朝食はパン派な件
朝5時半――目覚ましビンタが如きスマホのアラームが私を叩き起こす。
目を開けると一番に視界に入ってきたのは見覚えのない天井だった。
そうだ――私、昨日から
ベッドから起き上がり、着替えを持ってお風呂場へと向かう。
メイドは朝から仕事で大忙しだ。それに加え、私自身も学校に行く身支度をしなければならない。
お風呂もものの10分ほどで上がり、メイドとしての制服――メイド服に着替える。
それからキッチンに向かい、学校へ持って行くお弁当を自分と彼の2人分拵える。今日のお弁当は1段目に白いご飯。2段目におかず――唐揚げ(レンチン)、ほうれん草のお浸し(レンチン)、ミニトマト。それに唯一の手作り要素――卵焼き(ちょっと焦げた)を入れて完成。
お弁当を作るのは意外と時間がかかるもんで完成したころにはもう7時だ。世のお母さんはこれを週5でやっているというのだからまったく感謝してもしきれない。
さて――天海くんを起こさなければ。
「確か天海くんの部屋は私の部屋の斜め向かいだから」
階段を上ってすぐの彼の部屋の前に立つとなんだか急に緊張してきた。
そういえば天海くんの部屋に入るのは人生初めて――っていうか家に入ったのも昨日が初めてなんだけど……。
私たち付き合ってたんだよね? それも1年弱。
付き合っていた時は一度も入ることのなかった元カレの部屋に別れてから入るという奇妙な状況を不思議に思いながら私は彼の部屋のドアノブに手をかける。
扉を開くとすぐ正面に昨日まで彼氏だった天海くんが猫のぬいぐるみを抱いて無防備に寝息を立てている。
かっわいいいい!
もともと顔は悪くない――というか結構イケメンだと思っていたがいつもの覇気のなさそうな表情が取り除かれていいところだけが残った感じ。
初めて見る元カレの寝顔に思わず何かが込み上げてきてしまった。
落ち着いて。落ち着くのよ。
大きく深呼吸してから
「ご主人様。朝ですよ」
「んあっ――」
目覚めがいい方なのか、天海くんはすぐにうっすらと目を開ける。
「さ……や……んんっ」
今「さや」って言った? 「さや」って言ったよね!?
付き合っていた時ですら名前で呼ばれたことなかったのに。
もしかして私のいないところでは私のこと紗弥って呼んでたの!
「んん――ん? 水無瀬さん?」
だんだん目が覚めてきた天海くんは不思議そうに首をかしげる。
「あ、朝ごはん――できてるから」
それだけ言って私は逃げるように彼の部屋を後にした。
――朝ごはんはパン派らしい。
雇われたとき、天海くんのご両親からもらったメモ。そこには好きな食べ物や休日の過ごし方など彼に関する情報がA4の紙3枚に亘って書き綴られている。
そのメモによると天海くんは基本、朝はパンとコーヒーを食すらしい。だから今日はトーストとコーヒーを用意した。
「おはよっ」
「ん……」
寝惚け眼でリビングにやってきた天海くんはほとんど喋らず、トーストとコーヒーが置いてある席に座る。どうやら朝は弱いらしい。
天海くんは眠気覚ましにコーヒーを一口啜る。
「……これ砂糖は入ってない?」
「うん。ブラックだけどもしかして甘い方がよかった?」
「実はブラック飲めないんだ」
意外。苦いの苦手だったんだ。
天海くんはテーブルのすぐ隣のカウンターからスティックの砂糖を2本手に取るとそれをコーヒーに入れていく。
もしかして甘党なのかな?
コーヒーを啜り、今度はパンに手を付ける。
ジャムにバター、一応はちみつも用意していたが天海くんは何もつけず焼いただけのパンを黙々と食べていく。
彼と出会って1年、付き合って1年弱。これまで彼のことはあんまり知らなかった。けれどこのたった数十分で……。
朝が弱いこと――
朝はご飯よりパン派のこと――
コーヒーのブラックが飲めないこと――
トーストには何もつけないこと――
それとこれは推測だけど私のことを裏では『紗弥』って呼んでいたこと――
付き合っていた時よりもたくさんの彼を知ることができた。
まったく付き合っていた時の私たちはいったい何をしていたんだという話だ。
……でもまあ、それはきっと私のせいなのだ。
1年弱付き合っていたにも関わらず、関係が進展しなかったのも天海くんに別れるという判断をさせてしまったのも全部私のせい。私が天海くんに何も彼女らしいことをしてあげられなかったから……。
過去を振り返ると、もしあのとき私が――と後悔ばかりが押し寄せてくる。
忘れもしない2月14日――あの日、私は決心したんだ。天海くんに相応しい彼女になるために。だからこうして――
まあ、別れた今となってはもうなんの意味もない話だ。
朝食を食べ終えた私たちはそれぞれ自分の部屋で(学校の)制服に着替え、家を出るまでの時間をリビングでニュース番組を見て過ごす。
天海くん――8チャン派なんだ。
この調子だとこれから1ヶ月はこれまでの1年とは違いもっといろんな彼の一面を知ることになりそうだ。
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