第56話 寝室での激闘


 寝室のベッドの横で、クラエルとレイナが真っ向から言い合いをしていた。

 口論の内容はなんともくだらないもの。

 今晩、同じベッドで眠るかどうかということである。


「ダメです! 絶対にダメ! いけません!」


 寝室まで踏み込まれてしまったクラエルであったが……レイナに押されていたのはそこまでのこと。

 クラエルのベッドに潜り込もうとしているレイナを全力で押しとどめていた。


「ダメですか? 本当に?」


 レイナが上目遣いで訊ねてくる。

 瞳に涙を溜めてウルウルさせてくるのはとても可愛いし、拒むのは心が痛むが……だからといって、頷くわけにはいかない。

 家族だからといって、譲れない部分があるのだ。


「レイナ、君はもう大人の女性です。いかに家族といえども、わきまえないといけない部分があるんですよ」


「でも、久しぶりに会いましたし。さっき何でもしてくれるって言いましたし……」


「『何でも』とは言ってませんし、さっきお風呂に入ったので終わりです!」


 甘やかすことなく、レイナにしっかりと言い聞かせる。

 いくら相手に心を許しているからといって、年頃の女の子が男と同衾するなんてあってはならない。

 学園でおかしな男に引っかからないとも限らないし、ここは強めに言い聞かせておこう。


「レイナ、君はもう学校に通っている淑女なんですよ。家族とはいえ、男と同じベッドで眠るようなはしたないことは控えてください……良いですね?」


「…………」


 しょんぼりと肩を落として、部屋から持ってきた枕を抱きしめるレイナ。

 かなり落ち込ませてしまったようだが……こればっかりは仕方がない。

 むしろ、もっと早く言い聞かせるべきだったのだ。

 家族だから、親代わりだから、兄妹のようなものだから……そんな言葉に甘えて、レイナが自分に甘えるのを許してしまっていたのが良くなかった。

 レイナも学園に入学したことだし、改めて気を引き締めて教育しなくてはいけない。


「勘違いしないでくださいね。レイナ、僕は貴女が嫌いだからこんなことを言っているんじゃありませんよ」


「…………」


「貴女には素敵な淑女になってもらいたいと思っています。そのために、家族であっても守るべきルールは守らないといけません。『親しき中にも礼儀あり』というように、きちんと線引きはしないといけないんですよ」


「…………はい」


「もちろん、節度を持って甘える分には大歓迎です。父親代わりとして、兄代わりとして、喜んで受け入れます。だから、ここは僕の言うことを聞いてください」


「はい……わかりました。自分の部屋で眠ります」


 懇々こんこんと言い聞かせると、レイナはようやく折れてくれた。


「はい、よろしい……厳しく言ってしまって、すみません」


「いえ……クラエル様が正しいことを言っているのはわかっています。ワガママを言ってしまって、ごめんなさい……」


 レイナもわかってくれたようだ。

 クラエルはそっと胸を撫で下ろした。


「そんなに焦って甘えたりしなくても大丈夫ですよ。まだ夏休みは長いんですからね。明日になったら、また一緒にお出かけをしましょうか。レストランでもショッピングでも、好きなところに行きましょう」


「ありがとうございます……ところで、お聞きしたいんですけど……」


 レイナは枕に顔の下半分を埋めて、ジッとクラエルを見つめながら訊ねてくる。


「クラエル様も貴族学校に通っていたんですよね? 学園は二年生に上がったら、魔物退治の授業があるって聞いたんですけど……」


「ああ、その通りですよ」


 貴族にとって、魔物と戦って国や民を守るのは立派な義務である。

 そのため、文官や神官を志望している生徒であろうと、授業で魔物退治に参加しなくてはいけないのだ。


「その授業では時に泊まり込みになるって聞きましたけど……もしかして、野営の時に女性と二人になんてなってないですよね?」


「そんなこと、もちろん……」


 ない……と答えようとして、クラエルは言葉を止める。

 そういえば、アクシデントで女友達のエリカと二人きりになったことがあった。

 二人とも疲労していたため、見張りを立てる余裕もなくて魔物避けを撒いたテントの中で寄り添って眠ったものである。


「いえ、昔の友人と二人でテントに泊まりましたね。彼女は女性でしたけど、あれは緊急時だったので……」


「『白き羊の誘いスリープ・シープ』」


「ノー、カウント……」


 急な眠気に襲われて、クラエルは前のめりになって倒れてしまう。

 そのまま床に激突……などということにはならず、前方にいたレイナの胸に顔を突っ込むことになってしまった。


「おやすみなさい、クラエル様」


「ん……む……」


 薄れゆく意識の中、慈母のように優しいレイナの声が聞こえてくる。

 ギュッと頭を抱きしめてくる両腕に、一瞬だけうすら寒さを感じてしまうのであった。

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