第8話 役割を与える者
「盗み見とは感心しないわね」
ダンスレッスンの合間に外に出てきたリオンは目を細めてグリムを睨む。
窓の外から視線を感じていた為、確認してみると犯人はグリムだった。
「ほかにやることもないしな」
グリムは悪気はないと肩をすかしてみせて木箱の上に座り込む。それを見てリオンはため息をつきながら隣に座った。
「あなたっていったいどこから来たの?」
そういえば私はあなたの事なにも知らないのよね、と一言加えつつリオンはグリムに尋ねる。リオンからすると役割を持たない人間と出会うのは初めてであり、興味があった。
「俺がどこから来たかなんて、たいしたことじゃないだろ?」
グリムは質問に対して先ほどと同様に軽く聞き流そうとしていた。リオンが少しだけむっとした表情で睨み返すとグリムは諦めて話し始めた。
「そうだな……ここと同じようなお城が近くにあった森の中で俺は生まれて育ったよ」
「へぇ」とリオンはグリムの話に耳を傾ける。グリムはそこで話は終わりのつもりのようだったが、リオンは続きがあるのかとグリムの目を見続けた。
その目に耐えられなくなったグリムは話題をそらそうとする。
「別にこれ以上俺が話す事なんてない。リオンは外の世界に興味があるのか?」
「それもあるけど、今はあなたの事が知りたいわ」
純粋に目の前の不思議な青年について興味があった。
「教えてよ、グリムはいったいどんな物語で生まれてきたの?」
赤ずきんや不思議の国のアリス、西遊記や金太郎……有名な物語についてはこの世界の住人達にも基本知識として備わっていた。
それでも「頁」を持たないグリムが一体どのような場所で生まれて育ったのか、容姿や服装からは判断がつかなかった。
「…………」
しかし、グリムは何も答えようとしなかった。何も答えない、答えたくないような顔をしていたグリムを見てリオンは質問を変える。
「あなたはその姿で生まれてきたの?」
誰しも「頁」に記された役割を担う為にふさわしい姿でその世界に生まれてくる。
桃太郎やかぐや姫のように赤ん坊から生まれてくる人間もいるが、それは殆ど少数だった。
リオン自身もこの世界で「意地悪なシンデレラの姉」を演じる者として既に成人した姿で生まれてきた。
「俺は……赤子から育った」
「あら、そうなのね」
「……以上だ」
「そ、それだけ?」
リオンは黙り込もうとするグリムからどうにか話を聞こうとする。
「ねえ、あなたが今まで見てきたものでも経験したことでも良いから何か一つ教えてちょうだいよ」
「話せるようなことは特にない」
「なんでもいいから!」
グリムはリオンの興味津々な態度に困惑した顔をする。軽く頭をかいた後、手を顎に充てて少し考えるようなしぐさをすると口を開いた。
「生きることを望んだ女性がいた。嫌われても愛そうとした人がいた。誰かの願いを叶えようと必死にあがいた者がいた。皆その願いをかなえる事は出来なかった。誰しもが共通して与えられた役割に縛られて、夢は何一つかなわなかった」
「与えられた役割……」
リオンの期待していた内容とは異なり、抽象的であまり明るい話ではなかった。
しかし、彼の話し方のせいか自然と相槌をうって聞き入ってしまう。
グリムが言っていることをリオンははっきりと理解することは出来なかった。それでも彼が今まで何を見てきたのか、なぜ自身の過去を多く語らないかなんとなく分かった気がした。
「全てを諦めようとした人がいた……これが世界の
「……その人はどうしたの?」
なぜか聞き返してしまった。初めて彼の口から死という言葉が出たからか、その人間がどうなったのか……きっと彼が語ったほとんどの人間が同じ結末を迎えた事はわかっているというのに。
その問いに対してグリムは今まで込めていた強い感情がなくなり、柔らかな笑みとともに答えた。
「最後に話した奴は、おせっかいな人に助けられて死ぬことはなかったよ」
「……そっか、良かった」
ほっとリオンは胸をなでおろす。
「それじゃ、私またレッスンに戻るわ、またねグリム」
「のぞき見するならもう少しばれないようにしなさい」と加えて言うとリオンは再び扉を開けてダンス練習場に戻った。
◇◇◇
「素敵な子ですよね」
突然知らない男にグリムは話しかけられる。一体いつの間にどこから現れたのか驚いたグリムだったが、リオンが家の中に入ると同時に路地の裏口から歩いてきたようだった。
「挨拶が遅れてしまい申し訳ない。私はこの家で舞踏会の講師をやっております。
顎のとがった男性はグリムに軽く自己紹介をする。グリムも外から来た人間ということを彼に伝えた。多少グリムの存在に驚きつつも講師を名乗った男はグリムの素性について特に深堀してくることはなかった。
「あの子が「外に変態がいるのでしばいてきます」と言って飛び出してから戻ってこないので何事かと思いましたが、見知らぬ男性と仲睦まじく話していたので割って入るわけにもいかないと思いましてね」
講師の男はニコリと笑う。部屋の中で彼女がグリムに対してとんでもない発言をしていた事は聞き捨てならなかったが、講師の笑顔に嫌味のようなものは一切含まれず、さわやかな物言いだった。
「講師なら戻ってリオンのダンスを見てやらなくていいのか?」
「リオン……?」
男は首を傾げたのでグリムは彼女の名前と伝える。講師はなるほどと頷いた。
「今は休憩中なので大丈夫です……もっとも、今では私よりも彼女の方が上手に踊れますけどね」
講師の男はそう言って視線を部屋の中に移した。グリムも窓から部屋をのぞくと戻ったリオンは他の踊りを習いに来たと思える女性に手取り足取り教えてあげていた。
「あの子のおかげで多くの人たちは生きる活力と役割を与えられました」
「役割?」
グリムは講師の男に聞き返す。
「もともとシンデレラに舞踏会の講師という役割を持った人間は存在しません」
確かに、とグリムは相槌をうつ。
「ただ他の人よりも少しだけダンスを踊ることに長けていた私を知った彼女はある日この家にやってきて、舞踏会の講師をやってほしいと提案してきました」
特徴的な顎に手を当てながら男は言葉を続ける。
「最初は何も思わなかった私ですが、彼女にダンスを教えるにつれて町に評判が広まり、今では舞踏会に参加する人たちが上手に踊れるようにと私の家に通うようになりました」
それからというもの私は舞踏会に参加する人たちの講師として毎日を過ごしているのです、と彼は嬉しそうに話した。
「私以外にも何人もの人たちが彼女に役割を与えられて……それ以来皆が生きる意味を持ってこの世界で暮らしております」
「……あいつはすごいな」
「そうですね」と講師の男は肯定した後にそれでは彼女たちにダンスを教えに戻ります、と表側の扉のほうへと歩いて行った。
家の中を再びのぞいて見ると今度はリオンが一人で懸命にダンスの練習をしている姿が見えた。その仕草は誰が見ても目を奪われるような美しい動きだった。
偶然リオンと目が合うと不満げな表情をされたのが分かった。
衛兵にのぞきで捕まるわけにはいかないとグリムはその場を離れることにした。
◇
「よくないねぇ……あぁよくない」
「…………?」
ダンスレッスンの家から離れて道を歩くとつぶやくような声が聞こえた。
気になり振り返るとそこには誰もいなかった。
空耳かとグリムは気にせず、町の中の散策を始めた。
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