第3話 入学式と不穏な訪問者
『 GA歴八十七年 四月二日 九時三十分 』
『
『応急キット』を淡々と片付ける
そしてその横では、
そんな賑やかでどこか滑稽な様子を眺めているうちに、
(……なんだか、こういうの、久しぶりな気がするです)
ほんの一瞬でも、緊張の糸がほぐれたのが、自分でも分かった。
「そういえばわたし、『妖魔』の姿……結局見られなかったです。バクマは見えたですか?」
「いいえ、
バクマは宙に浮いたまま、丁寧に語尾を区切りながら答える。
「……
「で、どんなフォルムだったです?」
「はい、簡潔に申し上げますと……“扇風機”のような外観でございました」
その返答に
「扇風機……です? じゃあ、『
勢いよく命名した
と――そのタイミングで、
「おう、呼んだか
バクマの宙に浮いた影が、そっと
(……やっぱり、ちょっと恥ずかしいです)
* * *
「ふっ……んんっ!―― 壁って……ひどいなぁ。――初対面なのに、よく私の名前を知っていたね? えーっと?」
荒い息を吐きながらも、
彼の視線の先では、一体のヌイグルミ型ペッポッド――バクマが、ふわりと空中に浮かんでいた。短い手足を軽く動かしながら、まるで空中に腰を据えるように安定した姿勢を保っている。
「バクマと申します。以後、お見知りおきください、
「ふんっ!―― バクマくんかい。よろしく頼むよ」
どこか芝居がかった名乗りに、
「初期設定のゲノム照合の時に、
「そういえば、そんな機能あったね…… ――んぬっ!」
「
「ふぅ……う”んっ!―― 自分の感覚を邪魔されたくないんだ。まあ、『GA通信』用にブレスは着けてるけどね」
バクマはぴたりと
「なるほど。鍛錬と戦闘が主なお役目であれば、確かに不要かもしれませんね」
「ふんっ!!―― って、ちょっと待ってよバクマくん。表向きは酒屋の店員ってことになってるんだけど?」
思わず
「はっ、申し訳ありません。その設定を一瞬、失念しておりました」
バクマは空中でピタリと静止し、小さく頭を下げるようなジェスチャーを見せた。無表情の顔ながら、どこか申し訳なさそうな空気をまとっている。
バクマはふわりと空中で姿勢を整え、一拍置いてから穏やかに問いかけた。宙に浮いたまま、静かに
「ところで
「ふんぬっ!―― 実はね、今朝うちの
言葉に合わせて
そのせいか、彼の動きにはどこか舞台俳優のようなキメがあり、必要以上に堂々としていた。
「……
「えっ、どうして? ――ふぅぅぅんっ!―― 右がトニー、左がマイケル。見てごらん、二人ともバクマくんに会えてすごく喜んでる」
「……はあ」
バクマは宙に浮いたまま、目に見えぬまばたきをするような微かな間を置いた。そして、少しだけ高度を上げると、くるりと一回転してから、また
「ところでバクマくん、君、本当にAIかい?」
「はい。れっきとしたAIでございます」
バクマは胸に手を当てて小さく一礼し、再びその場に静かに浮かびながら応えた。まるで自分がAIであることに誇りを持っているかのように。
* * *
彼の表情には戦いを終えた後特有の静けさが宿っている。興奮が去った今、代わりに場の空気を整える役目を自覚していた。
「ねぇ
「あれ……!?バクマ時間?」
「9時40分です、ホームルームは完全に終わっていますが、入学式には走れば間に合います」
「やばっ!
瞬間的に
「後はやっておくから心配しないで行ってきなさい」
娘のように思っている
表情にはややぶっきらぼうな兄貴分らしさがにじみ出ているが、その声は温かかった。
「おぅ、いってこい」
「ほらっ、イチも行くですっ!」
しばし呆然としたあと、彼はその呼びかけを心の奥で何度も噛みしめ、目尻にぐしょりと涙を溜めながら、感情の
「ミコトがぁオデにぃぃ、ごぇがげでぐれだぁぁぁ……ぐふふ……」
傍らでバクマが静かに宙に浮かび直し、その様子を無言で見守っている。微妙に距離を取っているあたりに、彼の“学習能力”の高さが垣間見える。
だが次の瞬間、
まるで何事もなかったかのように涼しい顔を作り直し、
「では、
深く一礼したその動作には、どこか武士らしい
そしてそのまま、
彼の背を見送りながら、
戦いの朝は終わった。
あとは、それぞれの新しい一日が始まる――。
* * *
「ふう、やっと行ったな」
ふと隣に立つ
「ところで
「まあ、俺は大丈夫だよ、何せ成績トップだからな!」
だがその言葉の裏には、「自分のことは心配しなくていい」と言いたい、年下なりの配慮も込められていた。
「そうか。『GFBI』には俺の方から報告しておくから
その声音には、
『…… GFBIとは、『Gaia Federal Bureau of Investigation(ガイア連邦捜査局)』の略称であり、ガイアが運営する自浄機能組織である。
その最大の目的は、ガイア国内の秩序維持にある。事件が発生した場合に限らず、事件の予兆や兆候があれば独自の判断で捜査に乗り出すという、きわめて自主性の高い機関である点が特徴だ。
また、その捜査活動は完全に独立しており、組織内部における腐敗や治安の悪化を未然に防ぐ「監視者」的な役割も担っている。
活動の結果は、関係する当事者だけでなく、その近親者(家族・恋人など)に報告することを主な活動としている。 ……』
「まだ、
「はいよ」
(襲撃の情報……やっぱり、少し違うけど
「それにしても
* * *
『 GA歴八十七年 四月二日 九時五十五分 』
『
その直後――
「はぁ……はぁ……ふぅぅ……でっ、バクマ、今何時です?」
息を切らしながら問いかけた
「9時五55分でございます。……ギリギリですが、間に合いましたね。急ぎ、入学式の会場へ参りましょう」
バクマは
『…… 『
その歴史は西暦の時代まで遡り、長きにわたり多くの人材を輩出してきた伝統校として知られている。 ……』
それでも――
その顔はというと……涙に
「うわっ……イチの顔、
(あんな顔でこっちに向かって来るなんて……わたし、知りませんから……)
呆れと戸惑いが入り混じった気持ちで、
そんな
彼は
「
「うん、ありがとうバクマ」
* * *
この大講堂はエントランスから続く1階の入口を起点に地下2階まで緩やかに下りながら座席が並ぶ造りになっている。広さと奥行きを兼ね備えたまさに壮観な空間だった。
席に着いた
「パパぁぁ、ママぁぁ」
(あ、気づいてくれた! ふふっ、パパったらもう泣いてるし。ママは……やっぱり相変わらず美人だなぁ)
「うーーーん、居ないですね。
(恐らくイチは左端の一番後ろですね。じゃあ
『……
生徒たちの席順は、右端から入試成績の上位者順に並ぶ決まりだった。
主席合格の
そんな中、
「大変、申し訳ございません!!」
大きな声で謝罪をし一礼しているのは
(うわぁぁ、イチだ。全員に注目されてるです……ん?なんか
その時だった。
音もなく、
(うぇぇぇい……パパ登場です!!)
「……っ!」
鈍い音が響いたわけではない。しかしその一撃が放つ威圧感に、大講堂を包んでいたざわめきが一瞬で消え去る。そこにあったのは、張り詰めたような静寂だった。
(パパ、
場の空気を凍らせたまま、
(はぁやっと入学式始まりそうだな。でも
彼女の心配を
* * *
『 GA歴八十七年 四月二日 十一時三十分 』
入学式も終わり『
「ミコちゃん、
父親らしき男が
『……
黒髪のくせ毛を短く整えた髪型に、アジア系らしい健康的な肌。そして、深いダークレッドの瞳が印象的だった。その目の色は、長男の
引き締まった体躯に柔らかな笑みを
医師としての資格も持ち合わせており、現在は『
「はいです……トカ婆からは
「
優しく話しかけてきたその女性は、そう言って
『…… この女性の名は
医師免許も取得しているが、現在は夫・
「
「……そうか、
「だがなっ!!入学式のあの騒ぎはなんだ!!」
怒気を帯びた声とともに、表情が一変する。まるで鬼神のような形相だった。
「ひぃぃっ、
「ねぇミコト、そういえば二人のクラス分けはどうだったの?」
「
「そう、
「はい!やりました。
「
「ぬぅぅぅ、
「そう、いつも同じクラスだったから安心してたのだけれど」
「そうなんです。小学校の頃は何故かいつも同じクラスでマジで
「こらっ!そんな汚い言葉使っちゃ駄目よ」
「あっ、ごめんなさい」
* * *
三年前のある日の授業で……
九歳の
「それでは、『ガイア』の五大原則についておさらいしましょうか。」
教壇に立つ女性教師が穏やかに語りかける。
「『ガイア』には憲法や法律は存在しません。その代わりに、五大原則が定められています。今から皆さんの机のホロスモニターに表示しますね。」
各生徒の机からホロスモニターが現れガイアの五大原則が表示された。
「じゃあ・・・
「はいです」
「起立して音読してもらえますか」
「分かりました」
『…… 【ガイア・五大原則】
一.共通言語は旧日本語
ガイアでは、共通言語として旧日本語を使用する。ただし、他の言語での会話や読み書きについては禁止することはなく、自由に使って構わない。
二.団体ごとのルール運用
規模の大小にかかわらず、各種団体は自らルールを定め、その運用を行うことを認める。
三.衣食住の保障と通貨運用
ガイア国民には衣食住の最低限を保障する。通貨としては旧日本円が採用されており、各団体や個人に対し、年に一度、適切な金額が発行されることとする。ただし、その通貨の価値や使用方法については、各団体ごとに考え運用することを求める。
四.土地の分配と建国の自由
浄化を終えた土地は、希望者に分配する。ただし申請をする必要があり申請の際には用途を明確に記載すること。審査を通過すれば正式に与えることとする。
また、これらの土地が将来的にガイアから独立し新たに国として建国することも認める。ただし、建国する場合は下記条件を満たさなければ認められない。
1.言語は共通言語の日本語
2.ルールの規定
3.国民に対しての衣食住の確保
最後に、最初の10年間はガイアからの支援を受けられることとする。
五.弱肉強食と個人の正義
ガイアでは「弱肉強食」という考えが最大理念であり、誰もが自らの正義を貫くことが尊重され、これこそが行動の指針となる。 ……』
「はい上手に言えましたね、ありがとう
「では、最後の国王の言葉を、
「はっ!」
「同じく起立して音読してください」
「御意」
『…… ガイアの最大理念……弱肉強食。この掟が揺らぐことなど断じてない!我とガイアに異を唱える者がいるならば、相応の覚悟を持って来るがよい!
ガイア国王
「もの凄く気合が入っていてとても良かったですね、ありがとう
「このように『ガイア』には憲法や法律は無く各種ルールは……」
* * *
(そういえば、五大原則の授業の時にイチが国王様のお言葉をでっかい声で叫んでて恥ずかしかったです)
「ねぇねぇ、それよりも
「えっ
「イチは黙ってて。ねぇパパ、ママ、何かしっているです?」
その問いかけに、
やがて、どちらも何も言えぬまま、神妙な面持ちで沈黙するだけだった。
その空気を感じ取った
胸の奥がぎゅっと締めつけられるような不安に変わり、目に見えない冷たい風が心を撫でていく。
(
* * *
そこへ、スーツ姿のナイスミドルな男性が現れた。
「
「あっ、
『…… 彼の名は
高身長でがっしりとした体格、短く整えた黒髪に、日焼けしたような地黒の肌。優しげな黒い瞳と落ち着いた雰囲気が印象的な、まさに“イケオジ”である。
現在はGFBI刑事部捜査一課の課長を務め、階級は警視長。ベテランらしい経験と、人懐っこさを併せ持つ頼れる
「先ほどはお電話で失礼しました」
「いえいえとんでもない。
「
「お久しぶりね
「はい元気ですよ。いつも
「そう、そういえば
ふと
「もう五歳になりました」
嬉しそうに
「じゃあ、そろそろパパ離れかな?」
冗談交じりに
「いやぁまだまだ大丈夫……だと思いたいですね」
苦笑しながら答える
「そうね。でもいつまでも続かないわよ」
「はい、覚悟してます」
その空気を感じ取ったのか、
「あーーー!
その声に気づいた
「
「ありがとうございます」
無邪気な笑顔で礼を述べる
「
「三年ぶりかな? 二人とも大きくなったね」
感慨深げに語る
しかしその笑顔が、ふいに引き締まる。表情が徐々に真剣なものへと変わっていく。
「二人とも少しお話しがあるのだがいいかい?」
「あーーーっ!! イチが大桜を倒して逃げた件ですぅぅ?」
「逃げっ……ってちがっ……あれは
やがて彼は下を向き、悲壮な表情で黙り込んだ。そして、しばらく葛藤した末、何かを決意したように顔を上げる。瞳の奥に覚悟の色が宿っていた。
「
そう言って頭を下げ、両手を差し出した
「
「少し落ち着こうか、
「ほらっ、
その様子を見ていた
「ふぅ……」
軽く息をついた
「
「なんです?」
「なにごと?」
その目は、何かただならぬ事態が起きていることを、子どもたちに黙して伝えていた。
* * *
『 GA歴八十七年 四月二日 時刻不明 』
とある
その目前に、何者かが音もなく現れた。
「……まだ、生きておるか?」
低く、重みのある声に、老人はかすかに目を開いた。
「そ……その声は……
薄れゆく意識を、必死に気力で押し戻しながら、言葉を絞り出す。
「
「今のそなたでは、敵わぬも当然のこと。あやつらは、幾千年にわたり数多の格闘術と武術を取り入れ、独自に昇華させた流派。かつて戦った陰陽道の者に近き力を持つが、あやつらは対妖魔のみに特化し、技を研ぎ澄ませた一族にてある」
「そ……そうでありましたか……。
「他にも手は打っておるが、そなたには長きにわたり仕えてもらうたゆえ、ここで捨てるは忍びぬ」
「で、では……」
「良かろう。ただし、今のそなたを癒しただけでは、太刀打ちできぬ。……致し方なし。新たなる力を授けようぞ」
「……呑まれるでないぞ」
そう呟いた
「……我が力の根源を、ここに」
指先が淡く白い光を帯びはじめる。そのまま手刀を額から離し、正面へと差し出す。
「……我が力の根源よ、真理を纏え」
その声と共に、手刀から白き炎が音もなく噴き上がる。炎の中には金色の粒子が浮かび、幻想的な輝きを放っていた。
大連様はその手刀を、老人の
「……我が力にて、この者の魂と自我の回復を願う」
その言葉が終わると同時に、老人の全身を白い炎が包み込んだ。炎の揺らめきが徐々に静まりゆくにつれ、傷は塞がれ、荒れていた呼吸も静かに落ち着いていく。
「……癒えたようであるな。では、次なる段へ移ろう」
再び手刀を老人の
「……闇に潜みし
白き炎が
やがて、その瞼が鋭く開かれる。
「……我が問いかけに応えし魂よ――ここへ!」
その一喝とともに、
次の瞬間、老人の身体から黒い
「ぐわぁぁぁっ……はぁ、はぁっ……うわぁぁぁぁっ!」
老人は苦悶の声を上げ、激しくのたうち回る。
やがてその苦しみはぴたりと止み、静けさが訪れる。
そして――
老人は、ゆっくりと立ち上がった。だが、その姿はもはや「人」ではなかった。扇風機のような構造を持つ頭部に手足が備わり、
人と妖の狭間にある、未知のものへと変貌していた。
(……融合度、一割といったところか)
「……どうであるか?」
「
「うむ。なんとかなったようであるな。しばしは静養いたせ。くれぐれも、力に呑まれるではないぞ」
「はっ!」
その返答を最後に、
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