第17話  別れ話

 クリスマスが近づくと、レイとリコはロックフェラーセンターのクリスマスツリーを見に行った。

「きれい!」

「君のほうが、ずーときれいだよ」

「やだ!レイったら」

 リコは照れながらも、嬉しそうに笑顔をレイに向けた。

「ほんとうだよ」

「そうね。私たちは、頑張ったわよね」

「そうだよ、二人は誹謗中傷と世間からの酷い仕打ちと戦ってきたんだ」

「今、こうしてクリスマスツリーを見ていられるのもレイのおかげよね。自由になれて本当に幸せだわ」

「僕もニューヨークに来られて嬉しいよ。すべてはリコのお陰さ。ありがとう」

 レイのリコの肩を引き寄せた。

 リコは首を傾けてレイに寄り添い、高いツリーを見上げた。

 目の前のスケートリンクでは、大勢の人達がスケートを楽しんでいた。

 クリスマスソングに合わせるように、イルミネーションのライトがキラキラを輝き、スケートをしている子供たちの笑い声が辺りに響いていた。

 リンクで転んで泣いている子供の姿を見て、リコが思わずほほ笑んだ。

 その様子を見ていたレイは、少し罪悪感を感じ表情が固くなった。

 だが、アンナとの関係は、もう引き下がれないところまで進んでいる。

 レイは情けは無用だと、気持を奮い立たせて心を鬼にした。

 今まで、奴隷のように下僕を演じてきたのは、いつかこの日が来るのを待っていたからだ。

 そう、知り合ってから10年間耐えて来て、やっとその時がきたのだ。

 安っぽい同情心で、チャンスを逃してはならない。

「どうしたの?」

 リコはレイの顔を不思議そうに覗き込んだ。

「何でもないよ。さあ、これから夜景がきれいなレストランで食事をしよう」

「嬉しい」

 歩きながらリコは、レイに腕を絡めた。

 リコはこの後に、レストランで別れ話を切り出されるのも知らずに上機嫌だった。


 レストランは随分前から予約をしていたので、窓際の席に座ることができた。

 本当はアンナと来る予定でいたが、急遽変更してリコとの別れ話の場所になった。

 本音はいつも虐げられていたので、最後は少しくらいカッコをつけてみたかったからだ。

「わあ、スカイレストランね。凄く綺麗。宝石箱をひっくり返したみたいに、キラキラしている」

「『摩天楼はバラ色に』て言う映画があるくらいだからね」

「ああ、ニューヨークに来て本当に良かった」

「メリークリスマス」

 夜景を見ながら、二人はシャンパンで乾杯した。

 リコは飲みすぎて気分が良くなったのか、いつもより饒舌になり一人でしゃべり続けた。

 大学で出会った時の印象から今までの事を、リコは楽しそうに話した。

 レイはただ、笑顔で相槌を打つのが精一杯だった。

 レイは話を切り出すタイミングを計っていたので、リコの話は上の空だった。

 食事が終わりデザートとコーヒーが運ばれてきた。

 レイは今だと思い、別れを切り出した。

「僕たちの関係は今日で終わりだよ」

 リコは驚で目を大きく開いたまま、レイを見た。

 リコの手は動揺で震え、コーヒーカップ落としそうになった事に気づいた。

 両手を使いながら何とか、リコはカップをソーサーに置き下を向いた。

 下を向いたリコは、暫く黙っていた。

 やがて嗚咽が聞こえ、目からは涙が出てきて、そのしずくがコーヒーカップに入った。

 レイは思わず、いつものように『ごめん』と謝りそうになった。

 リコが機嫌を悪くした時は、いつもそうして自分から折れていたからだ。

 レイはいつもの習慣で、今晩もそうしてしまいそうなのを慌てて制した。

 それからリコは、小さな声で喋りだした。

「そうね、最初から一年の約束だったよね。最近は行動がおかしいと思っていたの」

「好きな人ができて、彼女にプロポーズするんだ」

 リコはため息をもらし、やがて諦めたように震える声で答えた。

「わかった、約束は守るわ。でも、新しい仕事が決まるまで、少し待ってくれる」

「待てないな。仕事は僕が紹介するよ。画廊で働かないか?」

「場所は?」

「ダウンタウンさ。週末に一緒にそこに行こう」

 2人はレストランを出た。。

 レイとリコはタクシーでマンションに向かった。



 リコと暮らすマンションに戻ったレイは、自分の部屋でベットに横になって、天井を見つめた。

 今までずっと考えていたことが、うまくいった事でホッとした。

 後は、引越しを予定通りにやるだけだ。

 リコは、本当の仕事が何なのかは知らない。

 世間知らずな王女様でも、できることはある。

 ある組織に彼女を引き渡し、報酬を得る。

 その後、転勤先のパリでアンナと一緒に暮らす。

 レイは報酬を、ドル建てかユーロにするかを考えた。

 口座に振り込まれた金で、レイは転勤先のパリで新しい恋人と暮らす。

 レイはアンナとの未来を考えると、頬が緩み自然に鼻歌が出てきた。

 これで、今まで奴隷として虐げられてきたリコにから、やっと解放される事になる。

 レイは、10年掛けてニューヨークでお金と仕事と恋人を手に入れた。

 もう、リコに用はない。

 使用済みの紙切れはゴミ箱に入れるだけた。

 レイは計画が思い通りに進み、満足感に浸りながら眠りについた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る