壁に耳あり障子に目ありな件

 天海家から学校までは徒歩20分ほどで着くらしく、天海くんはいつも8時頃に家を出ているようだ。

 どうせ行き先は同じなのだからと共に家を出たが道中、私は気づいた。

 

 ――これ下校デートならぬ登校デートなのでは!

 

 付き合っていた時は私がもともと電車通学ということもあり実現しなかった彼氏との登下校。まさか別れてから実現するとは……。

 ちらっと隣を歩く天海くんを横目で見るとこちらを気にしているような素振りは一切なくぼーっと前を見ている。

 

 まあ、意識してるのはこっちだけですよね……。


 こんな何を考えているか全くわからない。もはや何も考えていないのではないかとも思う彼にも紳士なところはある。例えばデートで一緒に歩くときは何も言わず道路側を歩いてくれることとか。――まあ、デート2回しかしてないんだけど……。

 とりあえず! 何が言いたかったかというときっと天海くんも少しは私のことを意識してくれているはずってこと! 今だって何も言わず道路側歩いてくれてるし。

 意識しているのは自分だけじゃない……そう思いたかった。

 自分はこんなにも未練があるというのに向こうは一切未練がないというのはなんだか悔しい。


 そんなことを考えていると、ふと視界に入った天海君のポケットに突っ込んだ右手を見て古傷が疼いた。

 デート中、何度も見た私側の手。左右こそ違えどいつも手はポケット隠れていた。その度に言い淀んだ手を繋ぎたいという言葉。

 

 ――やっぱり私のこと意識なんてしてないよね。


 結局私たちは登校中一度も会話することなく、気が付けば学校に着いていた。





 学校に着き、外靴からスリッパに履き替えると私たちは共に教室へと向かった。

 何も不自然なことはない。なぜなら私たちは同じクラスなのだから。


 けれど天海くんと共に教室に入ると教室中の視線がドアの方こちらに向けられた気がした。

 そしてそれは気のせいではなかったようで入ってきたのが私たちだとわかった途端、教室内はざわめきだし、私の友人――真央まお明里あかりが慌てた様子で私に駆け寄ってきた。


「さや、あんたと天海くんが別れたって今朝から2年生の間で噂になってるけど」

「って、あれ? 一緒に登校してるってことは別れてない? 噂は嘘?」

「あっ……えっと……」


 一体どうしてそんな噂が――考えられるのは昨日のあの現場を見られていたということだけど……。

 私たちの会話が聞こえているだろう隣に立つ天海くんに視線をやると彼はなにも言わず自分の席へと歩いていった。


「それでどっちなの? 別れたの? 別れてないの?」

「それは――」


 明里と真央の間から席に着いた天海くんを見やると、どうやらあちらも友人から噂の有無を問いただされているようだ。

 

 ――私たちは別れた――

 

 その噂は事実だ――と答えるだけなのにそれを口にすることを私は躊躇った。

 もしそれを口にしてしまったら私は彼と別れたことを思い出し泣き出してしまいそうだったから。けれど――


「私と天海くんは――わ、わか、れ――」


 喉から声を振り絞る。昨日の決心を思い出して――

 そう、昨日決めたんだ。この1ヶ月――天海くんのメイドとして働き終えた後、私は彼への未練を完全に捨てて次に進む。だからそのための第一歩として――

 

 音なのか息なのかわからないものが口から微かに漏れ出し始めた時だった。


 キーンコーンカーンコーン――と予鈴のチャイムがなった。


 私は驚き、教室の前方――黒板の上に掛かっている時計を見ると時刻は8時30分だった。

 そして私は1つの疑問とあることに気づいた。

 まず疑問はなぜ今の時刻が8時30分なのか。天海くんの家を出たのは8時――そして彼の話では学校までは徒歩20分のはず。つまり今の時刻は8時20分頃のはずなのだ。それなのになぜ今が8時30分なのか。

 そしてここからが私が今――ようやく気づいたこと。それは――彼が歩く速度を私に合わせてくれていたということ。

 登校中、天海くんは私のことなんて全く意識していないんだなと落胆していたけどどうやら彼なりに気を遣ってくれていたようだ。

 予鈴が鳴り終わると担任の先生が教室に入ってき、みんなに席に着くよう促す。

 必然的に私たちは解散し、各々自分の席に着く。

 席に着いた私は机に突っ伏し、赤くなっているであろう顔をクラスメイトに見られないよう隠した。


 ――もう、別れた彼女の未練を増やしてどうするのよ……――

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