第7話 逃亡

「クリフ。しっかりして」

「ん、ああ、クレスかここはどこだ?」


 俺が目を覚ましたのは、知らない家の中だった。その家の天井は木でできており、他の怪我人もここに集められているようだった。


「クレス。あの後どうなったんだ」

「僕は......逃げてただけだよ。さっきボッツが君を抱えてきたけどやっぱり戦ったの?」

「ああ、ゴブリン達と戦って最後の方に俺が暴走した気がする」

「はあ、何か変なこと呟いてたらしいけどそっちは大丈夫?」

「......多分大丈夫だと思う。クレスの方は何があったんだ?」

「僕は_」


 僕、クレス・サンドワームは兄のクリフ・サンドワームがゴブリンと戦っている頃、ゴブリンから真っ先に逃げ出した。隣にいた動樹トレントの亜人ベラ・アルカも置いて逃げていた。彼女は肌が木の材質でできている一見すると人間にも見える種族だが肌を触ればその違いは分かる樹木系の亜人だった。肌は褐色で髪は緑色だった。普通は女の子を置いて逃げたりしないだろうが僕は自分が殺されるのが怖かった。


「はあ、行っちゃったか。クレス、貴方はいつか後悔するわよ」

「っ」


 逃げている最中に聞いた言葉だがその言葉は僕にグサッと刺さった。振り返った時にはベラは自分とは逆の方向に進んでいた。ゴブリン達と戦うようだった。集落には悲鳴が上がり僕のように一目散に逃げだす人もいたし、ベラのように戦うつもりの人もいた。ゴブリンの集団が襲ってくる。戦っている人たちの中には自分の兄のクリフもいた。ボッツも戦っている。僕も戦わなければならないと思うが足はゴブリンから逃げている。突然ベラの物と思われる悲鳴が上がりその逃げ足を止めた。見るとゴブリンに傷つけられボロボロになっていた。とっさに僕はベラのところに速い足で向かいゴブリン達をすり抜けベラを背負って逃げ出した。


「クレス......」

「ベラ。逃げるよ」

「逃げたんじゃなかったの?」

「傷がひどいじゃないか。すぐに治療をしないと」

「そんなに足が速いならゴブリンともやりあえると思うけどな」


 走っている最中にそんなことを話しながら傷を治療できる場所を探した。木の材質のような肌の彼女だが、赤い血は出る。出血を止めなければならなかった。僕は逃げてだいぶたった後自分の服を破いて彼女が傷を負っている腹部を縛った。


「大丈夫?ベラ」

「大丈夫じゃないけど、おかげで助かったわ。クレス、貴方にも勇気はあったのね」

「逃げてる最中に君の声が聞こえて」

「よく察知できるわね。これで戦えてたらもっと強い筈なのに」

「傷は大丈夫?」

「多分この服の布で大丈夫だと思うわ。それより集落の人たちは大丈夫かしら。私のお母さん、病気で寝込んでいるのよ丁度ゴブリンが攻めてくる辺りのところに寝込んでたんだけど。死んでいるのを見かけてしまったの」

「ごめん。お母さんは連れてこれなくって」

「貴方が謝ることじゃない。でも放っておいても死んでいたかもしれない病気だから。でも最後はもうちょっと楽な死に方になって欲しかったな」


 ゴブリンは人を犯す習性がある。これは種族が何であろうとも同じだ。そうして生まれてくるのはゴブリンだけだが妊娠せずに死んだのは不幸中の幸いなのかは分からない。ベラのお母さんも最後はゴブリンに犯されたらしいベラの目は悲しそうだった。


「本当は悲鳴を上げたのはお母さんが死んだことが分かっちゃったからなんだけどね。まあ、クレスが来てくれて嬉しかったからいいけど」

「僕は逃げただけだよ戦える君は凄い」

「貴方が勇気を持った時には必ず強くなる。そんな気がするわ」


 そんな感じで僕は使われていない小屋にたどり着いた。そこでベラ療養をして過ごしていたが、ボッツも他の怪我人も底を見つけたそうして気絶したクリフがやって来て今に至る。


 俺は、クレスの話を聞いてクレスも少しは成長したのだと思った。


「それでそのベラっていう子はここにいるのか」

「いますよ。ここに」

「ベラ。傷はどれくらい治ったの」

「クレス。貴方だから少しくらい見てもいいけどクリフさんはだめよ」

「クレス。おまえこの子に好かれてるのか」

「ちょっと昔ベラを助けたことがあるだけだと思うよ」


 ベラはがっかりした顔をしている。だがクレスは表情は察知しても気づいてはいなかった。


「クリフ。起きたのか」


 ボッツが唐突にやって来てクレスがぞっとして俺の背後に寄った。


「クレスが本気を出したら絶対にボッツよりも強いと思うよ。そんなに怖がることはないんじゃない」

「あの拳当たったら凄い痛いんだよ勘弁してよ」

「ああん。クレス、今はお前に用があるんじゃねえんだ。クリフ、大丈夫だったか」

「ああ、おかげさまで。アルマはどうしたの」

「アルマもしばらくしたら来るはずだ。お前のことを心配してたぞ」

「ここに運んでくれたことありがとうねボッツ」

「はっ。一緒に戦った仲だ。これからは仲良くしてこうぜ」

「クレスをいじめなければな」


 こうして俺達は小屋でいろいろと話した。父、クロード・サンドワームの訃報を聞いたのはそのすぐ後だった。




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