街のパン屋さん

西山鷹志

第1話 脱サラしてパン屋

 坂本辰徳(たつのり)は長年勤めていた商社を辞め心機一転パン屋を始める事にした。つまり脱サラいう奴だ。しかもその勤めていた商社、海山物産と言えば日本の商社でも五本の指に入る大手商社だ。そんな一流企業を辞めてまでやる価値があるのか、他人から見たら誰もそう思うだろう。おそらく最低年棒でも八百万から一千五百万あるいはそれ以上の優良企業。下手な商売やるより安定した収入が得られる。それを捨ててまで始めるとは正気のサタではない。

脱サラしてまで? そりゃあ簡単じゃない事は分かる。まずヤル気と意欲と資金。そのあとに知識と技術が付いてくる。妻の反対? いやいや元々妻はパン屋を開くのが夢だった。


 妻の賛成があるからこそ踏み切ったのだ。

 現在二人には子供が居ないので共稼ぎが出来る。開業して一段落してから子供を作ればよいと。辰徳は三十六才、商社マンでキリッとした顔立ち、頭が切れそうな雰囲気の持ち主。妻の理(り)香子(かこ)は三十二才、こちらは元銀行員であり欠点が見当たらないが、人を引きつける魅力があり、なかなかの美形である。しかしそろそろ子供を作っておかないと三十五才過ぎたら厳しくなる。その点では崖っぷちである。もうこの話は一年ほど前に二人で相談していたことだ。勿論ド素人がパン屋を始めるのだから、それなりの知識がないと出来ない。まず先陣を切ったのは妻の理香子だ。早速パン専門学校に通い始めた。


 開業目的で通うのだから学費も半端じゃない。ザっと一年間通うとして百七十万は必要だ。コースによっても多少違うが二年間通ったら軽く三百三十万超える、しかしそれでも入学希望者が多いらしい。それだけパン屋開業は人気が高い。

辰徳は現在の仕事を続けながらパン屋開業のノウハウを学んだ。暇があればパン専門学校でパン作りの基礎を学んだ。資金はなんとかなるが。立地条件は最も重要だ。繫華街に近い場所。また郊外にするか。この二つは共にリスクがある。繫華街だと費用が高い、郊外だと安いが客が来なければ意味がない。よほど評判の良い店なら分かるが素人が始めた新開店となると難しい。次に廃業になった店を買い取る方法、また貸店舗を借りる方法。


 他の方法を考えれば親の土地を借りる。幸いな事に辰徳の実家は街外れだが、三百坪ほどの駐車場を持っていた。勿論、タダとは言わない。駐車場の収入に見合う金を払えばOKしてくれるだろう。妻の実家は不動産屋だ。良い物件を提供して貰えるかも知れない。

「なぁ理香子、何処に店を開こうか」

「そうねぇ、少し資金が掛かるけど繫華街に近い所がいいんじゃない」

「やっぱりそう思うか。今度の休み駅近くの繫華街を歩いてみようか」

「そうね。やはり自分達の目で確かめないとね」

「ねぇ貴方、駅前の商店街あまり行ったことないでしょう」

「そうだな。仕事ばかりで買い物に興味もなかったし」

「私も半年以上前に行ったきり、最近は行くことがないの。ほら郊外に大きなショッピングモールが出来たでしょう。あそこなら何でも揃っているし、殆ど其処で買い物をしていたの、けどそこにもテナントでパン屋さなんが入っているし私達が入り込める余地はなさそうね」


つづく

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