Chapter - 3 奇譚

ミシェル,塔 /1 

───あたいは、嘘だと思った。

   でも、エルリエの目は真剣そのもの。

   嘘をついている雰囲気はないねぇ。


 エルリエは王女になる前からそうだった。

 真剣な話をする時は、必ずこの場所を選ぶ。

 見た目やしぐさは、相変わらず乱れた女って感じだけどさ。

 

 それにしても、相変わらず手入れされた中庭だね~。

 ぬるい風が吹いてら、気持ち悪いってもんじゃないね。


 あたいは屋根の上から、椅子に座るエルリエの言葉に耳を傾ける。

 周囲には誰もいない、そんだけ漏らしたくない話なんだと思う。


「考えればわかるでしょ? フォルボスは血祭りにするとか言っておいて、実際ここには来ていない。それは来ないんじゃない、来る必要がないのよ」


「そりゃ……あたいも確かにおかしいとは思ったさ。だから一人でココに来たんだからね。各エリアにいた守護者はみんな消滅した。エリアⅠに関しては自分でやってんだし、あの気味悪い塔を見れば、誰だって分かるっしょ」

 

 ミシェルの象徴である青い三角屋根の塔、てっぺん付近は真っ黒い煙に覆われていた。

 ありゃ、丸いドーナツを何個も刺したような感じだね。


 キイッ──と椅子が動く。

 相変わらずその癖はそのままかい。


「そもそも、愚王ぐおうはミルフィを連れて、数年前ここを去った。あれ、何でなのか知ってるのかしら?」 


「うんにゃ……知らないね」


 エルリエは、カップを置くと腕を組んだ。

 肩をすくめる。


「よくそれでリベルツィオーネ革命軍にいたわね。愚王の言うことを信じていたの? ユマは相変わらずね」


「あたいはもうフィーニックスだよ、ユマじゃない」


「いいじゃない別に、私にとってはユマだもの。それこそ、自らあの男の実験台になったんでしょ? 賢者の騎士に殺されたくなかったから、ちがう?」


「相変わらず洞察力が鋭いね~あんたの言う通りだよ。やっぱりここに来て正解かい、な~んか懐かしいよ。昔の記憶が蘇ってくるみたいでさ。ま、ほとんど忘れちまったけどねぇ」


「そこらへんはよく知らないけど、転移者を殺して〝コア〟を取り出してたんでしょ? ほんと、恐ろしいわ~」


 ……その表情、ほんとに恐ろしいと思ってんのかい。

 まぁ、キーを引き当てたってことは良かったのかねぇ。

 あたいはただの死体生産マシーンだったのかと思うと、泣けてくる。 


「それよか、エンペラーがここを去った理由はなんだったんだい?」


「あなたの心臓部分に埋め込まれている、その結晶を試すためよ。民にはひどく嫌われていたし、あとはさっきの話が理由よ」


 気持がイラっとくる手前、ムスっとした。

 知ってんのなら、教えてくれればいいのにさ。

 あたいを黒焦げにしたって、美味しくないってのに。 


「なんで、その話を今まで言わなかったんだい?」


「うふふ、それを聞いちゃう? 駄目よ~、いい女にはね、誰にも言いたくない秘密ってのが山ほどあるのよ~」


 そう言ってカップを口につけた。

 やっぱり昔っから変わってないねぇ、この王女。

 そのレモンティーがそんなに快感なのかい?

 あたいには不思議でたまらないよ。


───背筋がピリリっとこそばゆい。

 

 来たね、賢者の騎士。

 いきなり剣をぶっ刺してこないだろうねぇ。

 薄暗い空から降りて来た白いウマ。

 その背に乗っているティアナと、その後ろには門十郎。


 なんだい門十郎のやつ、ゲッソリしてんね───


 * * *


───俺は、マジで死ぬかと思った。


 行きより十倍は速かったけど、もう味わいたくない気持ちだ。 

 不意に、ブンッと音が鳴った──ティアナ? 


「なぜ……あなたがここにいるのですか?」


「いちゃわるいかい、英雄さんよぉ」


 ズシンときた重圧、一気に空気が重苦しくなった。

 ……ティアナの視線の先に目をむける。

 レンガの屋根、その上には小さな銀色のハト。


「ハト!?」


「よっ!」 


 ……よっ、じゃねぇだろこのハト。

 なんでこんなところにいるんだ?

 もしや最初から、この王女と仲が良かったのか?

 まったく意味ワカラン。


「ティアナ、殺しちゃだめよ~」


「エルリエ様……御意」


 ティアナは構えていた矛を降ろし、馬ごと降下する。

 たたん──と音がなり、俺も馬の背から降りた。


 周囲を見渡しても、いつもの人はいない。

 ……この状況が理解出来ない。

 キイ──と椅子が動き、王女は言った。


「愚兵、雇う条件の3つ目だけど、それを今から実行してもらうわ」


「条件……ユマを救うってやつですか?」


 頭上から声が聞こえた。


「あたいと一緒にあの青い屋根の塔にいくんだよ。そしたらあたいは元の世界に戻れる」


「もとの……世界? お前まさか───」


 屋根の上に視線を向けた。

 

「そうだい、あたいも門十郎と同じ転移者だよ。この世界の秘密がそこにある。あたいはそれを達成するためにリベルツィオーネ革命軍いたんだよ」


「待て……まったく意味がワカラン」


「なんでもいいさ、細かい話は行きながらしよう。あたいもあの場所がどうなってんのか分かんないからね」


 俺は王女のほうを振り向いた。

 キイキイ──と椅子を動かしている。

 この人は、あの塔に何があるか知ってるんじゃねぇのか?

 じゃないと、ここで3つ目の条件だなんて言うわけがない。


「王女陛下、あの塔は───」


「駄目よ、教えてあげな~い。守れないなら首をはねるわ。はやく行きなさい、あまり時間がないの。心配しなくても、行き方はユマが知ってるわ。それか、わたくしを抱きたい?」


 ───俺は絶句した。

 

 騎士団に入るんじゃなかったと心底思った。

 ……ありえんだろこの王女。


 俺は大きなため息を吐いたのち、塔を目指すことにした。

 塔を見上げれば、黒い雲が渦巻いている。 

 やけに風が冷たい、それにしてもだ。


 守護者が消え、もとセージ・ナイトのミルフィが亡くなったというのに、なんでこの王女は平気なんだろうか?

 メイゾウさんだって、あんたの事を最後まで守れと言っていたのに。

 いくら王女でも、あんまりじゃ……ないだろうか?

 

 俺はその言葉を必至に飲み込み、飛んでいくユマを追いかけた。


 ◇ ◇ ◇


 上風が、そっと緑を撫でる。

 花魁のような紅い着物に身を包む、エルリエはカップを手に持った。

 ブロンドのショートヘア──耳はない。

 エルリエは、カラになったカップの底を眺めた。


 ティアナは、王女の顔色をうかがうように言った。


「エルリエ様。エリアⅢで、ミルフィと会いました。彼女のことについて、お聞きしたいことがあります」


「なにかしら?」


「ミルフィは、立派な騎士だったのでしょうか?」


「……そうね」


 エルリエはカップを置くと、椅子から立ち上がる。

 はだけていた着物を正すと、露出していた肌が隠れた。

 ティアナは、姿勢を正し、王女を見つめる。

 王女はティアナへと歩み寄り、眼を見据えた。


───エルリエの眼光は、ミシェルの女王に相応しいものだった。


 ティアナは膝を地につけ、こうべを垂れた。

 女王エルリエは言った。


「賢者の騎士。この度の働き、ご苦労であった。よくぞ革命軍が幹部の一人を討った。その功績は女王たる我に対し、その忠義を持って示すことを求める。理解しておるな?」


「はっ、御意でございます!」


「ならば問う。我が行動、その采配が愚行だと理解したうえでも、我と心中を共にすることを選ぶか? それが例え、民の命を亡き者とし、数多もの罪なき命を奪うことであたっとしても、我の名であれば付き従う事を辞めぬか? どうなのだ?」


「陛下のご名とあらば、どのような殺戮さつりくでさえ、喜んで心中を共にすることを誓います。セージ・ナイト賢者の騎士の誇りにかけて」


「この愚か者めが! 立て、立たぬか!」


「も、申し訳ございませ───」


「良い、そのまま聞けぃ! これは命令であるぞ!」


 女王の力声に、ティアナは困惑した。


「その信念はソナタのものではない。それはミルフィ・ローレインの志であろう。良いか、我が求める賢者の騎士セージ・ナイトとは、愚行に染まる王がいれば、それを斬り捨てるほどの覚悟を有する必要がある。

 なぜか、いかなる王とて無差別に命を奪うことはあってならぬ! それはもはや王たる素質すらないわ!!

 良いか、この先、もし我が愚行に手を染めようあらば、迷わず我が首をはねよ。それはローレインとしてではない、ティアナ個人の判断、その〝心〟である。良いか!!」


 ティアナは、言葉に詰まった──御意と、言えなかった。

 それはかつての師、尊敬していたミルフィ・ローレインの志に反するものである。

 なんて言えばいいのか、ティアナにはわからなかった。


 王女は──エルリエは、優しく微笑んだ。

 先ほどまでとは違う、紅い着物が似合う魅惑な視線に戻った。


───ティアナは、涙ぐんだ。


 これ以上はもう出まいと思っていた涙が、溢れた。

 悲しさではない、嬉しさの涙が両頬をつたう。

 

「辛かったわよね、痛いくらいにわかるわ。だって、わたくしはティアナのことを良く知っているもの。ミルフィが王と共にこの城を去った、あの時のアナタの顔……忘れるわけがないじゃない。大好きだったんでしょ?

 でもね、いい女ってのは、なんでも殿方の言う事を聞くことじゃないの。それはいい女っていうより、都合の良い女よ。

 ミシェルは嫌だと分かっていても、あの愚王についていくことを決意した。志を貫いてね。

 わたくしにとって信念がどうとか、結構どうでも良かったりするのよ」


「ありがとう……ございます」


「言っとくけど、何が愚行かだなんて、それは人それぞれだから。そうね、門十郎に聞くのがいいんじゃないかしら? 彼、スーパーヒーローになりたいんですって。うふふ、素敵でしょ?」


 エルリエは再び椅子に座ると、塔を見つめた。

 長い螺旋階段を登る、2人の姿を見守るように。

 


 

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