第15話 一時の感情

「そうだな、本来ありえない……はずだった」


「ありえないはず……だった?」


 リオンがグリムの言った言葉をこだまする。そこには疑問が含まれていた。


「もしかして、あなたはこことは違うシンデレラの世界に訪れたことがあるのですか?」


「…………」


 彼女の言う通り、以前こことは別のシンデレラの世界に滞在していた経験があった。


「もしよかったらその時のお話を教えていただけませんか?」


 シンデレラはグリムにお願いをする。はじめは黙っていたグリムだが、話を振り始めたのは自分自身の為、ゆっくりと口を開いた。


「シンデレラが舞踏会を終えた後に会場に残したガラスの靴を隠した人間がいた」


「……え?」


「隠したのは舞踏会に参加した明確な役割を持っていない一人の女性だった」


「いったいどうしてそんなことを?」


「その世界の中ではシンデレラがあまりにも秀でて輝いていた。舞踏会の参加者は全くと言っていいほど王子様に見向きもされなかった」


 シンデレラは無言でグリムの話に耳を傾けていた。


「シンデレラに嫉妬したその人間は一時の感情によって舞踏会に残されたガラスの靴を隠したんだ」


「そ、そんな…………」


「その結果、王子様はガラスの靴を見つけることが出来ず、ガラスの靴を失ったその世界は完結せずに全ての住人が燃えてしまった」


「…………」


「誰しも燃えて死ぬことは望んではいない。それでも誰かの一時の感情で世界が滅ぶこともある」。


「でも……そんな事どうすれば防げるのですか?」


 シンデレラは不安そうに聞いてくる。


「あの時の失敗は舞踏会で王子様がシンデレラ以外の相手を蔑ろにしたことだ。舞踏会が始まっても、ほかの女性を見向きもせずにシンデレラが来る時間まで一人玉座で座り続けた」


 ただ、舞踏会を普通に行うだけでよかった。それだけであの世界が燃えることはなかった。


「話がだいぶずれてしまったが、とにかくガラスの靴は大切に……という話だ」


「…………」


 シンデレラは戸棚の方向を不安そうに見つめる。脅かすつもりはなかったが、想像以上にシンデレラにはこの話が応えたようだった。


「この世界の色んな人物に会ったけど、今の所おかしな行為をする人間は見当たらない」


 魔女は少々茶目っ気を見せていたが、見方をかえれば役に入りこむ人間だった。

 王子に至っては物語を完成させる為に不安要素である外からの訪問者に対していち早く対応をするほどだ。


「…………」


 シンデレラの不安を少しでも取り除こうとフォローを試みたが、彼女はまだ怯えるような表情のままだった。


「むしろリオンのおかげで役割を持たない住人でさえ何かしらの役割をもっている。彼女のおかげでこの世界の中にいて過ちを犯すような人はいないと思う」


「お、お姉さまのおかげで?」


「あぁ、あのおせっかいのおかげでな」


 リオンの名前を出すとシンデレラの顔は明るくなった。リオンが町の人達にいろいろと働きかけていることをシンデレラは知っているのか分からなかったが、名前を出しただけで安心したような顔を浮かべた。やはりあの姉の存在は大きいようだった。


 ホッとした表情をしたあと、落ち着きを取り戻したシンデレラはまじまじとグリムの顔を見つけてくる。


「あなたは……辛くないのですか?」


 想定外のシンデレラの言葉にグリムは目を見開く。


「いろんな物語の世界を旅することは楽しいことばかりなのだと思っていました。でもあなたの話を聞くといくつものそういった場面を見たり経験したりする……それはきっとあなたにとって……」


「……姉妹揃って優しいんだな」


 話を遮るようにグリムは口を開く。


「え?」


 彼女は分からないといった表情をする。気遣うような言葉を贈られたのはこの世界に来て2度目だった。


 別のシンデレラの世界で靴を隠した人間然り、今の彼女然り、その人の性格や感情は与えられた役割とは別物である。それゆえに本来役割に関係のない相手を思いやる気持ちを持ったシンデレラの心は綺麗だとグリムは思った。


「今日のダンスレッスンにはガラスの靴を履いていこうかと思っています」


 シンデレラは何かを決心したかのように再び戸棚からガラスの靴を取り出してそう言った。


「お姉さまが言っていました。「本番を意識しなさい」と、確かにその通りだと思います」


 昨日リオンはそのようなことを言っていたとグリムは思い出す。


「私もこの靴を履いたことは殆どありません。本番までに少しでも慣れておかないと」


「なら道の行き来は俺が付き添おう」


「ありがとうございます」


 シンデレラはグリムに頭を下げて感謝の意を示した。


 その後、グリムはガラスの靴を履いたシンデレラに付き添ってダンス講習場へと向かった。



    ◇◇



「あら、あの子の為にここまで付き合ってくれたの?」


 シンデレラを稽古場に連れてきたグリムはダンス場の外で座っていると母親達との付き添いを終えたリオンがやってきた。


「どこかの誰かに頼まれたからな」


「それは大変ね」


 リオンは冗談を言って笑った後、ありがとうと礼を言った。


「お前も大変だな」


「まぁね、あの子の事、心配で放っておけないしね」


 リオンは照れ臭そうに話す。


「いや、俺が言いたいのはお前自身の事だ」


「え?」


 なぜ?といったように彼女は首を傾げた。


「与えられた役割と生まれ持った性格がかみ合わな過ぎている」


 シンデレラと会話をしていて改めて彼女の存在が気になった。


 リオンはシンデレラ同様に優しすぎる。


 これまでいくつかの世界を通してグリムは幾度となく似た境遇の人物を見てきた。彼女のような人物は必ずと言っていいほどに与えられた役割に苦しんでいた。


「何よ、私の事を心配してくれるの?」


「気をつけろ。本格的に物語が始まったら、シンデレラに今のような接し方をしていたらおそらくお前は……燃えてしまう」


「それこそ大きなお世話よ」


 それぐらいの事はわきまえているわ、とリオンは言う。


「あら、お姉さまも来ていたのですね」


 ダンス教室の家の中からシンデレラが出てくる。空をみると夕暮れになっていた。今日のダンスレッスンが終わって出てきたのだろう。


「あら、あなたガラスの靴を履いてきたのね」


「い、いけませんでしたか?」


「いいえ、とっても似合っているわ」


 リオンにそう言われるとシンデレラは嬉しそうに頬を染めて下を向いた。


「それじゃ、うちまで帰りましょうか」


「はい、お姉さま」


 リオンの横に並んでシンデレラは家に帰ろうとする。


「あなたは別についてこなくていいわよ」


「どうするかは俺の自由だろ」


「衛兵にストーカー報告するわよ」


「お、お姉さま……そんなことをしなくても」


「冗談よ」


 リオンはシンデレラを連れて家のほうへと歩いていく。グリムはため息を履きながらも二人を見守るようにその後を少し離れてついていった。

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