反る。
…………近い。
「ちょっとママ! 天海くんが困ってる!」
「えっ!? 困ってるの……?」
「い……いや、困ってないです……」
いや、めっちゃ困ってます! けどそんな申し訳なさそうに上目遣いで聞かれたら困ってるなんて言えないじゃん!
水無瀬さんは恋さんを僕から引きはがすと「それで?」と場を仕切り直した。
「ママはこんな朝早くから何しに来たの?」
「そうそう、なんでこんな朝っぱらから来たかというとね――」
ふふん、と不敵な笑みを浮かべる恋さんは玄関の扉を開けながら、
「今から家族旅行に行きます!」
と、高々に宣言し、家の前に停まっている車を僕たちにお披露目する。
そしてその車の運転席には水無瀬さんのお父さん――源清さんがいた。
目が合ったため軽い会釈をするとわざわざ窓を下げ、身を乗り出して手を振ってくる源清さん。
……え? 源清さん、そんなキャラでしたっけ?
――まあ、何はともあれ、
「いいじゃん家族旅行。行っといでよ」
家族揃って休みに旅行なんて素敵なことじゃないか。せっかくのゴールデンウィークだ。家族水入らず、楽しい時間を過ごしてくるといい。
そんな意味を込めて言った言葉だったのだが……。
「何言ってるの? 浩介君も行くのよ」
え……僕も行くの!?
そのまま僕たちは簡単な身支度あと、恋さんによって車へと連行された。
行き先も知らぬまま車が出発してはや30分。後部座席では女性陣の会話が弾んでいる中、助手席に乗せられた僕は、
「うむ、ご両親がいきなり海外に……それは大変だったね」
「そ……そうですね。ハハッ…………」
昨日の緊張感漂う雰囲気から一転、やたら饒舌な源清さんの話し相手をすることに……。
…………気まずい。
「お父さん楽しそうだね」
「ふふっ、そうね」
「いつも私とママの会話に入れず退屈そうにしてるもんね」
……お父さんって可哀想な生き物なんだな。
後ろから聞こえてきた会話を聞いてしみじみとそう思った。
「そういえば、今ってどこに向かってるんですか?」
「ん? あー、言ってなかったっけ? 遊園地だよ。遊園地」
「遊園地ですか?」
「あぁ、遊園地は嫌いかい? うちは毎年行くんだよ。紗弥が好きでね」
「もー、それは小さいときの話でしょ? 私は別のところでもいいって毎年言ってるじゃん」
遊園地か――最後に行ったのは小学生の時だったかな。
と、そうこうしているうちに――
「そろそろ着くぞ」
窓から外を覗けばジェットコースターや観覧車が見えてきた。
「ママやばい! 私めっちゃテンション上がってきた!」
後ろでは水無瀬さんがはしゃいで窓に張り付いている。まるで子どものようだな。
……まぁそういう僕も実は数年ぶりの遊園地に少し胸が高鳴っているのだが。
ゴールデンウィークではあるが開園前ということもあり、スムーズに車を駐車場に止めることができた。
入場口でチケットを源清さんに買ってもらい、ゲートに並んで開園の時間を待っていると背後から何かを頭に付けられ振り返ると水無瀬さんと恋さんがクスクスと笑っている。
「やっぱり遊園地といったらこれは付けなきゃね」
そういう2人の頭に付いている何やらキャラクターの乗ったカチューシャを見て自分の頭に付けられたものがその類いのものであるを悟った。
…………
周りを見渡せば入場前の現時点でちらほらと付けている人もいるためおかしいことはないのだろう。しかし、高校2年男子の僕としてはこれは何というか――恥ずかしい……。
「これ付けなきゃダメ?」
「「ダメ!!!」」
ダメか……。
こうなったらせめてあまり派手なものではないことを願おう。
「まもなく開園でーす」
そんなこんなしているうちにもう開園時間か。
リストバンド型のチケットを手首に巻き、待っていると次第に列が動き出した。
「チケット拝見します」
スタッフのお姉さんに手首を差し出し、バーコードを読んでもらってゲートをくぐったその時、
「可愛らしいカチューシャですね! それでは楽しんで! いってらっしゃい」
そう言われ、入場早々ゲートを出たい気持ちでいっぱいになった。
全員の入場が済むと小走りで向かったのはこの遊園地の目玉とも言えるパーク全体を囲うジェットコースター。
水無瀬さんいわくここは開園後すぐに行かなければ1時間待ち必至の人気アトラクションらしい。小走りをした僕たちはその甲斐あってすぐに搭乗できそうだ。
「はーい、では荷物や装飾品はこちらでお預かりしまーす」
いよいよ搭乗だ。僕はスタッフにカバンとカチューシャを預けジェットコースターに乗り込む。
ちなみにカチューシャは黄色いヒヨコのキャラクターが3匹くっついた可愛さ特化! みたいなものでこれが終わったら
「それではレバーを下ろして安全確認を致しますのでしばらくお待ちください」
アナウンスのあと係員が順番に安全確認をしている中、隣に座る水無瀬さんは出発を今か今かとソワソワ楽しみそうにしている。それに対し絶叫系が特別得意なわけではない僕はなんだか段々怖くなってきていた。だが水無瀬さんにカッコ悪いところを見せるわけにはいかない。
……まあ、幸いなことに席は後ろの方で落ちていく景色を見る前に比べたらましか。
なんて考えていると、
「ねぇねぇ天海くん知ってる? ジェットコースターって前より後ろの席の方が怖いんだって」
「えっ……?」
出発直前、水無瀬さんから聞かされた豆知識により頭の中が真っ白になり、それ以降の記憶がプツリと途切れていた。
その後、満身創痍ながらも空中ブランコと地上50メートルから急落下するアトラクションに乗り、一旦昼食休憩をとることにした。
「ん~~~このホットドッグめちゃウマ!」
「こっちのチキンも美味しいわよ」
「ハハハハ…………はぁ…………」
……つ、疲れた。普段インドアな僕には少しハードすぎる。
「ねぇ、天海くん……このチュロス美味しいよ? 一口食べる?」
「え? あー、いやいいかな?」
「……そっか……」
水無瀬さんなりに僕を楽しませようと気を遣ってくれたのかな? だとしたら申し訳ないけど今はそんなに食欲がない。
腹ごしらえが終わると次に向かったのはこの遊園地の名物だというお化け屋敷。なんでもとてつもなく怖いんだとか。
このお化け屋敷は通路が2人分の幅しかないため水無瀬夫婦と僕と水無瀬さんのペアに分かれて入った。
「うぅ……何回来ても怖いわね……」
「ちゃんと手握ってるから大丈夫だよ」
「う、うん……///」
ラブラブな水無瀬夫婦を前に僕と水無瀬さんはお互い一定の距離を保ちつつ進む。
「なんかああいうのっていいよね」
「ああいうのって?」
「結婚して何十年も経ってるのにラブラブで、ちょっと恥ずかしい時もあるけど羨ましい」
「水無瀬さんは結婚して子どもが出来てもお母さんとして扱ってほしくないってこと?」
「うーん……なんていうか、ずっと私でドキドキしてほしいし、たまには2人でデートも行きたいみたいな? ――って、ちょっと重いよね?」
「まあ、好きな人にずっと自分を好きでいてほしいって気持ちはよくわかるし、愛の形は人それぞれだしね。僕はいいと思うよ」
「そ、そっか……」
なんだかいい雰囲気が流れているがここはお化け屋敷。お化けたちはそんなものお構いなしに僕たちを驚かせてくる。
「きゃ~ぁ怖いわ~」
「大丈夫、私の腕に掴まりなさい」
「あなた――」
………………。
……なんだろう。まるでバカップルを見ているような……。
「なんだかお化けの怖さより娘としての恥ずかしさが
どうやら水無瀬さんも同じ感情らしく2人で大きなため息をついた。
お化け屋敷を出たあとは急流滑りに乗り、終わると時間もそろそろいい頃になっていた。
「さて、では最後にあれだけ乗って帰ろうか」
そう言って源清さんが
「今の時間だとてっぺんから夕日が綺麗に見えるんだ」
源清さんは乗車優先チケットを取っていたらしく僕たちは観覧車に着くなり行列を無視して最前列へ案内された。
「では次の方どうぞ~」
係員に誘導されるまま観覧車に僕と水無瀬さんが乗り込むと、
「パパと私は2人で乗るからあとは若いおふたりでごゆっくり~」
分かりやす過ぎるお膳立てに僕と水無瀬さんの
向かい合う形で座る僕たち。
お互い窓から景色を眺めて気にしていないフリをする。
………………。
だがそれも限界だ。それ以上の無言は逆に意識しているように思われる。
なにか話題を振らねば……。
だけど何も話題が出てこない。思えばこういう時はいつも水無瀬さんから話題を振ってくれていた気がする。
えーい、内容なんてなんでもいいのだ!
「「あの――ぁ!」」
タイミングが完全に被った。
「ど、どうしたの天海くん……」
「水無瀬さんこそ……」
「えーっと……その……今日は天海くん楽しかったかなって?」
「う、うん。楽しかったよ」
「ホント? それじゃあよかった。天海くんあんまり楽しそうじゃなかったから無理やり付き合わしちゃって嫌だったかなって思ってた」
水無瀬さんにはそんな風に見えていたのか……。
「ごめん心配かけて。でも本当に楽しかったよ。ほら、このカチューシャも最後まで付けてるし」
「ふふっ、確かに――天海くんあんまり感情が顔に出ないタイプだしね」
どうやら安堵したようで水無瀬さんから自然と笑みがこぼれる。
「それで天海くんの話は?」
「あぁ……えっと……昨日言い忘れていたことなんだけど……」
「昨日?」
「うん。その……これからもよろしく」
「ふふっ、なにそれ――こちらこそよろしくお願いします」
まるで告白の返事をされてたかのような。そんな気がして思わず顔を背けてしまった。
心臓がものすごい速さで脈を打っている。
今が夕暮れ時でよかった。
僕は観覧車に差し込む紅い光に包まれながら心の底からそう思った。
別れた元カノがうちのメイドになった件 雨宮桜桃 @Amamiya_Sakuranbo
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