涙の告白
ドキドキして苦しい気持ちを抑えながら、高梨さんに話し掛ける。
「あの、高梨さん…。」
「何?」
『久し振りにちょっかいを出してくるのかな?』 と警戒して、厳しい表情で見返してくる彼女。
以前ならそんな表情を一切気にせず、ニヤニヤしながら彼女の嫌がりそうな事を言ったり、軽く叩いたり、スカートをめくったりして、逃げ出したのだけど、今の自分には全くそんな事は出来なかった。
それよりも彼女の警戒する顔を見た瞬間、突然絶望にも似たような圧倒的な恐怖が襲い掛かってきて、どうしたら良いのか判らなくなり、パニックに陥って後ずさりをした。
彼女の厳しい表情を見て、私の心が酷く傷付くのを感じていた。
『これまでなんて酷いことをしていたのだろう?』と後悔が頭の中を駆け巡る。
彼女は、以前とは明らかに違う私の様子を見て、すぐに『あれ?』と不思議そうな表情に切り替えた。
そして表情を緩めながら「どうしたの?」と優しく問いかけてくる。
その言葉がとても嬉しくて涙が溢れそうになり、さらに何も言えなくなってしまった。
自分でも気が付かない内に、本当に苦しい程に彼女のことが好きになっていたのだ。
様子がおかしい私のことをしばらく見つめていた彼女は、ふと私の手を取ると、そのまま黙って教室を抜け出し、階段を登って人気の無いフロアまで私を引っ張って行った。
誰にも使われていない空き部屋まで移動すると、そこで彼女は手を放し、私の正面に向き直る。
それまでずっと私よりも身長が高かった彼女だったが、いつの間にか私は彼女の身長を追い抜いており、目の高さは彼女の方が少し低くなっていた。
そして軽く見上げるような感じで真っ直ぐ私の目を見つめている。
「どうしたの? 何か私に言いたい事が有るんでしょ?」
その言葉はまるで天使のように優しい響きを持っていた。
胸が一杯になってどうしても声が出てこなくなり、水中で空気を求めて喘ぐような苦しさを感じながら、ドキドキと激しく胸を打つ鼓動に圧倒されて、どうしたら良いのか判らずに黙っていることしか出来なかった。
何か話したら泣いてしまうかも知れない。
いったいどうすれば良いのだろう?
彼女とただ話をするだけで、こんなに苦しいなんて…。
「何か私にお願いしたいことがあるの? 絶対怒らないし、誰にも言わないから、言ってみて?」
彼女はこんなにも優しい女の子だったのか…。
自分はそんな彼女の嫌がることを、これまでずっと平気で続けてきたのか…。
なんて愚かだったのだろう?
激しい後悔の気持ちで、それまでグッと我慢していた涙が溢れ出てしまった。
それまで同級生の前で泣いたことは無かった。
勿論女の子の前で泣いたことなんて絶対に無かった。
それなのに、もう自分の激しすぎる感情を抑えることは出来なかった。
何故こんなにも苦しいのか全く判らず、溢れ出す激しい感情の流れに為す術もなくて、ただただ泣いてしまった。
その私の様子をただ事ではないと感じ取った彼女は、私を落ち着かせるためにそっと近寄ってくると、そのまま抱き締めてくれたのだ。
まだ声変わりの始まっていなかった私は『え~ん!』と小さな子供のように甲高い声を出して泣きだしてしまった。
何も言わずに強く抱き締めてくれる彼女。
その彼女を抱き締め返し、大泣きしながらも驚くほど急速に気持ちが落ち着いていくのを感じていた。
お互いに密着して抱き締めあっていたので、彼女の温かい体温と柔らかい身体に驚いた。
そのまま私が落ち着くまで、高梨さんはジッと黙って待っていてくれた。
やっと落ち着きを取り戻し、腕の力を緩めると、高梨さんもそっと腕を解き、少し離れて私の顔を覗き込んだ。
「大丈夫? 落ち着いた?」
そう優しく問いかけてくる。
私は女の子の前で泣いたことが恥ずかしくて、何も言えないまま、コクリと頷いた。
高梨さんはいつの間にか手にハンカチを持っていた。
それで私の目の回りや頬、酷く垂れた鼻水を嫌な顔を一歳せずにそっと拭き取ってくれた。
私はそれまでに溜まった感情を一気に爆発させたので、とてもすっきりとした気持ちになった一方で、恥ずかしさに打ちのめされていた。
「何が有ったの?」
それまで不思議そうな表情を浮かべつつも、ジッと私が落ち着くまで待っていてくれた彼女は、私がやっと落ち着きを取り戻した頃合いを見計らってそっと尋ねてきた。
「僕…高梨さんの事が…。」
「うん…。私のことが?」
「あの…。なんていうか…。す、す…。凄く…。」
「凄く?」
「凄く好きみたい!」
「えっ!? わ、私のことが好きなの?」
高梨さんは、心底びっくりしたようで、大きく目を見開いている。
全く想像もしてなかったような表情で、驚きの表情を私に向けていた。
「うん、物凄く苦しい…。どうしよう?」
私はバカみたいに自分の苦しい思いをそのまま口に出しており、どうすれば良いのかを好きな相手に尋ねていた。
そんな事を聞かれても、きっと彼女は困るに違いない…と言う思いには至らなかった。
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