第125話 ハイネル伯、思い知る
~~ ルシータ・ハインフィード、一人称 ~~
お爺様の声に無様に声を上げてしまった私は俯きながらも必死に考えていた。
で、でもブレイブ様の意向が……
あれ、でもでも婚約の打診はしてくれるって……
えっ、じゃあ私、ブレイブ様のお嫁さんになれるの!?
ど、どうしたら……
私はこれから何を頑張ったらいいの?
「そういう話になったならこれを機にルシータにはこのまま復学して貰おうか。
その為の挨拶回りでもあったしね」
と、あれやこれやと放心した私が関知しないところで話が進んでいき、気が付けば夜会が終るどころか王都のハインフィード家のお屋敷に居て、何故か私はこのまま学院に通う事になっていた。
えっ、代官のお仕事は?
トルレーはいいの?
そんな疑問に埋め尽くされるが、夜遅くに帰ってきたお義兄さまは『ゲン爺たちが居るんだから一切気にする必要はないよ』と言った。
『僕たちもハインフィードを家の者に任せ学院に通っていたのだから普通のことだよ』と。
けど、いきなり仕事を取り上げられましても……
一人になってみれば落ち着かない気持ちに苛まれ、仕方ないと渡された教科書を開いた。
あれ……
そういえば、お義姉様たちってほぼほぼオール満点とってたのよね。
エメリアーナお義姉様だって武芸を極めていながら中間点以上は取るほど優秀だし。
あれれ……
これ、私の点数低かったら逆に目に留まり囁かれてしまうんじゃ……
そうして一気に精神的に追い込まれた私は、お義兄さまたちが式典に出ている間、必死に勉強に明け暮れた。
そんな面持ちで猛勉強の日々に追われたお陰で何とか平静を取り戻すことができた。
~~ ハイネル伯、一人称 ~~
ルシータ嬢が席に戻った後、家族に茶化されながらも私は一人思考に耽った。
これはチャンスだ。
どうなるにしても尻込みだけはしてはならない、と私の心が告げている。
ルシータ嬢は公私のどちらから見ても私には勿体無いくらいの女性。
まだ年若い女性の身でありながら誰もが大変だとわかるトルレーの取り仕切りを行い、一族の先頭に立ち単独で他家のテーブルまで回れる度胸もあるのだ。
何より、彼女は責任感が強くとても義に厚い人。
ルドレールまでご一緒してそれを強く感じた。
立派な騎士を目指す私にとってそれはとても尊敬に値すること。
その彼女が友好を持ちたい家のご息女で婚約の打診をしてもいいとまで言ってくれたのだ。
ここで私が気張らねば男が廃る……
と、私は不躾だと知りながらも、逸早くリヒト殿と話ができる機会を作ろうと勝手に夜会が終わるのを待った。
あの人の群がり具合から見て、皆が彼女と近しい関係になりたいのは明らか。
他からの打診が来てしまう前に話をしておきたい。
此度の夜会の中枢に居るリヒト殿は上層部と話もせずに帰ったりはしないだろうからまだ城に居るはずだ、と話を聞いて回った。
幸い、予想は当たりお帰りにはなっていないとの事。
早速うちの使用人から護衛の方に話を通してもらえば直ぐに会う時間を作ってくれた。
「この度は事前のお約束も無くお時間を作って頂いてしまい申し訳ございません」
「いや、僕からも丁度よくハイネル伯に話があったんだ。気にしないでくれ」
そう言われ席に案内されたものの、いつも優しい空気を放っている辺境伯すらも真剣な表情。
これは今、私事の話をするべきではないのでは、と身を正し頷いた。
「ハイネル伯、突然で悪いがルシータの事をどう思っているかを聞かせて貰ってもいいかな?」
「えっ……」と、まさかそんな言葉が出てくるとは思っておらず困惑の声を上げてしまった。
しかし黙っている訳にもいかないと急いで言葉を返す。
「は、はい……と、とても素敵な女性だと! 尊敬できる方だと思っております!」
「ふむ……異性としては?」
「そ、その……とても愛らしい方、ですよね……」
羞恥を感じながらもそう言った瞬間、辺境伯がニマっと笑った。
ああ、言えないと言っていたからそれは無いかなと思っていたのだが、ルシータ嬢が話を事前に話を通してくれていたのかと気が付き、安堵の息を吐く。
「そうだね。僕らから見てもとても可愛い妹だ。
しかしキミになら任せてもいいんじゃないかと思っている」
「で、では! 婚約の話をお受けしてくださると!?」
気が逸り、つい腰が浮いたが手で制された。
「家同士の繋がりはそれだけで決める訳にはいかない。そうだろう?」
「は、はい。それは勿論……」
「キミ、名実ともにこちら側に来る気はないか?」
「と、言いますと……」と話の意図が読めず、問い返す。
「ああ、僕がグランデに戻る事になった話は知ってるよね。
それは皇家を支える柱となったことを意味する。
その一柱にキミもなって貰いたいという話さ」
――――っ!?
こ、これはグランデ公爵家、派閥入りの打診!
そ、そんなの、派閥が解体され信用が落ち込んだうちにとっては渡りに船じゃないか!
「よ、よろしいのですか?
その、どちらも大変喜ばしいお話で条件とは感じられないのですが……」
「ああ、うん。実は他にもあるんだ。ただね、まだ未確定な事ばかり。
家の指針にも関わる。キミが先ずこの話に頷けないのであればその先が話しづらくてね」
なるほど。
しかしこう仰ったのだからここで頷けばもう引き返せないという事。
と、試案を巡らせてみたのだが、この方は常に身内を大切に扱っている。だから身内に入れて頂けるという話に試案を巡らせるなど無意味だ、と顔を上げた。
「元より、国を支える騎士となるのは私の夢でもあります。
そのお話、有難くお受けさせて頂きたく」
「そうか。そう言ってくれて嬉しいよ。僕もルシータを泣かせたくはないからね」
「っ!? そ、それは、彼女も望んで下さっていると考えても!?」
確かに彼女はそう言ってくれていたが、母がごり押していた最中のこと。
無理やり言わせてしまったのではないだろうか、と気を揉んでいたところでもあった。
その所為でつい前のめりになってしまうと辺境伯から笑い声が返る。
「うふふ、とっても素敵な方、ですって」
「ただ、ルシータは真面目だからなぁ。
トルレーのことや一族のことを自分一人で全て背負わねばと思ってしまっているのだよ。
別に他の者に任せ支え合う形にしても全然いいのにね。手を繋げる家となら、だけど」
凄いな……
リヒト殿クラスになるといくらでも後から制御できるからそう考えることができるのか。
普通ならば裏切りや不義理を行われる可能性を鑑み、家の外をそこまで当てにはできないものだが……
所詮は己の手の内のこと、ともなれば確かにその考えもわかる。
しかし、一族のことともなると無理に交代させては親族の者たちとの摩擦が……
いや、まだ代替わりすらしていないトルレーではそれほど大きな問題とはならないのか?
彼女の一族はいったいどうするのだろうか。
「という事はこちらでロドロアの方々の面倒を見る、という形に?」
「いやいや、流石に義妹の夫となることになったキミでも彼らは譲れないなぁ。
文官の方面では僕の所の主力だよ?
ルシータが嫁ぐのなら同勢力としてしっかりと手はお繋いでもらいたいけどね」
えっ……
あっ、そうか!
相手はあのロドロア候だった。
思い違いもいいところだ。私が面倒を見るなどというのは。
しかし、そこではないとなると、話というのは……
と、視線を投げれば彼は今話すと言わんばかりに頷く。
「一応まだ種を撒いただけなんだけどね。
ロドロアをゲン爺の元に返せないかな、と考えているんだ」
「えっ!? そ、それはリヒト殿といえど流石に不可能では!?」
そう。ロドロア候は公的には謀反を起こした大罪人。
現に国を挙げての戦争にまでなってしまっている。
事実を明かした所でご子息の所業では何の弁解にもならない。
「うん。勿論、このままではまだ無理だね。けど彼は今僕らの臣下という立ち位置だ。
そしてロドロアからは再び領主様にと願う嘆願書が沢山来ているほど慕われている。
最前線であったトルレーもキッチリまとめ上げ、ルドレールの情報を流し続けてくれていた。
その上でゲン爺は今回、陣頭指揮を行いルドレールの奇襲から国を救っているとも言える。
潔白な者であればもう既に陛下から新たに爵位と領地を授けられても何ら問題はないレベルの功にはなっているんだ。不可能という程ではなくなってきていると思うよ。
それにさ、キミも国を想うなら思わないかい?
あれだけちゃんとしている人たちがこのままでは勿体無い、と。
立場を戻してあげればルシータみたいな人材がどんどん育つんだよ?」
……そうか。
彼女が義に厚いのはロドロア候譲りなのか。
他の者たちもリヒト殿が手放したくない、と言うほどの人材。
確かにそれは勿体無い。国の大きな損失だ。
私ならこれほど大きなことだと流石に不可能だ、と諦めてしまうだろうがこの御人ならば……
「そう、ですね……では、私は何をしたら?」
「うん。もし今後そんな話が出た時はゲン爺を拍手で迎えてくれたら嬉しいな」
「はい? そ、それだけでよろしいので?」
「はは、それだけ、か。名だたる上位貴族の面々が拍手で迎えたらどうなると思う?
キミもこれからは家を背負っていくのだから、その力を甘く見ない方がいいよ。
それこそが派閥に入っていることの証明とも言えるほど大きなことだからね」
――――っ!?
そ、そうか。これは私だけの話ではないのか。
リヒト殿が方々にお声を掛けすれば発表後に拍手する程度は頼み事は通る。
上位貴族の当主たちが拍手をしたならば少なくとも貴族間では滅多なことは言えなくなる。
なるほど。
そのお願いが通るレベルの信用は戦争の功にて十分に回復した、ということなのか……
後は陛下へ話を通せるほどの功があれば、確かに不可能だとは思えないな。
いや、功もリヒト殿にはもう十分過ぎるほどにあるが、そこでご自身の功績を使ってしまわれるのか?
返すと言うのだから家を分ける形になると思うのだが。
リヒト殿にとってはそれほどまでにロドロア家が大切なのだろうか……
「ふふ、色々考え込まれてしまっている様ですが、リヒト様のお考えは以前に仰っていた通りですわよ。
帝国の平和の為、どうしても生まれてしまう反抗勢力を我らが纏まることで黙らせたいの。
身内同士で仲良く手を取り合うだけで強い抑止になると考えたら、一番楽な話でしょう?」
確かにリヒト殿はそう仰っていた。
では本当にその為に己の功績を使ってしまうおつもりなのだな。
お国の平和の為に……
ああ、私はリヒト殿と比べると随分と小さいな。
お国の為と戦うと言っておきながら褒美だ利益だと……
この御人は本物だ。
「か、感服致しました」
「はは、やめてくれよ。僕は僕の為にやっているんだ。
僕の大切な者たちは真っ直ぐで優しい人たちばかりだからね。
リーエルを筆頭にそんな彼ら彼女らが笑っていられる場が欲しいだけだよ」
「……感服致しました」
「えっ……より深みがある言い方に変わってない?」
「うふふ」
と、リヒト殿の器の大きさに圧倒されながらも大切にすることを誓えば念願のルシータ嬢との婚約は成り会談は終了した。
そのまま私はハイネル家の屋敷に戻り、家の者たちに報告を入れれば諸手を挙げての歓迎を受けた。
「ああ、苦難の道を行く筈だった当家もこれで安泰でございますね……
グランデ公爵家の派閥入り。
それも今やお国の英雄であるハインフィード家ご息女とのご婚約。
奥様からもご令嬢は大変良きお方だと。本当に宜しゅうございました」
と、侍従長が涙を流す。
「へぇぇ、兄上は意外と手が早いんだなぁ。上手くやりましたね。
あの可愛らしい方が義姉上かぁ……いいなぁ」
はぁ、こいつがもうちょっと勤勉なら家を任せて私が外に出るという選択肢もあったのだが。
まあ心根が悪くないのは救いだが……流石に失礼すぎるだろう。
「馬鹿者。上手くやったなどという言い方をするな! リヒト様に失礼だろう。全く!
私はあの御方と話して器の違いを思い知らされたよ。
元々凄い方だと思っていたのに、まだ更に上だったとは……
色々条件を付けられたが、全てがうちへの配慮としか思えない様なことばかりでな」
そう。本来ならば格下であるこちらが何かしら差し出す形となるものだが、派閥に入る事もその証明になるような振る舞いもどちらも互いの利になっている。
もしかしたらロドロア家の嫡子すらもうちから出すことになるかもしれないと言う。
そこら辺は全てが未確定だと仰っていたが、ロドロア元侯爵もルシータ嬢との子なら喜ぶだろうと仰っていたくらいだったから本気だろう。
どちらにしてもそれがあろうとなかろうともう既に頭が上がらないレベルの条件だ。
「あら、戦場でのご活躍を詳しく知らない私たちでも驚くほどなのに。
とてもご立派な方なのねぇ……」
「ええ。リヒト様をお支えする立場に身を置くことなど本望だ。と素直に思えてしまうくらいには」
「まあ僕らは粛清の時に既に救われているようなものだしねぇ」
と、弟が言う。
確かにそうだ。
父上は明らかにやり過ぎていてもう先が危ういのは目に見えていた。
監禁されるほどに強引にでも止めねばと思わされるほどに。
そしてやはり審判の時が訪れた。
しかし、父上の側近たちも根こそぎ粛清されたが為にある程度綺麗な状態に持っていくのは容易だった。
後ろ暗い事ばかりして文句を言うばかりの者たちが居なくなり、嫡子であった私が正式に継いだことで皆素直に私の意向に従ってくれたのだ。
それだけではない。
気に入らないことがあれば直ぐに怒鳴りつける様な人であった父が居なくなり、屋敷内も明るくなった。
特に顕著なのは母上だろう。
見た目ほど弱い人ではないので気丈に振る舞っていたが、精神的には堪えていたのだろう。
よく笑う様になったしゆっくりと精神が安定していっているのだと思われる。
私としても正直母が突然自分から婚約の打診を口にした時は驚いて言葉が出なかったほどだ。
まあ、粛清に関しては陛下のご意向らしいが、それでも調べた限り早期に動けたのはリヒト様と辺境伯の存在あってこそのこと。
そして、謝罪を申し入れに行った時に下さった『これからを正せばいい。行動で証明して欲しい』というお言葉。
あの言葉は精神的に弱っていた私を勇気づけてくれただけでは終わらなかった。
国の中枢に居るお二方の言葉は、まだお国から完全には切り離されていないのだ、と家の中に周知させられる大きな一助となり、早期に一丸となることができた。
これから一体自分たちはどうなるのだろうか、と不安だった我らにとってあのお言葉はとても大きなものだった。
ルドレールとの戦争で我らハイネル家が十全に力を発揮できたのは間違いなくあのお二方のお陰と言えた。
「まあ、そういう事だ。
これからハイネル家はリヒト様のお力になるよう動くこととなる。皆もそのつもりでな」
「畏まりました。
屋敷内にはしっかりと触れを出し先ずは婚約者様にご無礼の無きよう厳命しておきます」
と、侍従長が安堵の笑みを浮かべ頭を下げると弟も了承を示す。
「まあせめて学院に上がるまではどうせ僕には関係がないだろうけど、了解だよ。
僕の周囲で変な事を言っている奴がいたら兄上にこーっそり教えるね?」
……間違いはないのだが、もう少ししっかりとした受け答えはできないのだろうか。
全く、心配をかける弟だ。
「じゃあ、はりきってルシータさんをお迎えする準備をしなきゃね!
と言っても今は予算的に無理もできないのだけど……」
そう。うちは財を没収されてしまっている。
まあ、その得た方法が犯罪でなのだから当たり前の話だが……
だがそんな落ち目のうちに来てくれるルシータ嬢には気苦労を掛けたくないので既に手は打ってきた。
「母上、まだ婚約が成立したばかりですよ。気が早いです。
それと、また戦場に出るつもりですから恐らく予算の問題はなくなるかと。
私もルシータ嬢のことは手厚く迎えたいと思っておりますので準備は前回の戦争の報奨金が出るまで待って下さい……」
その声に母が目を見張る。
「また戦場に!? どうして。もしかしてそれも条件の一つだったの?」
「いえ、違います。国を守るは騎士の務めというのは言わずともご存じでしょう?
腐っても武家筆頭であるハイネル家の当主が言われるまで出てこないでは何も変わっていないと思われてしまいますので私が決めた事です。
ご安心を。既に陛下の許可も貰ってきてあります」
「そう。もう決定事項なの……無理はしないでね?」
「ええ。素敵な女性との婚約が決まったんです。私はこんな所では死ねません」
そう言いつつ私は決意を新たにした。
ここを乗り切り、多くの死者を出さずに終われるだけでハイネル家は立て直せる。
そうなれば、うちに来てくれるルシータ嬢にも苦労させることが無くなる。
家の者たちの不安も拭ってやれる事だろう。
騎士団の皆には苦労を掛けるが、幸いルドレール戦はどの戦場も勝ち戦だったが為に士気は高い。
リヒト殿の策謀を聞いているお陰で今回は守れればいいだけだという事もわかっている。
ならば、恐れることはない。
と、筆を執りルシータ嬢への気持ちを綴り、それを出しておくように伝えつつも私は出兵の準備に取り掛かった。
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