第17話

 柊が奥多摩でオーガロードを倒した翌日。騒ぎの鎮静化を待ってのんびり事務作業をしていた柊に、探索者ギルド東日本統括長の武儀山ぶぎやま永信えいしんが面会に訪れた。

 メディアら野次馬の探索者が周囲でざわつく中、カウンター向かいのフリースペースのテーブルの一つに陣取っていた。柊と茜が並び、その向かいに武儀山という布陣である。


「はい、里奈さん特性愛情マシマシ珈琲でーす、どぞー」


 平常運転の里奈が3つの珈琲カップを置いていく。湯気とやや酸味のある香りががやさしく立ち上る


「おい、あれ、鬼の武儀山だぜ」

「日本人初のオーガキラーだったっけ」

「あれで50歳超えてるんだよな。俺よりガタイがいいじゃねえか」


 外野が武儀山に慄く様子が柊にもわかる。

 元探索者だけあって武儀山は厳つい体型だ。慣れない管理業務を長年続けた苦労が額の皴になって表れており、それが体格と相まってかなり迫力がある。加えて日本人では初めて5階まで下りてオーガを斬り倒した探索者でもあった。今まで戦ったモンスターよりも怖いなと柊が感じるほどだ。

 そんな武儀山が相好を崩した。


「柊君、奥多摩でオーガロードを倒したそうじゃないか! しかも一撃で首を跳ね飛ばしたとか。見事見事、がっはっは!」


 武儀山がテーブルを激しく叩くと柊の方がビクッと揺れる。武儀山の言葉に周囲がざわめいた。


「やっぱマジだったのか」

「一撃なんて信じられるかよ」


 周囲の反応はまちまちだ。配信用なのか「武儀山氏の発言は真実なのでしょうか」などの声も聞こえた。


「武儀山東日本統括長。柊が怖がってます」


 額に青筋を浮かべた茜が武儀山を睨みつけた。ひとしきり笑った武儀山はふと真顔になった。


「熊野。ここは本部でもないしめんどいから俺のことはブギちゃんでもいいんだぞ」

「そんな無礼に呼んだことはありませんが」

「柊君もな」

「柊に変な教育をしないでいただきたく」


 武儀山と茜のやり取りを、柊は小さくなって聞いている。武儀山の迫力とオーガロードをの件で褒められたこととそれを公開されてしまったことが原因だ。


「む、いいじゃなかその程度」

「もう東日本統括長なんですから!」

「熊野は固いのぅ」

「一応、人の目がありますので」

「固すぎると婚期を逃すぞ。なぁ柊君」


 急に振られた柊はビクリと背筋を伸ばしたが「ダ、ダイジョウダトオモイマス」と棒読みになってしまった。

 茜がじろりと柊を睨む。


「がっはっは、だそうだぞ熊野」

「東日本統括長?」

「おお熊野は怖いのう」


 肩をすくめた武儀山は柊に向きを変えた。


「でだ柊君。物は次いでだ、フラックも倒してみないか?」

「なにが、でだ、ですか! ついでで相手留守モンスターじゃないでしょう!」

「フラック、ですか?」


 茜は憤慨してテーブルに手をついて立ち上がってしまったが、柊は驚きに目を大きく開いた。周囲はフラックという単語にざわつきを増した。

 知識としては知っているフラック。6階のボスモンスターだ。

 ピエロの恰好をした人型のモンスターだが、身の丈を超える物々しい大鎌を持ち、素早い動きで首を刈るばかりか凍えるブレスも吐く、至極凶悪なモンスターだ。

 世界でも唯一倒したのはインドのパーティだが、フラックの動きを止めるために500人以上の犠牲を出したと聞いていた。アメリカも欧州もトップパーティを全滅させられている。中国は情報を出さないので不明だが、一人っ子政策で若年人口が激減している中で多数の犠牲を出せない国内事情もありフラックにてこずっているという噂も漏れ聞く。


「柊君なら可能だと踏んでいる」


 武儀山がテーブルの上に両手を乗せ柊と茜を交互に見た。周囲は静まり返ってしまった。

 できるはずがないという感情とその先を見てみたいという感情に柊は揺れる。

 でももしかしたらと欲望が首をもたげる。


「柊、真に受けなくていいぞ」


 茜は座りながら真顔でそういった。武儀山は体を乗り出して柊に顔を近づけて囁く。


「君は、強くなりたくはないか」


 悪魔の囁きだが、その言葉は柊の奥を貫いた。

 男子なら一度は思う、強さ。スポーツにしても勉学にしても強くあり勝つことはカッコいいものだ。

 称賛され羨望の眼差しを受ける。心をくすぐられる快感はどんなに甘美だろう、と。

 スライムを食べることでしか迷宮で強くなれなかった柊に、その言葉猛毒は効きすぎた。


「熊野を守ってやってくれ」


 止めとばかりに武儀山の追撃に柊の瞳が揺れる。柊の脳はすっかり麻痺してしまっていた。もうディアルコ除痺も効かないだろう。武儀山にその意思がなかったとしてもだ。


「ま、急ぎではないからゆっくり考えてくれ」


 武儀山が出された珈琲をすすり、立ち上がる。


「熊野、柊君。死なないように頑張ってくれ。里奈ちゃんもおいしい珈琲ありがとうな」


 武儀山がにっこり笑顔を里奈に向けた。探索者時代から気配りには気をつけていたが管理職になってさらに磨かれている。組織は人、というのが武儀山の方針だ。


「今日はありがとうございました!」

「お疲れさまでした」


 柊と里奈が頭を下げるのを手で制した武儀山は、犬猿雉にガードされ、ギルドを後にした。


「あれ武儀山か。すごい存在感だな」

「イーターとは大違いだ」

「かっこいいなぁ」


 武儀山の後ろ姿にかけられる声。柊すらもそう思った。

 強くなりたくはないか。

 武儀山にそう言われ、自分の中で何かが目覚めた感触があった。それが、それまでの鬱憤なのか、生物としての本能なのか。


「茜さん、俺、オークロードを倒します」


 柊の口からは、そんな台詞がこぼれていた。


「柊。別に武儀山の言ったことを真に受けなくてもいいんだ。今の柊は十分強い」


 茜は諭すように語る。

 無茶や蛮勇は必要ない。何かに追い詰められているわけではないのだ。

 強くなりたい気持ちは理解できるが急がなくてもいい。自分のように再起できない怪我はしてほしくない。その思いだけが強くなっていた。


「もっと強くなっておきたいです。茜さんのためにも自分のためにも」


 柊の決意はざわめきにかき消された。柊は立ち上がり珈琲カップを持ち、カウンターへ向かった。



掲示板【もう過疎は過去だ】奥多摩迷宮スレ4【満員御礼】

・嵐にはティルトウェイトの祝福を

ささやき - いのり - えいしょう - ねんじろ!



:フラック討伐の指示キタコレ


:あれを指示とは言わんだろ


:でも東日本統括の偉い人なんでしょ?


:インドで倒すために500人は死んでるんだぞ? 軽々しく行っちゃだめだろ


:もしかして奥多摩時代が来る?


:こねえよ


:しずんどけ


:ひでぇ


:にしても、なんでイーターばかり


:雑魚乙


:コボルトにも勝てないお前よりは強いわ


:なんだとゴルァ


:俺のために喧嘩はやめて!


:キッショ


:ひでぇ


:実際イーターで倒せると思うか?


:あいつのステータスがわからん


:フラックか?


:カーズが暴露?してたぞ


:昨晩のやつ?


:そうそう、ワーウルフ異常種も倒したってな


:嘘くせーな


:もうレベルいくつ相当とかわからんくらいらしいな


:なんだそれ


:HP860


:は?


:なんだそれ


:ポカーンw


:俺の30倍だと?


:雑魚乙


:昨晩のカーズが暴露したステータスがそれくらいだった


:HP860とかイミフ


:これならフラックも行けそうだな


:本当なら、な


:てかそれ人間のステータスなのか?


:フラックは首狩り族ぞ


:イーターも首狩り族らしいぞ


:未開の民族かよ


:もはやモンスターと一緒だな


:てか、フラック狩るなら見に行きたいな


:お前6階まで行けるのか?


:ムリゲー


:フラックを倒したとして証拠はどうするんだ?


:フロアボスは必ずレアアイテムを落とすから、それだろうな


:インドはなんだったんだ?


:盗賊の短刀らしい


:実在したのかよそれ


:噂レベルだけどな


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