俺の右手に尻子玉
月井 忠
第1話 列に並ぶ河童
河童がいた。
通勤途中に見るのは久々だった。
しかも、リアル河童だ。
駅のホームには列がいくつもあって、俺の右側の列にそいつはいた。
後ろ姿でもわかる頭の皿と、ぬめった緑色の首筋。
河童はつねにキョロキョロしていた。
こちらに出てきて、まだ日が浅いのだろう。
実際、古めかしい甲羅を大事に背負っている。
電車到着のメロディが響くと、続いてアナウンスが流れた。
河童は甲羅を背中から下ろすと前に抱える。
どうやら着脱手術は受けているようだった。
電車内では、バッグを背負わず前に抱えるのがマナーだ。
郷に入れば郷に従えというのは河童にも適用される。
ホームに電車が入って来る。
停車してからドアが開く。
俺は河童から目をそらし、人の流れに乗って車内に入る。
中は通勤客でぎゅうぎゅうだった。
四方八方を囲まれ、身体はがっちり固定されてしまう。
こうなってしまうと電車と一体になれる。
立っているのも少し楽だった。
もちろん、とても快適とは言えない状況ではあるが。
俺は頭だけを横に向け、隣のドア付近を見た。
多くの人に紛れて、皿と緑色の首が見える。
やはり河童だ。
しかも、リアル河童だ。
きちんと紺のスーツを着ているものの似合っているとは言い難い。
ぬめぬめとした首筋があらわになる。
人いきれでむわっとした空間に、追加で水分を補給しているようにも見える。
そのせいか、河童は周囲の人からジロジロと見られていた。
「きゃあ!」
目を向けていた集団から女の短い悲鳴が上がった。
ざわめきが広がる。
「テメェ!」
今度は男の怒声がした。
集団がもぞもぞと動く。
バッとなにかが掲げられた。
緑色の水かきのある手。
その手首を掴む男の手。
「オマエ、今、オレの女から尻子玉抜こうとしただろ!」
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