第250話 スキーよりも楽しいやつ


 学園の生徒にして攻略キャラの一人が雪に飲み込まれる衝撃映像を目にしたものの、クラエルとレイナは雪山の頂上に到着した。

 ヴィンセントのことは気になるが、いくらなんでも死にはしないだろう。薄情かもしれないが、放っておくことにする。


(まあ、修行の邪魔をするとかえって怒られるからな……うん)


 山籠もりをして自分を鍛えようというのだから、あれくらいのアクシデントは覚悟しておくべきである。

 それができていないのなら、当人の準備不足だ。ヴィンセント自身の責任であり、誰かを責められるような問題ではなかった。


「クラエル様、どうかしたんですか?」


「いえ……何でもありません」


 顔を覗き込んでくるレイナに首を振って答えて、クラエルは気を取り直した様子で咳払いをする。


「さて……それじゃあ、これから滑るわけですけど、さっき教えたことは覚えていますね?」


「もちろんです。最初はスピードを出し過ぎないように。ハの字で滑るんですよね?」


 スキーの滑り方にはいくつかあるが……素人が最初にやるのは『ボーゲン』という滑り方。ブレーキをかけながら、ゆっくり滑っていく基本的なやり方だ。


「はい、焦らず無理せず、ゆっくり滑りましょうか……念のため、ガードアップ」


 クラエルはレイナに防御力を向上させる補助魔法をかけた。

 万が一、怪我をすることがあっても、治癒魔法を使うことができるクラエルやレイナであればどうとでもできるだろう。

 それでも、怪我をしない越したことはなかった。


「それでは、お返しに……ガードアップ」


 レイナもまた、クラエルに補助魔法をかけてくれる。

 経験者のクラエルは別に必要ないのだが……慈母のような顔をしたレイナにそれを言うのは憚られた。


「ありがとうございます……それでは、行きましょう」


 クラエルは見本を見せるべく率先して、滑り出した。

 スキー板が雪を切り、冷えた空気が頬を撫でていく。

 何年ぶりになるかもわからないスキーであったが、自転車の走り方と同じだ。一度マスターしてしまえば、よほどのことがない限り忘れることはなかった。


「わっ……!」


「大丈夫ですか、レイナ?」


「はい……すごい、初めての感覚です……!」


 レイナもおっかなびっくりといった風ではあるが、転ぶことなく滑ることができている。

 やはり、心配無用だったようだ。

 不慣れではあるが体幹は安定しており、スムーズに滑ることができている。

 二人はややゆっくりのスピードではあったが、無事に麓まで到着した。


「いきなり転ばずに下まで来られるなんて、流石ですね」


「クラエル様のおかげですよ……それにしても、とても楽しかったです」


 レイナが頬を上気させて、華やいだ声を上げる。


「雪の上を滑るのって楽しいんですね。空を飛ぶのとは違った感覚です!」


「そうですね…………空を飛ぶ?」


 おかしなことを言われたような気がする。

 クラエルが首を傾げた。


「はい。翼で空を飛んだことはあったんですけど、雪山を滑り降りるのは初めてです。スピードは飛ぶ方が速いのでちょっと物足りないですけど……これはこれで楽しいです!」


 レイナの背中からブワリと白い翼が広がった。

 そういえば……忘れていたが、レイナは天使のように羽を広げて飛ぶことができるんだった。


「スリリングで楽しかったです。もう一回、行きませんか?」


「……そうですね、はい」


 どう考えても、空を飛ぶ方がスリリングで楽しいような気がするが……それを指摘したら負けだろうか。


「うん、気にしない。気にしないよ……」


「あ、リフトが混んできたみたいですから、飛んでいきましょうか。クラエル様も御一緒にどうぞ。心配せずとも、結界で姿は消しておきますから目立ちはしませんよ」


「気にしない、気にしない……うん、できないね!」


「はい、行きますよー」


 つぶやいているクラエルを大事そうに抱えて、レイナは空を飛んで頂上まで戻る。

 言葉にはできないが色々と間違っているような気がするのだが……クラエルは二つのアクティビティを同時に楽しむことができたのだと、自分を納得させたのだった。

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