第143話 いざ、グラークへ


 あれから数日が経ち、レイヒム商会に頼んでいた顔繫ぎが終ったとの知らせを受けた。


 レイヒム商会の者がハーケンにも手を伸ばしたいが、戦時の為繋がりが作れないので協力してくれないか、との相談を行ったところ、新薬販売の契約を結んでくれるならば引き受けるとの事だった。


 同盟入りが内定している国以外との取引は禁止していたのだが、その要望は予測が付いていたので構わないと言ってある。

 もう市販されているのだ。大量にという訳じゃなければどこからでも手に入るし、主要国との同盟はもう成っているのでそこで渋る理由はあまりない。

 なので横暴な取引じゃなければ構わないとした。

 

 そうして僕らはムルグの大商会に伝手を作れたので、そこを頼りにハーケンの上層部との接触を試みることとなった。


「よし、今回はヘーゲル、お前に任せたい。頼めるか?」

「ええっ!? ええと……行けと申されるのであれば勿論行きますが、何をしてくればいいのか……」


 と、困惑を見せたので軽く説明を行うがそれでも不安そうだ。


「あぁ、そうか。皆武官だからそういった方面は門外漢だよな。

 グランデから諜報部隊も連れてくればよかったか……」

「では人員を手配するよう知らせを送りましょう」


 そうルンが言うが僕はそれに待ったをかけた。


「いや、それだと時が掛かりすぎる。一月近くは持っていかれるだろう。

 それほど時間が取られると話が通らなかった場合、後手に回る確率が上がってしまう。元々可能性が高いわけでもないしね……

 となると、うーん、やっぱり一番効率的なのは僕が直接行くことだけど」


 そう口にすれば彼らから「いけません!」とダメ出しが入った。


 確かに場を作らせてから僕が赴くのが常。

 少しでも危険を排除するという意味合いもあるし、成功しなければ無駄足にもなる。


 だがハーケンの反抗勢力とは言え、相手側から見てもこちらは敵。

 僕が直接行って顔を突き合わせねば、話半分程度にも聞いて貰えないだろうから結局は行く必要がある。


「であれば私が行って参ります。流石に相手に話を聞く姿勢があるのかくらいは確認せねば賛成できかねます」


 と、ルンが声を上げ「あぁ~、ルンさんが指揮してくれるならば私もお供します」とヘーゲルも彼女が一緒に来てくれるならばと言葉を改めた。


「ふむ。二人がそう言ってくれるならお願いしようかな。

 グラークの方面にも少し手を伸ばしておきたいところでもあるし。

 ただ、無理はしないでね。

 結局のところこの策謀はできたらいいな、の一つでしかないのだから」 


 仮に場を作れなくとも気にすることはない、と二人に告げつつも反王勢力との繋ぎづくりをお願いした。


 そうして話を着ければ「リヒト様、グラークの方面というのは……」と、リーエルが首を傾げる。


「うん。先日、うちに打診があっただろう?」


 と、グラークから手紙が来ていた話を挙げる。


 そう。

 先日は来訪をお断りしてしまったが、今であればという内容だった。

 恐らくは帝国が圧勝したという報を聞き急いで出したものだと思われる。

 帝国とも繋ぎを作っておかねばまずい、と。

 ただ、バツが悪かったのか城にじゃなくグランデの方へと直接の手紙。

 二週間後に予定しているパーティへの招待状付きである。


 当然、内容を含め城への報告は済ませてある。

 陛下にも必要ならば顔を出しに行っても構わないと言われているので何の気兼ねも無く向かえる。


「あっ、ハーケンとの繋がりがあるからこそ見合わせると一度断ったのですものね。そちらに耳を傾けるというお話ですか?」

「うん。そこもあるね。それと未開地の方へとハーケンの人間が行っていないかを確認できたらいいな、ってさ」


 帝国とルドレールを通れないと仮定すればグラークを通らなければハーケンから英雄の墓に向かう事は不可能なのだ。

 もしそういったことがあり日時までわかれば作戦決行までどれだけの時があるかも計れる。

 他国を通ったともなればほぼ間違いなく民間人を装った少数の軍だろうから、グランデ軍のみで潰しに行く事も可能だろう。


 それに元々帝国はグラークとは繋がりが薄いので友好を温める事にも意義がある。

 そうした思惑を持ちルドレールのお城にて、グラーク城へ招待を受けさせてもらう旨を綴った文を送った。

 

 その日時までの間、ルドレールでも顔繫ぎを願う者たちが多かったそうで、フランツ殿に願われてこちらでもパーティーに出席したりしつつ過ごした。

 やはり相当恐れられているようで、苦笑してしまう程に丁重な扱いを受けた。

 まるで宗主国の王を相手にするかのようだった。

 フランツ殿も当然と言った面持ちで何故かホクホクした顔をしていたし……


 別にダメという事はないが、陛下がいらっしゃる時もこうだと少々困るな。

 大丈夫だよね?


 そんな事をリーエルとこそこそと話しつつパーティーを終え、グラークへと向かうこととなった。


「そういえばわたくしあちらの事をほとんど知りません。

 どんな所なのでしょう……」


 まあ付き合いも無かった所だし急遽決まったからね。


「とても武を重んじている国だそうだよ。

 ただ強いだけで身分がかなり上の方にまでいけてしまうそうだから正直ちょっと不安もあるんだよねぇ」


 最上位貴族と肩を並べるほどだと聞くので本当に大丈夫なのだろうか、という思いもある。


「あら……では粗暴な国なのですか?」

「いや、政策やら外交を見るにそれほどおかしさは感じていないよ。

 変なのは外に出さないだけかもしれないけれど……」


 そう。他国に迷惑を掛けている様子はないし、民も大切にしている様に伺えるので少なくとも根幹からおかしいという事はないと思う。

 ただ強いだけでどこまでも上に立ててしまうのでは、中にはおかしな奴も居そうだという話。


「しかし、武をそれほど重んじているのであれば、やはりうちやフレシュリアの様に厳しい未開地を抱えているのでしょうか?」

「うん。英雄の墓ほどじゃないけど、山脈から流れてくる魔物が結構強いらしいね」


 とても切り立った山脈で登る事は現実的じゃないらしい。

 その先も未だ前人未踏の領域。

 そんな山脈だそうだ。


「あっ、そうなりますとそちらが異種族の住む地に繋がっている可能性もありますね?」

「ああ、うん。そうとも考えられるね。

 まあ、もし越えられたならばだけど。

 どちらにしても方向的に英雄の墓の先と繋がってそうだけどね」


 そうして地図を広げ、グラークの事を二人で勉強していれば、あっという間に国境まで辿り着いた。

 関所にて入国手続きを行い、数日の道程を経てようやくグラークの王都に入り、そのまま僕らはお城を目指した。


 どの道中に見えた街並みは少々発展が遅れている様に見えた。

 まあルドレールが進んでいるからかもしれないが、発展が長らく止まってしまっていると言われてた帝国と比べても質素に見える。

 技術国と言われるマテイと比べてしまうと結構際立つほどだ。


「うーん、これは予想外だな。もっと発展しているものかと」


 まあ別に発展しているかどうかなど、どちらでもいいと言えばいいのだが、国の規模は割と大きい所なので意外だった。


「けど、活気はあるようですね。良き町の様に見えます」


 と、リーエルがニコニコと微笑む。


「そうだね。うん。そこが一番重要だね」


 うん。人々が笑って平和に暮らせているのであればそれが一番だ。

 発展を目指すのだって幸福を得る為だし。

 いくら発展していても住んでいる人たちが荒んでいては幸福な生活は送れないので意味がない。


 そうして城が見えてくる頃、突如民衆の歓声が上がった。

 なんだろう、と窓の外を覗き、視線を向けてみれば凱旋しているところなのか騎士団の行列があった。


「あら、凄い人気ですね」

「そうだね」


 ふむ。これほどに人気があるのであれば、強者にも人格者が多いのかな?


 と、安堵を覚えつつもお城の正門へと向かった。


 そのまま門番の兵に招待状を見せれば、焦った面持ちで案内人を呼びますので、と言われ暫し待つことに。


 うーん、呼ばれて来たのだけど、あまり歓迎されていないのかな……


 普通なら僕らの入国と同時に知らせが走り、到着を待ち出迎えるくらいはすると思うんだけど。


 そんな事を考えていれば、後ろから先ほどの騎士団がぞろぞろと列をなして歩いてきた。


 ええ、正門から入るの?

 ああ、民衆も声を上げていたくらいだし式典とかのパレードかな?


 だとすると少々よろしくない。

 僕らの馬車が妨げになってしまう。

 とはいえ、国賓として来ている僕らが邪魔だからと端に避けるのも違う。

 どう考えても立場上で見れば避けて通るのは騎士団の方だからだ。

 帝国の面子的にもよろしくない。

 

 ちょっと?

 このくらいの調整はちゃんとしておいてよ。


 そう思っていると、騎士団の方から声が上がった。


「何者だ!! 我ら赤竜騎士団の行く手を阻むとは、何たる無礼な!!」


 その声に僕はリーエルと視線を合わせて苦く笑う。

 なんて面倒な状況だ、と。


 まあ、そのまま無視している訳にもいかないと、カレンに説明に走って貰ったのだが、何やら拗れている様子。


「何だと!? 帝国だから何だと言うのだ! 何故退かん!

 このお方を何方と心得る!!」


 と、何故かカレンへと怒鳴る声が聴こえてくる。


 ああ、これは僕も出て行った方が良さそうだな……


 そう思って立ち上がればリーエルも腰を上げた。


「何か、思っていたのと違いましたね……」

「ああ、うん。ダメな方の予想が当たっちゃってたね」


 そんな話をしながら馬車を降り、カレンの元へと向かう。


 こちらに振り向き「申し訳ございません」と頭を下げるカレンに「悪いのはこちらではないよ」と手で制し「私の従者が何か粗相を?」と、下手に出る必要もないので面倒だという面持ちを前面に出した冷めた視線を向け問いかける。


「貴様か! 帝国ではどうだか知らんが、ここはグラークだ!

 郷に入っては郷に従え! 我らの道を塞ぐんじゃない!!」


 その声に、カレンに「私の名は知らせたのだよね?」と確認を取る。


「はい。正確にお伝えしました」と彼女の声を聞き騎士の方へと向きなおる。


「ふむ。グラークは客を呼んだ上に待たせて、端に退いていろと言うほど粗暴な国なのか?

 びっくりだ。他の国は間違ってもそんな事しないんだがな」


「おい、貴様……我ら赤竜騎士団を舐めているのか?」と、彼は剣に手を掛けて凄んだ様を見せる。


「へぇ、面白いね。そのキミの振る舞いで帝国と戦争になってもおかしくないのだけど、理解してやっているのかい?」


 と、僕も念の為に強化魔法の起動準備をしつつも睨み返せば、騎士たちをかき分けて女騎士がこちらに歩いてきた。


「これは何の騒ぎだ。もう城に入るだけだろう。何故止まっている」

「だ、団長! こいつらが我らの道を阻むのです! 切り捨てても構いませんか?」

「何故だ。何故切り捨てるなんてことになる。

 通る道くらいは空いているだろう……」

「な、何故我らが端を通らねばならんのです!

 ロゼ様にそんな事はさせられません!!」


 はっ……

 こいつ団長ですらなかったの?

 ぶっ叩いていいかな。


 いや、そんな事をしたら義兄上に大笑いされるな……

 エメリアーナ以下とか言われたら立ち直れないからやめておこう。


「貴方が団長のようなので従者から伝えたがもう一度名乗っておこう。

 私は招待を受けてアステラータ帝国よりやってきたグランデ公爵家当主リヒト・グランデと言う。

 名を背負っている以上、これほど虚仮にされて折れるという選択肢は無いのだが、彼の言はキミらの総意ではないという事でいいのかな?」


 これで彼女が彼を窘めれば一応は穏便に終わる筈、と思っていたのだが「ほう……」と何やら彼女の方もこちらに挑戦的な視線を向けた。


 あれ、なんかやる気になっている風にみえるんだが……

 どうなってるんだよ、この国。

 もしかしてこんな国だから付き合いがなかったのか?


「貴殿が竜を単独で滅したという者か。

 確か、リヒト・グランデなる者は公子だと聞いていたのだが?」

「ああ、それが私で間違いはないよ。公爵位は先日受け継いだばかりだ」

「ふむ。先ほど折れぬと申していたが、此方も引かねば貴殿と立ち合えるという事でいいのだよな?」


 あれぇ……こいつもダメな奴だった。

 個人的にはやってしまいたいのだけど、流石に叩き潰すのは少々問題がある。


 仕方ない。

 面倒だが少し話を大きくさせてもらおうか。


「もし本気で言っているのであれば、王に許可を取ってから来い。

 流石に不躾が過ぎるぞ」


 と、僕は魔力を放出して見せたのだが、何故か隣からも魔力が渦巻いていた。


 えっ……


 と、驚き視線を向ければリーエルもとてもご立腹な顔を見せている。


 彼女の青筋立ったスマイルは久々に見たな。

 アスカ王女の時以来かな……


 そんな事を思っているとリーエルが声を上げた。


「民を守る騎士が戦争を誘発する真似をするなど、許される事では御座いませんことよ……

 貴方、本気で申しておりますの?」


 そう言って魔力を吹き出したまま前に出るリーエル。


「ほう。魔力は異常に多いようだが、力のほどはどうかな?」と、彼女は剣を抜いてリーエルに切り掛かる。


 それを見た瞬間、僕は即座に飛び出した。


 ドォーーーーンと、石畳を粉砕しながら全力で飛び出し、みぞおちに掌底を喰らわすと希少金属で作られたであろうアーマーがひしゃげ、彼女は凄い勢いで吹き飛び後ろの騎士たちにぶつかり十数名がその場に転がった。


「これはもう許容範囲外だな。正式に抗議をさせて貰う」


 と、言いながら彼女の方に歩いていけば、口から血を流して意識を失っていた。

 恐らくは肋骨が肺を突き破りでもしたのだろう。


 しかし、かなり加減したんだが……

 何だよ。この程度なのか。

 はぁぁ……


 と、僕は深いため息を吐きつつも回復魔法にて治療した。

 せめて本人の口からの証言はさせねば、と。


 だが、治療しても意識は戻らない様子。

 呼吸している様は見受けられるので死んではいないようだが……

 よかった、最初から本気でやらなくて。

 多分拳を握って振り抜いていただけで殺していただろうな……


 しかしどうしようかね。この状況。


 と、口を開いたまま固まって動かない騎士団たちを傍目にリーエルに相談を行う。


「……案内人が来てくださるまで待つしかありませんよね。

 一刻も早くこの場を離れたい気持ちは一緒ですが」


 うん。この場というかこのアホ共からね……


 そうして、こそこそと言葉を交わしているとバタバタを城の中から人が走ってきた。

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