第16話 死神

「あら、今日は飲んでるのね」


 酒場で一人座ってグラスに口をつけているとこの場所を紹介してくれた張本人に声をかけられる。


 この場所が宿屋でもある為、魔女の家で一夜を過ごしたあの日以外は全て酒場にいるグリムだったが、今の所ほぼ毎日この場所で彼女と遭遇していた。


「お前……もしかして毎日ここへ飲みに来ているのか?」


「何か問題でもある?……あ、マスターいつものお願い」


 リオンは店主にお酒を注文するとグリムが座っていたカウンター席の隣に座った。

 隣の席に腰を掛けた彼女の髪からは昼間とは異なる清涼的な香りが漂ってくる。

 服装が昼間別れた時とは違う点からも一度家に戻った後着替えてこの場所に来たことが伺えた。


「マスターこっちにもビール追加だ」


「こっちも二つちょうだい」


 カウンターやテーブル席に座っている住民たちが陽気な声で注文をする。夜も更けてきたこともあり、店内にいる人々の半数以上がすでに出来上がっていた。


 住人たちのほとんどは世界からまともな役割を与えられていない人間だった。以前彼女が言っていたように彼らにとってこの場所は憩いの場になっていることがお店の雰囲気から感じ取れた。


 町の住人達の生きる為の気力や役割を与えているリオンは称賛に値する人物かもしれない。


「お前はすご……」


「ップハー!一日の終わりのいっぱいは最高ね!……あら何か言ったかしら?」


「……お前はすごく飲むな」


 リオンは置かれたグラスに継がれたお酒を一気に飲みほし、満面の笑みを浮かべた。

 酒場に関しては人々の為というよりは彼女自身の為な気がしたので言いかけた言葉を言い変えた。


「このぐらい序の口よ、マスターおかわり!」


 他の席に頼まれていたお酒を配り終えて一息ついていた店主に向かってリオンは追加の注文をする。今夜はグリムたちが座っていた席がちょうどマスターの対面するカウンター席だったこともあり、すぐに追加のお酒が用意された。


「あなたももっと飲みなさいよ」


 新しく用意されたお酒の半分をあっという間に飲み終えたリオンが話しかけてくる。


「お前のペースに合わせるのは無理だ」


 リオンの提案に対して即答で断りを入れる。


 ここ数日彼女と飲んでいて分かっていたが、リオンは相当お酒に対して耐性があり、それでいて飲むペースも普通の人間よりかなり早かった。彼女に合わせられるとしたらそれは文字通り酒豪しかいないだろう。


「なによ、つれないわね……」


 ぶつぶつと不満を言いながらもグラスに口をつけて飲み始める。このままでは2杯目が空になるのも数秒と言ったところだ。


 リオンの飲みっぷりに圧倒されていた、その時だった。


「ガシャン」とガラスが割れるような音が店内を鳴り響いた。音のした方を見るとテーブル席に座っている大柄な男が手に持っていたグラスを地面に落としていた。


「おい、お前いい加減飲みすぎだって……」


 相席に座っていた細柄な男が周りの視線を気にしながら慌てた様子で男の肩を叩いた。


「うるせぇ、俺なんかいてもいなくてもかわらねぇんだよ!」


 大男は細い男の手を振り払い、机にドンとこぶしを叩きつけた。


「何が「町の住人」だ、こんな役目必要なんかねぇだろ!」


 自身の胸の中から一枚の「頁」をつかみ取り、大男はそれを大きく掲げた。


「落ち着けって、そんなことして「頁」が燃えたりしたらどうするんだよ」


「この程度じゃ「頁」は燃えねぇよ」


 細柄な男がなだめようとしているが一向に収まる気配はなかった。


「「頁」は破ることも他者が触れることも、そして手放すことはできやしねぇんだよ!」


「そ、それでもお前……「頁」は大切にしないと……」


 大男が言っていることはすべて真実だった。それでも「頁」は与えられた人間にとって命と同等であり、ぞんざいに「頁」を扱っている大男を細柄な男が心配するのはもっともだった。


「意味のない役割の書かれた「頁」を与えられた俺は物語の奴隷も同然だぜ、畜生」


 大男は大きなため息をついて天井を見上げた。細柄な男はこちらのカウンターの奥に立っている店主に両手を合わせて謝る仕草をした。それを見た店主は手に箒を持って割れたガラスの片づけに動こうとする。

 これ以上彼らを見ていても何もないと周りの視線が離れかける、その時だった。


「こんなつまらない世界なら「」でも来ねぇかな」


 大男の発した「死神」という単語を聞いた途端、酒場にいた全員の動きが止まり、店内は完全な静寂に包まれた。


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