繋がりを持つために

星多みん

音楽と美術と小説


 現代の活字離れが問題視されて、早くも数年が去った。そんな時代に私は一冊の小説(正確に言うと小説よりも日記みたいな物だと思う)を書いている。


 周りで小説を持っている子は少なく。私が家庭を持った頃には、とうとう近隣の本屋が潰れていった。そうして小説という娯楽が霧のような姿になった今、焦燥感を感じながら筆を握っている。では何故これにしたのか、それは昔から人と話すのも苦手だった私が、試行錯誤の末に行きついた一つの言語だからだ。


 だが、最初から小説という言語に行きついた訳じゃない。色々な物を試して、それなりの苦労もあった。そんな過去を少し話しておこう。



 最初に通った道は音楽だろうか。元々音楽は好きで、作曲家の思いや過去を音という不定形の形で伝えるのに魅力を感じていたのだろう。


 楽器を十数年触ったが「猫踏んじゃった」も弾けなければ、作曲家なんて一寸もできないが、よく考えてみれば引く人によっても感情が出ると思い、諦めないで演奏家として続けていた。


 そんな私が音楽を辞めた理由があった。上を見て絶望したなどの大層な理由ではなく(本当に些細な理由で人に言うのは恥ずかしいのだが)その時好きだった子が病で音が聞こえなくなったのだ。音楽は聴こえないと楽しめないもの、全ての人と繋がりを得たい私はその事実に気づき音楽の道を諦めたのだった。



 で、あればと始めたのが絵や彫刻だった。絵は聴覚がない人でも楽しめ、彫刻は目が見えない方のために触って楽しめるように作っていた。我ながら良い案で人気もあったのだが、三十の時に辞めなければ理由ができてしまった。いや、気づいたと書いた方が正しいのだろう。


 最初はただの違和感だった。小さく不透明な感情を曇りガラスを主とした作品にして展覧会に飾ったのだが、私は暫くそこで違和感を育ててる事になる。次第に曇りガラスは溶けると、地べたに大きな水たまりの様に広がり不透明だった感情を鮮明に映し出す。


 映し出された感情はドロドロした物だった。私の作品は買い手にもよるが多くは優越感やコレクションで買うために多くの人と話せる機会はあまりない。これは多くの人と関わりたい私にとっては苦痛で不満足であった。


 ならばと、多くの作品を作ろうともしたのだが、一つ一つを別のものとして作るのは大変で、また元の感情が同じであれば作品も似たような物になるとやる気も失せて、一つの溶けたガラスを最後に道を後にした。



 私は先の件の後から何に対しても無気力になっていた。幸いな事にお金には困って居なかったが、周りからは生きた屍と呼ばれ今まで関わった人は皆去った。いっそ諦めれば楽なのだろうが、どうしても出来ずにネットで出会った人と適当な会話をする事にした。


『こんばんは』


 何人目か覚えているのが馬鹿らしくなる程に、色々な人と話しているうちに彼女と出会った。今までの人は私が自己紹介すると早くて明日、長くても半年の内に何処かに行くのだが、彼女は違った。毎朝連絡を取り合っては興味を持てない話題でも話してくれ私の心を満たしてくれた。


 それが日常になって無気力という病が治り、彼女が私を通話に誘った時に話してなかった事を打ち明けた。


『実はね。人と話そうとすると頭が真っ白になって上手く話せないんだ』


 既読になって数分は彼女からの反応は無く、時間が過ぎる度に背筋が凍てつくのに耐えられずに、我に返ったときには暗い部屋で少し遅い晩御飯を食べていた。


 ちょうど食べ終え風呂に入ろうとした時だろうか、一通のメールが届いた通知を見る。彼女だ。私は数フレームだけ指を動かすのを躊躇ったが、信頼から来た期待に胸を高鳴らせて指を動かした。


『そうなん? こっちでは普通に話せてる気がするけど』

『文章では分かりやすいのかな。わかんないけど、ありがと』

『どういたしまして』


 彼女からのメッセージを数秒見つめると『おやすみ』と送って、期待を裏切られない幸福感が消えない内に就寝した。


 次の日、目が覚めると真っ昼間だろうか。昨晩の出来事での高揚感が残っているのか、久しぶりに目覚めが良かった気がする。私はそのままスマホを手に取り、寝ている時に来ていた三通のメッセージを確認する。


一通目には『好きなの読んでみて。おやすみ』と簡潔に書かれており、二通と三通目には小説のタイトルと、それに対応するようにネットショッピングのリンクも貼られていた。私はその中から高校生の時に習った【山月記】の文字を見つけると、短い時間で読めることもあって電子書籍で読むことにした。


『もう買った? 良かったら何を買ったか教えて』

『ちょうど山月記を読んだ所』

『ほうほう! どうやった?』


 私は彼女からのメッセージを数分返事をしなかった。いや、私は読み終えた後からずっとこの感想をどう言えばいいのか分からずにいた。分からずにいたから、電子書籍を買ってからの五時間ずっと繰り返し読んでいたのだから。


『とても面白かった。特に「詩家としての名を死後百年」の部分はよかったし、最初もテンポよく出来てたし、小説家とかの人生もわからないけど、言語化できない感情とかを物語と言い回しで表してて、日本語なのに不思議と異国の言葉みたいで、いや、なんか、喋っている時に使ってる言葉と小説の言葉は違う気がして、伝わるかな?』


 普段は気にしない文字上限を気にしながら、伝えたい思いを込めて送った文章は読み返して見栄えが悪く、二通に分ければよかったと後悔をしたが、不思議と送り直したりはしようと思わず、逆にこれがいいと思っていた。すると、彼女も私と同じような文体(読みにくいが最低限の改行はあるが、普段より絵文字が多かった)で、負けじと自分の感想を述べられ、それは次第に考察になり、一通りの話が終えると、彼女は突拍子のないメッセージを送り付けた。


『一か月後も感想会しようよ。次は君の書いた小説と私が書いた小説で』


 最初は否定したが、どうしてもと言うので渋々了承して、どうにか短編小説を書き上げた。処女作ということもあってか、文章の練度も低く一か月後の彼女の作品を見比べる時、頬っぺたがリンゴ飴のように赤く染めらる。だけども、思った以上に執筆は楽しく、一か月ペースでお互いの作品を送っては考察したり、行き詰った時には雑談や新しい小説を読んでいた。


 そうして十二年後、色んな変化はあったものの全てが悪いものじゃなく、彼女とは家族として今でもお互いの小説を見せ合って良かった物は賞に出したりしている。

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