第2話 死んだ勇者

 勇者は死んでいた。


 この事実は王国にとって相当堪えたらしい。召喚の儀が終わり、とりあえず大広間に場所を移した後も、カーニャ達は一様に暗い顔をしている。


「エセカンカンカンカン──」

「五月蝿い! 黙れオヤジ!!」


【勇者ゾンビ】こと新政龍司、つまりウチのオヤジは完全にアンデッドになっていて、行動は無茶苦茶だ。突然奇声を上げたり転げ回ったりする。


 息子のことは辛うじて認識しているらしく、他の人が注意しても梨の礫だが、俺が叱ると一旦静かになる。


 普通に死んでいたなら俺も悲しいのだろうが、ゾンビ化してエキセントリックな動きを繰り返すので、泣いている余裕がない。というか、そんな気分になれない。


「カーニャ。残念ながら目当ての勇者はこの有様だ。何か目的があって召喚魔法を使ったのだろうが、それは失敗した。俺達を元の世界に戻してくれないか?」


 努めて冷静に語りかける。喧嘩腰に言って拒否されたら元も子もない。なるべく真摯にお願いする。


「ごめんなさい。それは出来ません……」

「あん……!? 何て言った!!」


 鮫島が勢いよく立ち上がり、豪奢なテーブルを叩きながら言った。


「出来ない……といいました。異世界転移の魔法を発動させるには巨大な魔石が要ります。それが今はありません」


 苦悶の表情を浮かべている。本人としても不本意なのだろう。


「カーニャ。お前は王族なんだろ? 用意出来ないのか?」


「お金では何ともならないのです。今回の儀式で使用した魔石は、むかし倒した魔王の住処で見たかったもの」


「つまり、魔石を見つけるまで元の世界には戻れないと?」

「はい。そうなります」

「なんだとぅ……!?」


 鮫島の怒りはもっともだ。俺だって早く地球に戻って女の子を口説かなくてはならない。


「本当に他に手はないのか?」

「残念ながら……」


 カーニャは顔を伏しながら答えた。


「坊ちゃん、どうしましょう。親分はあんなですし……」


 緒方の視線の先には、でんぐり返りを何度も繰り返すオヤジの姿がある。あっ、壁にぶつかった。自分で頭を撫でている。


「とりあえず食い扶持を見つけて生活しないとなぁ」

「そうですねぇ」

「あの……」


 俺と緒方の会話に、カーニャが混ざろうとする。何か気不味いようで、なかなか次の句が出ない。


「なんだ? はっきり言ってくれ」

「ごめんなさい……。実は明日、王国民への勇者のお披露目パレードが予定されていまして……」

「えっ、勇者はあの状態だけど! あれをパレードで人前に晒すの!?」

「はい。そうしないと、王家の威信が失墜します」


 いや、知ったこっちゃない。


「カーニャ。それはお前達の都合だろ? それに、勇者ゾンビを人前に出す方が問題だ。適当に代役を立てればいい」

「我が国には……勇者しか触れることの出来ない聖剣があります。パレードでは勇者がその剣を掲げる予定だったのです。それが出来ないと、貴族や王国民に怪しまれます……」


 なんとも面倒臭い状況だ。鮫島も緒方も眉間に皺を寄せている。


 とりあえず金を引き出すために協力するか……。無一文では若衆達にメシも食わせられない。


「しっかり礼はもらうからな。とりあえずその聖剣とやらを見せてくれ」

「はい……。案内します」


 カーニャは追い詰められた表情で立ち上がった。



#



 王城の地下は、ひんやりとした空気が満ちていた。息が白く、とまではいかないが、体感で外より二、三度は低い。


 ここに来たのは俺とオヤジ、若頭の鮫島と事務局長の緒方。そして王国側はカーニャとデュダ、護衛の騎士が三人だ。


 鮫島が【大罪人】の称号を持つので警戒されているのだろう。


 ちなみに俺の称号は【勇者の息子】、緒方の称号は【メタボ】という身も蓋もないものだった。


「この扉の向こうに聖剣が安置されています」


 カーニャが緊張した面持ちで言った。それはそうだろう。もしオヤジが聖剣に触れられなければ、パレードは完全に失敗する。王家は何をしているのかと、貴族や王国民に突き上げられるらしい。


「開けるぞ?」


 俺の言葉にカーニャとデュダは頷く。


「マンマンガー!!」


 突然、オヤジが聖剣の部屋の扉を蹴り飛ばした。勢いよく開き、中が顕になる。


「あれが……」

「聖剣……!?」


 鮫島と緒方の凸凹コンビが呟く。


 部屋の中央には、地面に垂直に突き立てられた剣がある。まるで生きているように青白い光を纏い、点滅している。


「鮫島、試しに触ってみろ」


 しょうがねぇなぁ。と鮫島は吐き捨て、大股で歩き出す。踵を鳴らして聖剣の前に立ち、手を伸ばすと──


「痛ッ!!」


 ──光が強くなり、バチンと音がして弾かれる。まぁ、当然か。【大罪人】が聖剣を握れたら、何でもありになってしまう。


「もしかしたら【勇者の息子】であるキョウジさんなら、触れるかもしれません」


 カーニャが祈るように言った。


 無理だと思うが、試さないと先に進まない。鮫島の横を通り過ぎ、無造作に聖剣を掴む。


 ──バチンッ! とやはり弾かれる。カーニャが泣きそうになる。虐めたくなる顔だ。


「おい、オヤジ! この剣を取ってみろ!」


 壁に何度も額を打ちつけていたオヤジがくるりとこちらを向いた。そしてツカツカとやってくる。


「メソメソソード!!」


 訳の分からない奇声を発しながら手を伸ばす。すると、聖剣の光がオヤジの身体を包みこんだ。今までとは明らかに反応が違う。


「やはり、勇者ですね!」


 台座から聖剣を引き抜いたオヤジをキラキラした瞳で見つめるカーニャ。デュダもほっと息をついている。


 オヤジは聖剣を気に入ったのか、ブンブン振り回して遊んでいる。かなり危ない。


「恭司さん! 必ずお礼はするので明日のパレード、協力お願いします!」


 鮫島と緒方を見ると「仕方ないっすねぇ」という表情をしている。とりあえず若衆達に飯を食わさなければならない。ここは協力して援助を引き出すのがベターか……。


「分かった。とりあえずパレードを乗り越えよう」


 オヤジは聖剣を大上段に構えて緒方を追い回し始めた。これ、大丈夫か? パレード乗り越えられる?


 とても心配になってきた……。

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