第6話 王子様

 お城に着いたグリムは門番をしていた衛兵に止められる。


「待て、お前はこの世界の住人ではないな」


 普段お城に来る人間がいないのか、すぐに正体を見破られたグリムは警戒されてしまう。


「そうだ」


「もしかして「白紙の頁」の旅人か、いったいお城に何の用だ?」


「白紙の頁」は持っていなかったが、説明するのも面倒なので修正はしなかった。


「この世界に寄ったからには王子様にも挨拶と思ってな」


 グリムが悪いことをするつもりはない、と話すと衛兵は素直に城の中へ案内し始めた。


「通してもらう俺が言うのもおかしいが、もう少し疑うべきじゃないのか?」


「この世界の兵士たちは皆、王子様の意見が全てだ。お前の処遇は直接王子様に見定めてもらう」


 兵士に連れられてグリムは進む。お城の内側は入ってすぐに大きな噴水が設置されていた。そこを迂回すると城の2階へと続く二つの階段が両脇に、真ん中には大きな扉が待ち構えていた。


「こっちだ」


 衛兵は1階の城門を開けてそのままグリムを城の中へと招き入れる。城の中も広く、外と同じぐらいの人々が働いていた。


「まっすぐ進んだ先にある階段を上がると……そこが玉座の間だ」


「2階なら外の階段を使えばよかったんじゃ?」


「あの階段は舞踏会の会場と直接繋がる場所だ」


 グリムの疑問に対して兵士はすぐに返答を返す。階段を登りながら話を聞くとどうやら玉座の間にはこちら側から向かったほうが早いらしい。


「着いたぞ、ここが玉座の間だ。くれぐれも粗相の無いようにな」


 階段を登り終えると兵士はそう言って元の場所へと戻った。玉座の間という荘厳な名前の通り、敷かれた赤絨毯の両脇にはお城の兵士たちがきれいに整列をしていた。


 すんなりとお城の中へと通した事に警備の緩さを感じていたグリムだったが、役割を持った王子の周りにはこれだけの兵士がいるのならばこの場所へあっさり案内するのも頷けた。


 グリムは王子のいる玉座まで赤絨毯の上を歩く。城の兵士にここまで案内されたこともあり、両脇にいる兵士達は止めることはなかったが、それでも怪しい動きをすればすぐに斬りかかれない、そんな警戒態勢だった。



    ◇


「そなたが「白紙の頁」の旅人か」


 玉座に座った王子が口を開く。警戒されているのかグリムの両隣にいる衛兵は武器を構えていた。


「はじめましてシンデレラの王子様」


「王子でよい。私自身に名前がないせいで呼びづらくてすまない」


 シンデレラの物語では意地悪な姉や魔女、王子様といった役割を持った人間はいるが、固有の名前がある人物は主人公のみとなる。そのことを王子自身も理解しているようだ。


「そなたはどのような理由でここに来たのだ?」


「特に理由はない」


 正直な物言いに衛兵はグリムをにらみつけるが王子様は愉快そうに笑い、警戒を解かせた。


「そうか、外から来たものは役割を持った人に対しても特別扱いはしないのだな」


 王子の言い回しにグリムは違和感を覚える。


「その言い方だと俺以外にも外の世界から「白紙の頁」の人間が来ているのか?」


「そうだ。ちょうど2週間ほど前だったか、「白紙の頁」所有者が3人ほどここに訪れた」


「ずいぶんと大人数だな」


 いくつもの世界を旅してきたグリムでも「白紙の頁」の所有者とは片手で数えられるほどしか出会ったことはない。「白紙の頁」の所有者が3人もこの場所に来ていた事にグリムは驚いた。


 グリム以外にも世界から役割を与えられなかった者たちはごくまれに生まれてくる。それが「白紙の頁」の所有者である。


 彼らは物語の中で生を受けた時、他の人々と同じように「頁」を世界から与えられる。

 しかし彼らの持っている「頁」には一切の文字もイラストも書かれていない。


 何も書かれていない「頁」を人々は「白紙の頁」と呼んでいた。


「白紙の頁」の所有者は他の「頁」所有者と異なり、世界に役割を与えられていないからか、グリムと同じように境界線を越えることが可能だった。


「その「白紙の頁」の人間達はもうこの世界にはいないのか?」


「うむ、3日ほど前にこの世界から旅だったと聞いている」


「白紙の頁」の所有者は一つの物語の世界に縛られることはない。


 終幕を迎えた世界ではその時点でその場にいる全ての人間は光に包まれて消えてしまう。「白紙の頁」の所有者とて例外ではない為、終幕を迎える前に別の世界へと旅立つ行為は自然だった。


「その3人からは不気味な存在を教えられてな……「」というものを知っているか?」


 王子が今までの穏やかな様子から一変して真剣な表情に変わった。


「死神……」


 グリムはその単語を復唱する。王子はその様子を注意深く伺っていた。


「それは、とする人間の事か?」


「なるほど、そなたも「死神」については知っていたか」


 物語を意図的に終わらせ、世界の人間すべてを焼失させる人間。その人間の事を総じて「死神」と呼んでいることをいくつかの世界でグリムは耳にしていた。

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