第9話 解説の生徒会

 訓練棟の一階にある巨大な演習場。決闘場としても使われ、多くの観客席に囲われている。


「しょ、勝者! ローズ・ヴァレリア!」


 親善試合の一試合目はローズとマチルダさんの戦いだった。決着は一瞬でついた。


 ローズに一撃で切り伏せられ、マチルダさんが気絶したのだ。


「おっかね」

「だね。霊力が圧倒的だよ」


 新入生はもちろん、観戦にきている上級生も口々にローズを褒めたたえる。流石、竜人族。英雄の妹。未来の英雄など。


 そのたびに、ローズが僕を睨んでくる。……酷い八つ当たりだ。僕が何か言ったわけじゃないのに。


 まぁ、いいや。


「じゃあ、僕は控室に行ってくるよ」

「おう、頑張れよ」


 バーニーに手を振って、僕は観客席から控室へと移動する。


 昨日、ローズに言われた言葉は僕の胸を貫いた。


 ローズに本当にひどいことをしたと自覚した。我が身惜しさに、聖霊騎士を目指す者として、してはならないことをした。


 だから、誠意をもって、戦う。手は抜かないつもりだ。


 二試合目と三試合目が終わり、四試合目。僕の番が来た。


 今回の親善試合では、霊装のみ使用が許されている。それ以外の武器の持ち込みは禁止だ。なので黒刀はここにはない。


 軍服にも似ている学校指定の運動着を着た僕は、事前に貰った襟章をつける。


 そのアルクス聖霊騎士高校の校章が刻まれた襟章は、〝暗殺殺し〟と呼ばれる、霊力を用いた攻撃を受けたときの現象を自身の霊力で代替する特殊な道具だ。


 つまり、これをつけていると霊装などの攻撃によって物理的に傷つくことはなく、代わりにその威力分だけ霊力を強制的に消費させられるのだ。


 霊装がどこにでも持ち込める武器のため、要人は常にこれを身に着けていたりする。


 ともかく、今回の親善試合は先に霊力が尽きて気絶した方が負けなのだ。


 ……気絶しなければ負けではない。


 僕は演習場に立った。


 観客が鼠人族の僕に対して色々と野次を飛ばしているが無視しておく。にしても、上級生からは野次が少ないのが気になるなぁ……


 まぁ、いいや。


 僕は向かい合う対戦相手を見やる。


 ローズと同じクラスの丸耳ヒューマン族の男子生徒だ。観客に微笑むと一部の女子生徒が黄色い悲鳴をあげるほどのイケメンだった。金髪碧眼の爽やか系だ。


「両者、礼」


 審判はヘーレン先生が務める。


「両者、握手」

「ふんっ」

「あ」


 握手は一瞬だった。彼はまるで汚いものを触るかのように僕に握手した。


 ……ちょっと傷つくな。


「これより、一期ホムラとキュアモス・ピソスの試合を始めます。両者、位置につき、霊装を展開してください」


 僕とキュアモスくんは開始線まで下がる。


「高貴に輝け! “ホーリーレイ”!」

「来て、“焔月”」


 キュアモスくんは青白く輝く片手剣、“ホーリーレイ”を展開した。


 僕は青みがかった灰色の刀、“焔月”を展開する。……あと、こっそりと両端に鈴が下がった紅の組紐、“鬼鈴”を展開し、右手首にくくりつける。


「両者、構え!」


 僕は“焔月”を中段で構える。


 対して、キュアモスくんは“ホーリーレイ”を構えることすらしない。僕相手にはそれで十分だと思っているのだろう。


 ヘーレン先生はそんなキュアモスくんに鋭く一瞥したが、何も言わずに片手をあげた。


「聖霊騎士の見習いとして相応しい試合を望みます。では、始め!」


 ヘーレン先生があげた手を振り降ろした瞬間、試合開始の音が響いた。


「ネズミ風情と同じ場所にいる事が既に許しがたい!」


 嫌悪感を露わにしながらキュアモスくんは、強化した身体能力で一瞬で距離をつめ、僕に“ホーリーレイ”を振り降ろした。


 その顔には勝利を確信した笑みが浮かんでいた。


 だから。


「遅いよ」

「なッ!?」


 シャンッと“鬼鈴”の鈴の音と共に、僕は“焔月”で“ホーリーレイ”を逸らした。キュアモスくんはたたらを踏む。


 その事実をすぐに受け入れられなかったのか、キュアモスくんは驚き呆然とした表情を浮かべた。


 けれど、すぐに怒りの表情を浮かべ、“ホーリーレイ”を横なぎに振るう。


「僕を舐めるなぁぁ!!」

「雑だよ」


 一歩ずれる。それだけで、キュアモスくんの攻撃は空を切る。


 駄目だね。霊力に物を言わせ過ぎている。


 特殊能力どころか、丸耳ヒューマン族の固有能力を使っていない所をみると、キュアモスくんは固有霊装すら展開できていない。


 それでも親善試合に出れたということは、霊力が優れているのだろう。膨大な量を持っているのだろう。


 だから、膨大な霊力に物を言わせた身体能力で、これまでどうにかなってきた。


 故に。


「剣が汚いよ」

「はっ?」


 遅く剣筋もぶれぶれな“ホーリーレイ”を“焔月”で両断した。両断できるほどに隙があった。


 そしてそのまま僕はぬるりと踏み込み、“焔月”でキュアモスくんの懐を切り裂いた。


 もちろん、〝暗殺殺し〟の効果をもつ襟章によって、霊装による攻撃で直接傷がつくことはない。


 けど、僕の一閃は鋭いよ。鉄を切るほどの威力があるよ。


「ぐっ」


 キュアモスくんは大量の霊力を消費したらしい。苦しそうに顔を歪める。


 その隙は逃さない。


「シッ」

「あ……」


 迷いなく、“焔月”を振り降ろして斬った。キュアモスくんは気絶した。


「勝者! 一期ホムラ!」


 まずは一勝。



 Φ



「しょ、勝者! 一期ホムラ!」

「おい! 不正だろ!」

「鼠人族が二回も勝つなんてあり得ないだろ!!」

「ズルしてる! アイツを降ろせ!!」


 ホムラは二戦目も勝った。次は準決勝だ。


 新入生たちはその事実が認められないのか、口々に叫ぶ。


 そんな中、生徒会のメンバーが座る観客席で、生徒会長が目を輝かせ、隣に座っているメガネをかけた大人しい雰囲気の少女に抱きついた。


「ねぇ、見た! めっちゃ綺麗だったよ! カオリ!」

「……エマ、ウザい。離れて」


 カオリと呼ばれた鼠人族・・・の少女は、生徒会長、エマ・グラーティアを押しのける。褐色肌の丸耳ヒューマン族の女子生徒が二人に呆れた目を向けた。


「お二人さんは相変わらず仲ええな」

「ゾーイちゃん! 当たりでしょ! 将来を誓い合った仲だもん!」

「……誓い合ってない」

「あう」


 カオリにデコピンされ、エマはうぅ……と涙目になる。夫婦漫才みたいなやり取りに、褐色肌の丸耳ヒューマン族の女子生徒、ゾーイはカラカラと笑う。


 エマが野次が飛び交う観客席を見渡した。


「にしても今年の新入生の子たちは去年より威勢があるね!」

「せやな。カオリはんが準優勝した時よりも盛り上がっとる。逆に、上級生たちはお通夜モードやが」

「カオリが全員ぶっ倒したたからね!」

「……全員じゃない」


 カオリは恥ずかしいと言わんばかりに丸眼鏡をクイッとあげた。


「……それに、彼は私と違う」

「違うって?」

「……私は特別。霊力が竜人族に匹敵するほどある。けど、彼は違う。普通・・の鼠人族」

「そういえば、カオリはんは保有している霊力がなんとなくわかるんやったな」

「……うん。彼は、ギリギリEランクあるくらい」

「は?」


 ゾーイの目が点となる。


 霊力量は、黒瘴獣こくしょうじゅうと同じくFランクからSSランクの八段階でランク付けられている。


 一般人の霊力平均はEランクであり、見習いの聖霊騎士の平均はDランク。聖霊騎士の平均はCランクだ。


 そして霊力の各ランクの間には、十六倍もの開きがある。


「ホンマなんかっ? それ!?」

「……本当。だから、彼は私と違って凄い。純粋な剣技だけの勝負をしたら、私が負ける。たぶん、エマも」

「だね。正直、教師陣の中でも武器の扱いで彼に勝てる人はカーラ先生くらいじゃない?」

「はぁっ!?」


 二人の言葉に、ゾーイは更に驚く。エマ達もだが、アルクス聖霊騎士高校の教師は基本その道のプロフェッショナルが集まっている。現役の聖霊騎士すらも上回る技術を有しているのだ。


 なのに、勝てない。


「ゾーイちゃん。驚く事はないよ。一戦目の残念イケメンくんはともかくとして、二戦目の子は新入生にしては技術もあるし、霊力も高い」

「……Cランクくらい」

「でしょ? 霊力にランク二も開きがあるのに、彼は一撃も喰らわずに勝った。それだけ技術が圧倒的なんだよ!」


 エマは目をキラキラと輝かせる。


「しかも、本気を出してないの! 特殊霊装の異能すら使ってないんだよ!」

「え、双霊使いデュアルキャスターやんかっ!?」

「……固有霊装はあの刀。特殊霊装はあの鈴」

「次の対戦相手はローズさんだったよね! なら、本気出すかなっ! 特殊能力も見たいな!!」


 エマは天真爛漫且つ獰猛に笑ったのだった。まるで、鼠を狙う猫のようだった。


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