第124話 初めての挨拶回り
~~ ルシータ・ハインフィード 一人称 ~~
リヒトお義兄様のお言葉により私はマリアンヌお姉様と共に挨拶回りというものを行った。
この場合、爵位が上の方を優先するらしく、サイレス家からの訪問となる。
「おお、リヒト殿にはいつも世話になっている。気楽に掛けてくれ」
と侯爵様からのお言葉を貰い同席させて貰うと、マリアンヌお姉様がリードして話を進めてくれた。
ご子息のディクス様もとても自然なご振る舞いで、色々な話を混ぜながらも情報収集に勤しんでいる様が見受けられる。
ただ、お姉様の方が上手みたいだけど……
「ディクス様はリヒト君と共に学院でご活躍なさったんですってね?」
「いえいえ、私などリヒトさんに助けて頂いてばかりで。
姉さんすら唖然とさせるあの手腕、同じ文官志望として見惚れますね」
「あら、リヒト君が聞いたらきっと喜ぶわ。
ディクス様とは深い交流を持っていきたいみたいだったから」
「それはとても嬉しいですね。私も早く卒業してリヒトさんの後を追いたいのですが……いや、卒業を待っているからダメなのですかね……父上はどう思います?」
と、視線を向けられたサイレス侯爵は「焦る事は無い。お前も十分優秀だ。今は見て学んでおけ」と返しディクス様は難しい顔を見せていたのが印象的だった。
そんなこんなで私は挨拶以外では一言二言しか喋れず終わりの空気が流れ席を立つことに。
「お姉様、すみません。全てお任せしてしまって……」
「あら、何言ってるの。あれでいいのよ。空気が読めたところで問題無く話に入ったのだから。
若い子だとね、空気を読まずに自分語りを始めちゃう子が多くて大変なのよ。
特に殿方がお相手だと我儘が通じるなんて考えてしまう子もいるから……仮に通じてもマイナスな事には変わりないのにね。
その点、貴方はちゃんとやれていたわ」
確かにお姉様は相手から口にした話を掘り下げるか、その話題に沿った事柄しか口にしていない。自ら話題を振ったのは一番最初だけだ。
なるほど。上の身分の相手だとそう振る舞えばいいのかぁ。
まだ少し怖いけど、トルレーに行ってからは色々な人と話す様になって受け答えで詰まるような事は無くなった。
ならやる事さえわかっていればそれほどの不安も無い、とお姉様に付いていく。
そうして次に行ったシェール侯爵家の席はとても平和だった。
流石は外務卿を務めるお方。来客への対応がとても柔らかく自然体。
多彩な話題で楽しませてくれるし朗らかなご夫妻でとても気持ちの良い空間だった。
あれが外交官を長年務める方のスキルなのね……
そう思いつつも次はアスファルド伯爵家にお邪魔する。
ここで初めてお姉様が言葉を詰まらせた。
険悪な訳じゃないんだけど……
アスファルド伯は何故かこちらをとても恐れているご様子でどんな話題を投げても響かないのだ。
私からも幾つか言葉を投げてみたが、やはり変わらずだった。
だが、アスファルド伯はクランプ戦にてお国の為にととても勇敢に戦ったのだとか、という何とか口にした私の一言にだけは良い反応を見せていた。
いえ、安堵の面持ち、でしょうか。
何にせよ、席を立つのが早すぎても大変宜しくないのでその話題が多少場を持たせてくれて、問題はないでしょうと思える程度に歓談を終えることができた。
「正直助かったわ……あそこまで何を言っても返してくれない人は初めてよ。
私の立ち位置を深く知らない人の前では一番使い易いリヒト君の話題に頼ることもできないし」
グランデに居た時もアスファルドとは交流が無かったからね、とマリアンヌお姉様が嘆く。
ぼそぼそと根暗だとは聞いていたけどあそこまでとは、と呟いていた。
「さて! 後はバトア家とハイネル家ね。どちらからがいいかしら。
先日ハインフィード領の屋敷まで来て頂いたし私が赴くならバトアからかな?
でも、先日までリヒト君と共に居たのはハイネル伯なのよね……」
「あっ、でしたらハイネル伯爵家は私が行ってきましょうか。
ブレイブ様とはルドレールでご一緒させて頂いていますので」
「あらぁ~」と流し目で意味深な視線を向けられた。
残念ながらそういう関係ではないんだよね……あれ、私、残念なの?
確かにとても素敵な方ではあるけど……
って、そうじゃない。今はハインフィード家の名を背負っているの。
赴くのはお家同士の友好の為。それ以外は二の次三の次でしょ!
そう意気込めば「じゃあ任せたわね」と、お姉様はバトア家のテーブルへと赴いていった。
じゃあ私はブレイブ様の所へ、と歩を進めれば少しの差でハイネル家へと来客が入ってしまう。お客様の方は知らない方なので横入りする訳にもいかない。
どうしましょう、と立ち呆けていると後ろから声をかけられた。
「何かお困りですかぁ?」と。
「いえ、お気遣いありがとうございます。
あっ、わたくしハインフィード家が三女、ルシータ・ハインフィードと申します」
「あっ、名乗り遅れましたぁ。わたし、モザーツ子爵家のトッテよ。
それで、どうしたの。困りごと?」
「いえ、ハイネル家にご挨拶をしようと思って来たのですが、どうやら他の方と被ってしまった様でして。当家も来客中ですし一時的に戻る訳にもいかず如何したものかと……」
「ふーん。それは大変ね。じゃあちょっとここで話す?」
ええと、立食の会場ではないのだけどいいのかしら?
と、そわそわと周囲を見回していれば何故か人が集まってきてしまった。
何故私なんかの所に、と一瞬考えかけたけど理由は明白だった。
グランデ公爵家と同席しているハインフィード家からの出席だからだ。
マリアンヌお姉様はこういう立ち位置を確保したくてルフォン子爵家から手伝いに来ているのね……
そんな事を考えている間に、次々に名乗られ名乗りを返していると何故かトッテさんはもう居らず矢継ぎ早に掛けられる声に当たり障りの無いように返す事で精一杯となってしまった。
もうとっくにハイネル家の席は空いたというのにそちらに行けない。
どうしましょう。
問いかけの声に言葉を返すと次の話が飛んできちゃう。
矢継ぎ早すぎてこちらが話をするターンが回ってこない……
トルレーでは皆私の言葉を待ってくれてたからこういう時どうしたらいいのかわかんないよぉ……
と、ちらちらとブレイブ様の顔を伺ってしまい「ルシータ嬢、どうされました?」と、とうとうブレイブ様が私の視線に気づいて、ご足労までさせてしまった。
「いえ、その、お義姉様とお義兄様にお世話になったハイネル伯にご挨拶を申し上げてきなさいと申し付けられていまして……その、皆様、歓談の途中で申し訳ございませんが……」
と、ブレイブ様のお陰で自然とお断りを申し上げることができた。
「ああ、そういうことでしたか! 此方こそお引止めをしてしまって……」
と、しっかりと告げてみれば皆様も快くすぐに身を引いてくれた。
ああ、今のは私が悪かったのね。
少し強引にでも話を割って言えばよかったのだわ。
「いいえ。皆様のお心遣い大変嬉しく存じます。では私はこれにて失礼させて頂きますわね」
と笑みを浮かべ、カーテシーにて別れの挨拶をしっかりと交わしてその場を離れた。
ブレイブ様のお陰で漸く抜け出せた……
悪意の無い友好の声ほど振り切るのは大変なのね。
私、一番苦手かも……
でも用事がある時は困るなぁ。
と、思わず素で呟いた言葉をブレイブ様に拾われてしまう。
「ははは、わかりますよ。私も不祥事に見舞われるまではそんな立ち位置でしたから。
今は逆にすっきりしていて不謹慎にもやり易いなんて思ってしまうくらいです」
「まぁ、ブレイブ様でも回避し難いものなのですね」
と、話していれば席に案内されご家族を紹介された。
パッと見た感じ御母君は控えめで大人しそうな方。
弟君は純真そうな瞳の可愛らしい方。
他にもご兄弟は居るそうだが、まだ幼く領地でお留守番をしているのだとか。
そんな話を聞いていけばハイネル家の方々はあまり言葉を飾らず、自然体で話している様に見受けられた。
流石は名家と名高いハイネル家の方々。
失礼にも何故こんな良い御家庭なのに先代ハイネル伯は、という疑問を覚えてしまった。
いえ、うちのお父様もああだったのだし、その方面の良さは関係がないのかもしれない。
きっとリヒトお義兄様の言う自浄作用というものが重要なのね。
教え導く者が……難しそうだけど、これもまた忘れる訳にはいかないことだよね。
人を使う立場の代官にも必要なことだろうし私も頑張らなきゃ、と意気込んでいるとブレイブ様の御母君に声をかけられた。
「ルシータさんはもう結婚のお相手は決まっているのかしら」と。
「いえ、お恥ずかしながらまだ……」
そう返しつつもロドロアの事は有名な話なのだから知っていると思うんだけど、とブレイブ様の御母君の顔を伺うが、その話には触れず話が先に進む。
「ならうちの子はどうかしら。その、この子も婚約を破棄されたばかりでね。
貴方みたいなしっかりした子が支えてくれたら嬉しいわ」
「えっ! ええっ!?」と、予想外な言葉に思わず声を張り上げてしまった。
「で、ですがわたくしはトルレーの代官を任されておりまして!
その、ブレイブ様はとっても素敵ですが、私には一族を支えるお役目もありまして!」
そう……私にそんな自由が許されるのかもわからない。
いえ、許して下さるでしょうけど、リヒトお義兄様の意向から外れる行為となってしまわないか不安で仕方ない。
多少の不都合があろうとも家族を優先してくれるようなとてもお優しい方だから。
そんなリヒトお義兄様だからこそ不都合など押し付けたくはない。
「あら、残念ね……貴方みたいなしっかりした人が来てくれたら嬉しかったのだけど」
あっ……そう、だよね。
お断りの言葉だったのだもの。流れちゃうよね。
「母上……ルシータ嬢、気にしないでくれ。
まだまだ時はあるのだから自分で見つけると言っているのだが……」
「そ、そうですわ! ブレイブ様は素敵ですもの!
すぐにご自身で見つけられてしまいますよね……」
……そう考えると、私、結婚相手なんて見つかるのかなぁ。
お姉様たちは打診してくれるって言っていたけど、お断りされるんじゃ……
話が通ったとしても、ハインフィード家の威光で致し方なく受けるという形なんだろうなぁ。
「ル、ルシータ嬢……?」
「あっ、申し訳ございません!」
な、何で私は辛そうな顔をしてしまっているの!
お断りしておきながら……
「いや、全然構わないよ。
しかしキミが何故そのような顔になったのかは気になってしまうな……
聞いてもいいかな。無理にとは言わないけど」
「いえ、その、私は本来処刑されるべき人間ですから。
この身は救って頂いたお義兄様たちの為に使うべきだと思っておりまして……
ブレイブ様は素敵なお方で、何も無ければ二つ返事でお受けしたいくらいでしたので、その……勝手ながら……」
な、何言っているの私。
受けられないと言っておきながらそれが悲しいなんて言葉を突き付けるなんて身勝手すぎる。
友好の為に来たのに、大失態しちゃった……
「そ、それはリヒト殿の意向から逸れなければ婚約を受けてくれるということでいいのかな?」
「えっ? いえ、その、ええと……そう、ですね。お姉様たちに不都合が起こらないなら。
ですがお優しすぎるので申し出れば不都合があっても良しとされてしまう方々なので……」
その声に、ブレイブ様が「わかった」と頷く。
「その、わかったとは……?」
「リヒト殿には私から打診をしてみよう。
私からの言葉が直接キミに行くのなら不都合は無いという事だろう」
「えっ!? ブ、ブレイブ様は私でよろしいのですか!?」
「いいも何もキミはとても素晴らしい女性だと思っているよ」
はい……?
どこを見て?
「し、失礼ですが、本当に私のこと知ってます?」
「勿論。近しい境遇だしね。勝手に耳に入ってくるんだ。皆噂が好きだから」
「そう、ですか……」と、その後もぽつりぽつりと言葉を交わしたけど、全然頭に入らずぼぉっとしたままにうちのテーブルに戻る事になってしまった。
えぇ、私、どうしたらいいの?
と、何も言えずに席に座ればマリアンヌお姉様がニヤニヤとこちらに邪な笑みを向けていた。
「ふふ、どうだった、ブレイブ様は」
「ど、どうと申されましても……」
言葉を詰まらせてしまい、顔を上げてみればお義姉様たちが少し心配そうにこちらを見ていた。
ああ、ご心配をかけてしまう方がダメだよね。
「と、とても素敵な、方……でした……」と、羞恥で顔が熱くなりながらも何とか言葉を紡げば、聞き慣れた声が返る。
「ルシータ……済まぬが今お前が他家に入るのは……」
「ぞ、存じております! そ、そういうのじゃございませんから!」
うん。わかってる。
私は一族を支える立場になったの。
家から出てハイネルを支えるという訳にはいかない。
そんな時、ずっと黙って様子を伺っていたリヒトお義兄様が声を上げた。
「ふーん、ブレイブ君か。悪くないな……
けど、もしルシータを任せるなら大切にすることを誓って貰い、ちゃんとこちら側に来てもらわないとだなぁ」
えっ、それは一体どういう……
「あの、お義兄様……こちら側に、とは?」
「その前にルシータちゃん、本当にハイネル伯とでいいのね?
リヒト様が動いたら決まってしまうのよ。先に気持ちを聞かせて頂戴」
「いや、リーエル……相手方の意向もあるのだから今回ばかりはわからないよ?」
ああ、まただ。
これでは物凄くご多忙なお義兄様のお時間を無駄に取らせてしまう。
お国を一身に背負っているお方なのに……
「そ、その! 私、お義兄様にもブレイブ様にもご迷惑はお掛けしたくなくて!」
何とかそう返せばリーエルお姉様が優しく私の頬に手を添えた。
「ルシータちゃん……気持ちはわかるわ。
私もリヒト様に最初はずっとご迷惑をおかけして申し訳ないという想いがあったもの。
けど、今なら私にもわかる。
これはね、ルシータちゃんがその気なら当家の力を増すチャンスでもあるの。
安心して。どんな状況下でも利害すら一致させてしまうのがリヒト様だから」
そう言っていつもの清楚さを崩して少し悪く微笑むお姉様は女の私でもドキドキしてしまうくらい綺麗だった。
「えっとね、リーエルさん、ちょっと僕の評価が高すぎると思うんだ。
まあそうなるように動いてはみるけど……っと、動く前にゲン爺にちゃんと聞かなきゃか」
そうしてお義兄様に視線を向けられたお爺様は難しい顔を見せている。
やっぱり駄目なんだ。
そう、だよね……
「むぅぅ、ルシータが望むなら叶えてやりたいが、トルレーはどうするのだ?」
「そこは今後の話し合いと論功行賞次第なのでまだ口にはしないで欲しいのですが、スルトに任せても良いかなと思っています。彼は奇襲を事前に察知するという大金星を挙げましたからね。
まあ苦労を掛けているレイヒムにも労いが必要ですから本当に戦争の褒美次第なんですけど。
どちらにしても僕がグランデの嫡子になり、エメリアーナがハインフィード家の当主となるんです。そちらには何の心配もいりませんよ」
そうお義兄さまに言われたお爺様は目を見開いた後「そ、それもそうか……」と安堵に表情を崩した。
その姿を放心して見ていればお爺様が笑みをこちらに向け言った。
「よし、ルシータよ、リヒト殿お許しが出た! お前の好きにするがよい!」と。
「え、ええぇぇっ!?」と、私は場もわきまえず声を上げてしまい、その後の声が上げられなくなった。
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