君との日々に悩む僕は

@furinn32

第1話

僕は何がしたいのだろうか。僕は自分の人生をどう色づけたいのだろうか。毎日毎日、そんな自問自答を繰り返しては答えなんて見つからず。何もしたいことがないという事実から生じる不安を拭い去りたいからか、今日もただ机に向かって勉強をするのであった。そう、僕、石見悟は空っぽな人間なのだ。


朝になった。母が用意してくれたパン、目玉焼き、サラダという定番中の定番の朝食を食べ、今日もまた学校へ向かった。


高校三年の5月という、教室の中も多少の緊張感が生まれるこの時期。僕は相も変わらず朝礼が始まるまで自分の席で勉強していた。朝礼五分前になり、僕の唯一といってもいい友人があいさつに来た。

「おはよう、石見。今日も朝から勉強か?」

「そうだよ。受験生なんだから当然だろう。最近成績が上がってないと悩んでいたのに、また新しいゲームを見つけて遊んでる君とは違うんだ。」

「嫌味のある言い方するねー。そんなんだから友達が俺しかいないんだぞー。」

そうやって笑うのが新庄優斗だ。彼の言った通り、新庄優斗が僕の唯一の友達だった。

「でも、お前も最近勉強以外に興味あるものができたんじゃないか?」

そうやってにやにやしながら、僕の最近の変化に言及してきた。

そんな時にチャイムが鳴り。新庄は席に着いた。

なんで新庄は僕の些細な変化に気づいてしまうのだろうか。そう僕は勉強しながら目で追いかけていたんだ。教室の窓辺から彼女の笑顔を。


赤崎陽葵。


僕が彼女を目で追うようになったのは、ほんの数週間前の出来事がきっかけだった。僕は本屋で参考書を買うために街を歩いていた。そこにギターケースを背中に携えて、笑顔で歩いている赤崎が通りかかった。僕は特に何をするわけでもなく通り過ぎようとしたのだが、赤崎はそんな僕を見逃してはくれなかった。

「石見君じゃない!なにしてるの?こんなとこで。」

「僕は、参考書を買いにきたんだよ。勉強してないと、落ち着かないのに、今持ってる参考書が一通り終わっちゃったんだよ。」

彼女は不思議そうな目でこちらを見ていた。

「石見君って、なんでそんなに勉強が好きなの?羨ましいなー」

「いや、別に好きってわけじゃないんだけど。やってないと落ち着かないんだよ。そんなことより、赤崎さんはギターケース持って。用事があるんじゃなかったの?」

「あっ、そうだった。今からギターの練習しに行くんだ!一人でなんだけどね。」

「今年になってから去年までバンド組んでたメンバーが止めちゃってねー。一人で練習するしかないんだよ。」

彼女は寂しそうな雰囲気でありながらも笑顔を絶やすことはなかった。

「そうだ!石見君。私の練習に付き合ってよ。新曲作ってみたんだけど、感想が聞きたいんだー。」

「えっ、どうしようかなぁ。」

「いいじゃん、いいじゃん。そんなに時間取らないからさー」

言われるがままに、僕は彼女に音楽スタジオに連れて行かれた。


赤崎はスタジオに着くや、演奏するための準備をてきぱきとし、マイクを手にもった。

「今日はわざわざ付いてきてくれてありがとう!出来上がったばっかの曲だから失敗しちゃっても笑わないでね!今回は甘酸っぱい恋の模様をイメージしながら作ってみたんだ。お聞きください!」

そうやって、彼女の演奏は始まった。


赤崎さんのギターの音が心に染み込んでいく。指が弦をなぞる音色は、まるで春の風が優しく触れるようだった。その音楽に耳を傾けるたび、心の奥底から感動が湧き上がり、言葉にならないほどの感激が広がっていった。僕はただ、その美しい音楽に引き込まれて、心が温かく包まれる感覚を味わっていた。


彼女の演奏は素晴らしかった。音楽についてはあまり詳しい方じゃなかったが、彼女の曲には人を夢中にさせる何かがあった。それが何なのかは僕にはわからなかったが、彼女の曲に聞き入っていた。


「どうだった?私の曲」

彼女の顔には歌っているときに見せなかった笑顔があった。どうやら真剣なときは笑顔にならないようだ。僕はそんなギャップに驚きながら、拙い返答をした。

「よかったよ。すごく。圧倒されちゃった。」

「良かったー。この曲はね、結構時間をかけて作ったんだよ。私は恋なんてしたことないから、友達に聞いたり、ドラマなんか見ながら恋をしている人はこんな気持ちになるのかなーーなんて思いながら作ってたからさ。でも心配なかったみたいだね。」

「ごめんね、わざわざ聞いてもらっちゃって。」

「いや、全然構わないよ。それじゃ僕は家に帰るよ。また学校で。」

「じゃあねーー。」

彼女は笑顔で僕を見送った。

その日の夜、僕はあまり勉強に集中できなかった。彼女の曲が頭の中を反芻していた。


そんな数週間前の出来事から、僕は彼女のことを目で追うようになってしまった。僕には無い何かを感じた。それを掴むことさえできれば僕の人生も少しはましになるんじゃないか。そんな予感を覚えながらも、僕は声をかけることが出来ないでいた。これだから、僕はいつまでたっても何も成長しないんだ。そんな自己嫌悪に陥りながら、今日も家に帰り、勉強をした。


一息ついて、風呂に入った。そして、風呂上りにスマホをのぞいてみるとそこにはLIMEのメッセージ表記があった。新庄からかな?と思いながらアイコンをタップすると、そこには予想だにしなかった人の名前からメッセージが来ていた。


「ねえねえ、石見君って勉強得意なんだよね!?明日の放課後、勉強教えてよ!」

それは、赤崎陽葵からのメッセージだった。

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