Trigger:MIRAGE

立花零

第1話・未登録未分類特別業者

 木漏れ日が降り注ぐ森の中で、足音を殺しながら歩く小柄な男は森林迷彩のコートを纏っていた。フードを目深に被り、硬いガードの付いたコンバット・グローブをはめた手にはFR12K自動散弾銃が握られている。左側に折りたたまれた銃床を展開し、機関部右側面のハンドルを引いて散弾を装填する。

 男は立ち止まり、耳を澄ませた。

 小鳥の鳴き声、そよ風に擽られる木の葉、寒空を覆う緑の下で、冬の虫が鳴き始めている。そして男から逃げる足音。かなり素早い。足元を選ばず逃げているため、風で落ちた葉を踏みつけている。

 男は振り返り、FR12Kの銃口を無造作に向ける。引き金を絞ると、12個の鉛散弾が飛翔し、木の幹に弾痕を穿つ。地面に紅いシェルが落ち、石に当たって乾いた音を奏でる。

 足音がまた聞こえ、男から徐々に遠ざかっていく。

 男はFR12Kを肩付けしたまま、その銃口を下げて歩き出す。地面を覆う落ち葉や木の実の上に、赤い点が連続して伸びていた。小鬼種ゴブの血だ。

 その点を辿り、木々の間を縫って歩く。

 前方で銃声。9ミリが一発。男の数メートル前方にある木に跳弾した。FR12Kを構えなおし、三発撃ち返す。反応はない。殺した感触もなかった。

 そのまま赤い点を辿って歩みを進めると、前方に急斜面が現れた。男は注意深く下を眺め、血が続いていることを確認する。

 一つ一つの点が大きくなっているのを見ると、ゴブの傷は深くなっている事が分かる。使用した散弾は特に殺傷力が高い軟性弾で、命中した際は即座に変形して貫通力を失い体内に残留する。被弾者が動けば動くほど周囲の血管を傷つけて、時間と共に失血量を多くする。軽装なゴブにはうってつけの弾種だった。

 男は意を決し、斜面を勢いよく滑り降りた。落ち葉の下には石や木の破片があるため危険な行為だが、金属板入りのコンバット・ブーツが男の足を護った。

 尻もちを搗かないように着地する。目の前に伸びる赤い点は、いよいよ血だまりと呼べるほどまでに大きくなっていた。おそらくゴブは、応急処置ファーストエイドセットを持たず拳銃だけで逃げている。

 男は、牽制のためにFR12Kを扇状に撃つ。散弾が地面や幹に命中し、周囲に硝煙の匂いが漂う。マガジン内の散弾が尽き、銃口から煙が立つ。男はすばやくマガジンを交換し、ハンドルを引いて初弾を装填。散弾ではなく、シェルの白いスラグ弾。

 周囲に視線を巡らせると、男が追っていた相手がようやく見えた。

 小柄な小鬼種ゴブ。灰色の肌で、頭髪は短い。腹部と大腿部に被弾したようで、くすんだ白の衣服が赤く染まっている。大木の幹に寄りかかり、その根本にできた血だまりが拡大してゆく。右手に握られたマズロフ自動拳銃は、空薬莢が排莢口に引っかかって給弾不良ジャムを引き起こしていた。

「なぜ、俺を狙う」

 虫の息でゴブが問う。銃口を向けた男は銃の右側面を触って、無意識のうちに安全装置をかけてしまっていないことを確認しつつ答える。

「お前を殺せと言われたからだ」

「お、俺は......何も......」

依頼主クライアントと元請けからは、仲間と共に幾つかの集落を襲ったと聞かされている。俺には関係ないが、お前を殺さなければ金はもらえない」

「保護団体が黙っていないぞ、金のために殺すなんて......」

 ゴブが目を見開く。

「お、お前......!」

 上ずった声。ゴブの黄色い瞳に恐怖の色が映る。

「まさか、未登録未分類特別業者 ト リ ガ ー か」

「ああ。そうだ」

「そんな、クソッ。嘘だろ」

 トリガーとは、共和国において違法認定されている職業である。報酬と引き換えに暗殺や破壊工作といった違法行為を実行する「闇の仕事人」であり、民間軍事行動請負企業や武装警備企業と違って正規の手順を踏まずに武装しているためである。共和国司法当局の取り締まり対象であり、取り締まりは日に日に強化されているのが現状である。

「殺さないでくれ、頼む」

 ゴブがあからさまな笑顔を作りながら、大きな身振りで懇願する。

「俺を殺しちゃあ、お前もおしまいだ。保護団体がお前を狙うぞ。それは嫌だろう?俺も気にするってもんだぜ、だから頼むよ、トリガーの旦那」

「そうか」

 男は短く言い、自動散弾銃を構えなおす。笑いを貼り付けたままの顔に照準を合わせ、引き金に指を乗せる。

「そのときは、団体の連中も殺すまでだ」

「え?」

 引き金を絞るとほぼ同時に、スラグ弾がゴブの頭を吹き飛ばす。鮮血が飛び散り木々や草花を真っ赤に染め、脳漿と破片が周辺に付着した。白いシェルが落ち葉のクッションへ、音を立てずに落ちる。


 トリガーの男は銃の安全装置をかけ、銃床を畳んでスリングで背負う。コートの裏から携帯端末を取り出し、任務の仲介者に通話をかける。

〈はい、共和国市民情報センターです〉

「生活諸問題対応課のレイヴンヘッドさんを」

 当直の女性オペレータに、仲介者に繋ぐよう願い出る。

〈少々お待ちください〉

〈はい、レイヴンヘッドです〉

 通話回線が切り替わり、男の声がする。

「俺だ」

〈ミラージュか。任務はどうだ〉

「今終わった。座標を秘匿回線で送る。掃除屋を頼む」

〈掃除屋は値上がり中だが、いいのか。死体処理もお前の得意分野だろう〉

「あいにく薬もドラム缶もない。いつも通り焼いても良いが、それだと森ごと焼くことになってしまう」

〈了解だ。俺の権限でまけておくよ〉

「感謝する」

〈いいんだ。ところで、報酬だが......〉

「まさか」

〈思っている通りだ。元請けの連中が無断で契約変更しやがった。俺たちには1ヘイズとも寄越さないそうだ。重大な違約行為だぜ〉

「つまり」

〈殺って良し。大金を分捕ってこいよ、後で山分けだ〉

「まずは〈交渉〉からだ」

〈今日は妙に引き金が軽いので、なるべく早く契約通りの300万ヘイズを用意してください、ってか?良いぞ、冴えてきた。違約未遂金も忘れるなよ〉

「どこに向かえばいい。手引きを頼めるか」

〈もう終わってる。契約について話したい、って名目で湖畔の宿に呼び出した。俺も行く〉

「お前も?いいのか」

〈連中が馬鹿面かいて漏らすところを見たいんでな〉

「了解だ。すぐに向かう」

 ミラージュと呼ばれたトリガーは携帯端末を仕舞い、発信機で座標を送信する。ゴブの死体に背を向けて帰路に就く。

 フードを外すと、木々の間に吹き込んできた風に、短い黒髪が小さく揺れた。

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