第3話 パレード

「イレイズ・ミー!」


 寝巻きを脱がされパンイチになったオヤジが、鎧を着たくないと叫び、暴れている。その肌は完全にゾンビ化していて灰色だ。


 聖剣を握れたといっても、この見た目で勇者パレードに臨むのはマズイ。なんとか隠さなければ。


 その解決策として提案されたのが、全身鎧だった。当然、頭をすっぽり覆うヘルムも用意されている。


「キョウジさん! なんとかなりませんか……!?」


 カーニャが懇願する。なんとかって言われてもなぁ。


「坊ちゃん! 入れ墨をほめてあげて下さい!」

「そうだ恭司! 親分は入れ墨を見せたいんだ!」


 子供か……!? と思ったがそもそもゾンビだった。仕方ない。


「オヤジ! かっこいい入れ墨だな!」


 ピタリと動きが止まり、ニヤリと笑う。気持ち悪い……!!


「ナイス入れ墨!」

「よっ、日本一!」


 鮫島と緒方も乗っかり囃し立てる。でもまだ足りないようだ。カーニャとデュダにも視線を送る。


「「な、ナイスイレズミー」」


 よし、オヤジは完全に上機嫌だ。今ならいける!


「オヤジ! 動くなよ! しばらくそのままだ!」


 ニンマリ笑ったまま、オヤジは静止している。チャンスだと思ったのか、侍女達が一斉に飛び掛かり、鎧下を着せる。


「そのまま一気に鎧を着せてしまえ!」


 はい! と侍女達が声を合わせて返事をし、カチャカチャと鎧の各部位をオヤジの身体に取り付けていく。


「キョウジさん! これを!」


 カーニャがヘルムを渡してきた。俺に最後の仕上げをしろということか? まぁ、侍女に噛み付いたりしたら不味い。


 ニヤけ顔のまま微動だにしないオヤジの前に立ち、ヘルムの留金を外して大きく開く。そしてゆっくりと灰色の顔を覆った。


「よし! 完成だ! オヤジ、聖剣を握れ!」

「ガッテンガッテン」


 オヤジはテーブルの上に抜き身で置いてあった聖剣をむんずと掴み、正眼に構えた。蒼い光が全身を覆う。


「カーニャどうだ? 勇者っぽいか?」

「大丈夫です! これなら勇者に見えます! パレードもなんとかなりそうです!」


 パレードはもうすぐだ。



#



 三頭の白馬がゆっくりと客車を引き、石畳の大通りを進んでいく。


 客車には第一王女カーニャと勇者ゾンビのオヤジ、そして俺が乗っている。


 眼前では騎士が一糸乱れ行進をし、俺達を先導する。そして大通りには溢れんばかりの民衆と歓声。


 熱狂的な歓迎である。まさか、ここまで勇者が求められているとは……。


 パレードは民衆の熱に包まれながら、進んでいく。


 そして、ある広場についた。馬車を中心にして騎士がぐるりと円を描く。


 カーニャが大きく息を吸い込み、民衆に向かって声を上げた。


「今、我々は苦境に立たされています! 魔王軍は日々勢力を拡大し、人間の住む領域を削り取っていきます! しかし、希望はあります! 何故なら昨日、異世界から勇者の召喚に成功したからです!!」


 オオオオオオォォォ……!! と歓声が上がり、大気を震わせる。この場にいる全ての人間が声を上げたかのような感覚。チラリ横をみると、オヤジも叫んでいる。大丈夫か……。


「皆さんに紹介します! 勇者リュージです!!」


 オヤジはピクリとも動かない。やはり事前の打ち合わせを全く理解してなかったようだ。


『……おい、オヤジ。皆んなに向かって手を振るんだ……』


 小声で何度か指示を出す。すると思い出したのかオヤジは動き始めた。


「エセカンカンカンカン、ゴー!!」


 オヤジは突然馬車から飛び降り、民衆に向かって大きく手を振る。好意的に受け取られたのか、今までで一番大きな歓声が上がった。


 そして花束が四方八方から投げ込まれる。この国の慣習なのだろうか? カーニャを見ると成功にホッとしているようだ。


 民衆からは「リュージ」コールが送られている。オヤジは調子にのってブンブンと手を振り回す。


「カーニャ。そろそろオヤジを連れ戻して王城に戻ろう」

「そうですね。お願い出来ますか?」


 仕方がない。俺は馬車の客車から飛び降りる。すると、興奮した民衆が花束を持ってこちらに駆けてくるのが見えた。


 美しい女性だ。こっちの世界は美形が多いなぁ。


 女は勇者リュウジの前に立ち、花束を渡そうとするが──


 オヤジが急に腰から聖剣を抜いて構えた。不味い!!


「オヤジ、やめろ! 聖剣を下ろ──」

「チェストォォオオオ!!」


 ──ブン! と振るわれる聖剣。刃が女の身体を容赦なく斜めに切り落とした。


 歓声が悲鳴へと変わり、辺りが騒然となる。


 なんてことだ。いきなり民衆を叩き斬ってしまった……!


 やっぱりアンデッドに勇者の真似事なんて無理だったのだ。いきなり命を奪うなんて……。狂ってやがる……。


 カーニャの方を向くと、目を大きく見開いて何かを指差している。その指の先を目で追うと──。


「えっ、化け物……!?」


 さっきまで人間の女の形をしていた死体が、異形に姿を変えていた。

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