第55話 もはやヒロインではない


 目隠しをしつつ、レイナとの入浴タイムが終わった。

 クラエルは別に長湯をしたわけでもないのに頭がすっかり逆上のぼせ上がってしまい、グッタリと椅子の背もたれに体重を預けて脱力する。

 もちろん、目隠しはすでに外している。

 寝間着姿になっており、肩にタオルをかけていた。


「ハア……何故だ、疲れた……」


 入浴しただけなのに、どうしてこんなにも体力を消費しているのだろう。

 いや、理由はわかっている。

 年頃の女の子と一緒に入浴して、おまけに目隠しをして身体を洗ってもらうという特殊な状況だったからである。


(どう贔屓目ひいきめで見ても『プレイ』じゃねえか……レイナはいったい、何を勉強するために学園に通っていたんだ……?)


 まさかとは思うが、学園で攻略キャラとこんなことをしていないだろうか。

『虹色に煌めく彼方』は全年齢の乙女ゲームだ。そんなことはあり得ないと信じたいのだが。


「お水をどうぞ、クラエル様」


「ああ……ありがとうございます」


 レイナが気を利かせて、コップに水を入れて運んできた。

 クラエルはネグリジェを身に着けた首から下に目を向けないようにしつつ、水を受け取ろうとする。


「…………?」


 しかし、レイナがスウッと後ろに引いてクラエルの手をかわす。

 そして、何を思ったのが自分でコップに口を付けて水を口に含み、クラエルの顔に唇を近づけてきた。


「ちょ……何してるんですかっ!?」


「いえ、口移しで飲ませて差し上げようと思いまして」


「いりませんっ!」


 クラエルが湯上りの顔をさらに赤くして、レイナの手からコップを奪い取った。

 久しぶりに顔を合わせたわけだが……いったい、どんなスイッチが入っているというのだろう。

 やたらと距離が近くて、行動も意味不明である。


(もしかして、学園で男を手玉に取って弄ぶことを覚えてしまったのでしょうか……いや、レイナは清純系ヒロインだったはずだけど……?)


 今のレイナはゲームに登場しているヒロインと同じ容姿をしているが、性格はまるで違っている。

 原作のシナリオ改変は不遇なヒロインを救いたかったクラエルとしては望むところなのだが……どうにも、方向性が間違っているような気がしてならない。


「えっと……レイナさん、それよりも落ち着いて話をしましょう。せっかくですから、学園でのことを聞かせてくださいよ」


 コップの水を残らず飲みほして、クラエルはレイナに訊ねた。

 帰って来てから、レイナはずっとクラエルにくっつきっぱなし。落ち着いて話もできなかった。

 本来、久しぶりに再会した家族はそういった近況を話すものではないのだろうか。


「あ、はい。いいですね。お話しましょう」


 レイナが笑顔で応じて、テーブルを挟んだ対面の椅子に座る。


「学園では友達がいっぱいできました。エリーさん、ユナさん、ミリアさん、ジェシーさん、みんないい人ばっかりで、とても楽しい学校生活を送っていますよ?」


「そうですか……それは良かった」


「ローレル公爵家の人達も良くしてくれています。神殿のお勤めがあるのであまりあえてはいないんですけど、キャロットお姉様はご自分の服やアクセサリーを私にプレゼントしてくれて、とっても優しいんです。先月末も一緒にショッピングに行ったんですよ?」


「ローレル公爵家のキャロット嬢が……」


 キャロットはゲームのシナリオであれば、レイナを虐げる悪役令嬢のポジションだった。

 本来の彼女とは違って良好な関係を作れたのなら、それはキャロット嬢にとっても良いことではないか。


(キャロット嬢は最終的にざまあされて闇堕ちする敵キャラだよな……レイナは自分だけではなくて、彼女のことまで救ってしまったようだな)


 まさに聖女である。

 クラエルは改めて、感心した。


「同性の友達はたくさんできたみたいですね……それで、たとえばボーイフレンドとかはどうですか?」


 クラエルは気になっていたことを訊ねた。

 レイナは攻略キャラのうち、誰のルートを進んでいるのだろう。

 基本的には誰であってもクラエルが干渉することはしないが……王太子ルートではわりとシャレにならない災厄が起こるので、できれば違う攻略キャラを選んで欲しい。


「ボーイフレンドは……特にいませんよ? まあ、クラスの男子とは話す機会はありますけど、プライベートの付き合いはないですね」


「え? まったくですか?」


「まったく、皆無です」


 レイナがきっぱりと断言した。

 一年生の夏休み。まだシナリオ序盤とはいえ、それなりにイベントが発生しているはずなのだが……。


「私に話しかけようとしている男子はたくさんいるみたいですけど、あまりしつこい人達は『お友達』が止めに入ってくれますから。知り合い以上の男子生徒はいませんね」


「そう、ですか……そういうこともあるのかもしれませんね……」


 クラエルは少しだけ考えてから、頷いた。


 どうやら、レイナはあまり攻略キャラと接点を持っていないようだ。

 もしもゲームであったとしたら、「もっと上手いことやれよ」と呆れるところである。


(だけど……恋愛に興味がないというのなら、それでも別に良いのかもしれないな……)


 乙女ゲームの世界ということもあって、恋愛を重視して考えてしまったが……別に学生時代の醍醐味は恋愛だけじゃない。

 友達と友情を深めることも、スポーツや部活動に精を出すことも、勉強に費やすことだって立派な青春だ。

 攻略キャラの誰かと結ばれた方がレイナのためになるなんて考えるのは、押し付けでしかないのかもしれない。


(このまま乙女ゲームのストーリーをなぞることなく、目の前にいるレイナなりの学園生活をまっとうするのなら、それでも別に良いんだろうね……レイナが幸せだったらそれで良い)


 ひょっとすると……このまま攻略キャラとは関わることなく、ゲームには名前も登場しなかったようなモブキャラと結婚するのかもしれない。

 それでもいい。

 目の前にいるレイナはゲームのキャラクターではなく、クラエルにとっては娘のようであり妹のようでもある可愛い聖女様なのだから。


「それじゃあ、クラエル様。ベッドに行きましょう?」


「まさか……同衾までするとか言わないよね?」


「フフフフ……」


「…………」


 妖しく微笑むレイナに無性に不安な気持ちになりつつ、クラエルはレイナに手を引かれて寝室に連れていかれるのであった。

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