第二章   ダンジョン協会のトップに紹介される元荷物持ち

第九話    草薙数馬の破滅への言動 ①

「よっしゃあ、これで俺たちは晴れてダンジョン内で配信ができるぜ!」


 草薙数馬こと俺は、ダンジョン協会の受付でもらった専用カメラを頭上に掲げて歓喜の声を上げた。


 先だってのオーク・エンペラーを討伐した功績が認められ、俺たちC級探索者パーティーの【疾風迅雷】はB級探索者パーティーへと昇格したのである。


 この専用カメラはその証でもあった。


 C級とB級には魔物を討伐したときの報酬の違いはあまりないものの、B級に昇格したソロの探索者や探索者パーティーは、ダンジョン協会指定の専用カメラによるダンジョン内での配信許可が下りる。


 つまり、俺たちは今まさに探索者からへとジョブアップしたのだ。


 とはいえ、1流の探索配信者にはまだまだ道のりは遠い。


 俺たちのカメラが如実にそれを物語っている。


 B級探索配信者に最初に渡されるカメラは手ぶれ補正機能や自動的にピントが合うオートフォーカス機能付きで、ライブ配信にも対応しているライブ・ストリーミング機能付きの高性能カメラだ。


 だがA級に昇格すると自動追尾型の配信用ドローンがダンジョン協会から与えられる。


 俺たちが手にしているハンディタイプのカメラと違い、わざわざカメラマンを用意しなくていいのがドローン配信の利点だった。


 早くA級にも昇格してえな。


 俺がそう思っている横では、美咲が「これでうちらも1人前ね!」と両手を叩いて大はしゃぎしている。


「うむ……俺たちは配信講座も受けたし、銀行口座の登録も無事に完了した。これであとは探索の様子を配信してチャンネル登録数と再生数を稼げば金がわんさかと入ってくるってことだな。しかし、ユーチューブと違ってダンジョン・ライブは収益化の条件が最初からないのがいいな」


 いつも無表情な顔をしている正嗣も、今日ばかりは表情筋を緩めて口元からは白い歯を覗かせていた。


 そんな2人を交互に見ながら俺はニヤリと笑う。


「そうさ、俺たちが登録したのは地上世界で流行っているユーチューブじゃない。ダンジョン協会が運営する〈武蔵野ダンジョン〉専用のオンライン動画共有プラットフォーム――ダンジョン・ライブだ。ユーチューブと違って動画を再生するには個人情報の登録と毎月一定の料金がかかるが、ユーチューブよりも規制が緩いから国内外の登録者は異常に多い。それにダンジョン・ライブで配信できるのは限られたソロの探索者か探索者パーティーだけだから、1回の再生回数による公告収益もクソ高え」


「あははは、数馬ったら。よっぽどB級に昇格したのが嬉しいのね。そんなこと今さら説明されなくても、うちら探索者にとったら一般教養レベルじゃん」


 俺は思わず赤面した。


 自分が思っているよりも浮かれていたのだろう。


 美咲が高笑いしたように、確かにダンジョン・ライブのことなど探索者にとっては一般教養レベルのことだった。


 それこそ試験を受ける前の探索志望者でも持っている知識だ。


「う、うるせえな。お前らが忘れているかもしれねえから、わざわざリーダーの俺がおさらいしてやったんだろうが」


 俺は気恥ずかしさのため適当な言い訳をすると、2人から顔をそらして「ふん」と鼻息を荒げる。


 同時にこの迷宮街特有の据えた匂いが鼻腔の奥に漂ってくる。


 俺たちがいるのはダンジョン協会の本部があり、地上世界に通じる〈ゲート〉を守るように建設された迷宮街の奥にある壱番町だ。


 壱番町は地上世界の新宿・歌舞伎町を模して作られた町で、〈ゲート〉から近いために迷宮街の中でも昼夜を問わず人間であふれ返っている。


 地上で許可をもらって訪れた一般人が大半だが、俺たちのように戦闘服を着て武器を携えた探索者の姿も多い。


 近いうちに今年度の探索者試験が行われるためか、その会場となるダンジョン協会を下見に来ている探索志望者の人間もちらほらといた。


 まあ、そんなことはさておき。


 俺たちは知名度と大金が手に入る可能性が高いB級探索者――もとい探索配信者となったのだ。


 ならば一刻も早く初配信をしなくてはならない。


 すでに【疾風迅雷】のアカウントでダンジョン・ライブにチャンネルは登録済みだ。


 サムネイルもダンジョン協会での配信講座の中で作り済みのため、あとはダンジョン協会に連絡すれば各SNSに俺たちのことを宣伝してもらえる。


 これはダンジョン協会からB級探索配信者となった者たちへの初回特典のようなものであり、初配信だけはダンジョン協会というインフルエンサーのチャンネル内で盛大に告知してもらえるのだ。


 俺はB級探索配信者となった探索者たちの初回配信は何度も観てきた。


 ユーチューブのように誰でもアカウントを作って気軽に配信ができるわけではないため、探索配信者となった者たちの初配信には信じられないほどの視聴者が押し寄せてくる。


 それこそ初回配信で視聴者の心を動かすような配信をすれば、同接数がいきなり十数万を超えて知名度が爆上がりするだけではなく、迷宮街に支店を持つ地上世界の民間企業から様々な案件が持ち込まれて莫大な収入が入るという。


 こうなった探索配信者の今後は安泰だ。


 俺は「くくく」と低く笑った。


 すでにダンジョン協会には初配信の場所や日時は伝えてある。


 底辺の魔物しかいない草原エリアで、自己紹介を兼ねた無双配信をするのだ。


 無双配信とは単純な探索活動を好むコアな視聴者向けの配信とは違い、ただひたすらに魔物を倒していく配信のことを指す。


 この無双配信が今どきの視聴者には受けるのだ。


 俺は舌なめずりをしながら想像する。


 無双配信を通して俺の雄姿と強さが大勢の視聴者に伝わり、その報酬として高い知名度と高額な報酬を得ている俺の未来の姿が完璧に想像できた。


 今日からこの草薙数馬さまの最強伝説が始まるんだな。


 などと考えていたとき、美咲が「ねえ、そう言えば新しい荷物持ちはどうすんの?」とたずねてくる。


「うむ、前の荷物持ちの拳児は草原エリアにほったらかしにしてきたからな。新しい荷物持ちは必要になってくるだろう」


 正嗣が両腕を組みながら何度もうなずく。


「じゃあ、草原エリアに戻ったら拳児を拾ってくる?」


 この美咲の言葉には俺だけではなく正嗣も大笑いした。


「馬鹿なことを言うなよ。あんだけ怪我した状態で置いてきたんだぜ。今頃は魔物どもに食い荒らされて骨も残ってねえに決まってんだろ」


「そうよね。やっぱり、そうだよね」


 最初から美咲も拳児が生きているとは思ってなかったのだろう。


 美咲も「きゃははは」と馬鹿みたいに笑う。


「はっ、新しい荷物持ちなんてあとから何人でも探せばいいだろ。それよりもまずは初配信だ」


「うんうん、まずは初配信よね。じゃあ、さっそく行こうよ」


「うむ、俺たちの新しき門出は早いうちにするのがいい」


 俺は2人を見回しながら大きく首を縦に振る。


「よし、そんじゃあ行くか!」


 そして俺たちは何の不安も持たずに草原エリアへと向かった。


 希望の未来を手に入れる初配信をするために――。

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