第5話
本部に頼んだ救援の僧侶は2時間後に到着し、念のため待機していた。
新人探索者は全員無事が確認されたが、迷宮に2階が出現したことの公表の可否を決めかねていたのでギルド内での待機が続く。
柊と茜はギルド2階の会議室にいた。椅子に座り向かい合う、渋い顔の茜と晴れ晴れとした顔の柊。あまりにも対照的だった。
「迷宮最深部に扉があったこと、スライムキングがいて戦って勝ったことは理解した」
「呪文も使えるようになりました」
「……なんでいきなり中級呪文なんだ、と言いたいところだがそもそもイーターって職業が謎なんだ。何でもありだっておかしくはない」
「それと、これが今のステータスです」
柊が腰の袋からカードを取り出し茜に渡した。茜の瞳がカードの文字を追いかけていく。見終わった茜は椅子の背もたれに寄りかかり、深く息を吐いた。
「すげえあがってるな。これ、レベル60くらいはあるぞ。もしかしたらこれがイーターの真の力かもしれないな」
「……2階が出現したのも、その影響かもしれません」
柊はスマホを茜に渡した。
「これが
スマホには【コボルトキング2/10】の写真が映し出されている。茜の顔が歪む。もしコボルトキングを倒したならば、先ほどと同じように3階が出現するかもしれない。
「迷宮3階はウルフ系だ。ボスはワーウフル。いまの柊のステータスならイチコロなはずなんだがスライムキングが呪文を使ってきたんならこいつも呪文を使えるんだろうぜ。もちろんコボルトキングもな」
茜は柊にスマホを返した。そして口を開くことなく、腕を組んで目を瞑ってしまった。
「いま、本部に指示を仰いでる。スライムだけだったからあたしと里奈のふたりで何とかなってるがコボルトやウルフが出てくるとなると増員しない限りこの迷宮は再開できない」
「俺も待機ってことですか?」
「やみくもにボスを倒し続けて迷宮を深層化するのはよくねえ。せめて準備する時間が欲しい」
「じゃあ、俺が2階の調査に入りましょうか? この迷宮なら俺のステータスが変わらないのか知りたいし」
柊はカードを指で摘まんでかざした。
「通用してくれりゃ一安心なんだが」
柊のステータスは異常ともいえた。さらに呪文も使え魔術師と僧侶の区別もない。職業によって装備できる武具があるのだが柊はどんな防具も装備することができた。コボルトの攻撃など、柊には通用しない。
「……茜さんのためなら」
「へっ、かっこいいこと言ってくれちゃって」
茜は閉じていた眼を開け、へらっと笑った。
「その線で本部と話をつけてみる。どのみち2階の調査はしなきゃなんねえんだ。この迷宮で敵なしの柊が調べてくれたほうが安心できるってもんだな」
パンと手を打ち茜は立ち上がる。その顔は、前向きないつもの茜の顔だ。
「その前にだ、その痴女みたいな服はなんとかしねえとな。柊少年、なかなかいい身体してるじゃないか」
ニシシと下卑た笑みを浮かべる茜の視線に、柊は丸出しのお腹を手で隠した。
足止めしている新人らが不満を持つだろうということで、地下2階に降りる階段を物理的に封鎖した。STが化け物になった柊がギルドから本棚を持ち出し、階段の周りを埋めたのだ。
未成年者ばかりの新人探索者は解放となったが、特に口止めはしなかった。コボルトが主の2階ができたところで探索者が激増するわけもなしと判断したからだ。ただ柊の事は口止めとなった。
助けるために呪文は使ってしまったがスライムキングの件は茜しか知らない。いずれ公表とはなるだろうが今はその時ではない。もう少し調査した上でないと公表はできない。救援に来てくれた僧侶にはお茶菓子を持たせて帰還してもらった。
いまギルドには柊と茜と里奈しかいない。茜は、ギルド本部には資料をまとめるのでそれまで待ってほしいと連絡をしていた。これで時間は稼げるだろ。
柊は事の顛末を詳細にふたりに伝えた。
「丸腰でモンスターに突撃するなんて、茜パイセンが薬をねじ込まなきゃヤバタンだったわけ」
「言い訳のしようもありません」
「何かあって茜パイセンが壊れちゃってダメそうな男に引っかかっちゃったららどうする気だったし」
「里奈、あまり柊少年を弄らないでくれ」
「茜パイセンも弄ってるんですけど?」
里奈の不満が爆発していた。
抱き合うなら迷宮でやってくれこっちはもう3か月もひでりだっちゅーの、と八つ当たりもいいところだったが。彼ピがいるのではなかったのかと柊は思ったが口には出せない雰囲気だ。
「まぁ、とりま? 2階を調査して本部に報告は決まってるんだし?」
「俺が行ってくるよ」
「柊少年だけじゃ心配だ」
「茜パイセン、そこは過保護にしちゃダメだし」
「むぅ」
茜は珍しく口を尖らせた。柊がボロボロで帰ってきたことが頭から離れず、不安でいっぱいだった。過去の自分が重なるのだろう。
「俺のステは見ましたよね? コボルトくらいなら攻撃されてもさしたるダメージは受けませんよ」
「しかし」
「防具はちゃんとつけていきます。それなら茜さんの心配もなくせますよね?」
「むぅ」
「茜パイセン、幼児退行しちゃってるし受ける、って受けないし!」
会議は踊りまくって今は盆踊りだ。少々道が外れてしまったので柊はコホンと咳払いをして切り出した。
「茜さんと里奈さんはギルドにいてもらわないと困ります。明日は迷宮を開くわけですよね? おふたりがいないと開けないですよね?」
「茜パイセン、あきらめるし」
「俺、信頼ないですか?」
柊は茜を見つめた。
「……仕方ない、調査は柊に任せよう。ただし、ヘッドカメラをつけて録画してくれ。報告資料に添える。他迷宮の2階との比較もしやすいだろう」
茜は腕を組んで背もたれに体を預けた。
「茜さん、カメラは?」
「あたしの部屋にある。あとで取りに来てくれ」
「茜パイセン、ギルドの壁は薄いからね? 音漏れには気を付けてね? 上司の喘ぎ声なんて聞きたくないからね?」
「勘違いさせるような発言は慎んでくれ」
「かーッ、どこの口がそういいやがりますかぁぁ!」
里奈の大噴火で会議は終わった。
柊が休憩と準備をすれば時刻はもう夕方を過ぎていた。柊の武装はショートソードとなった。使い慣れないロングソードよりは短く軽いショートソードのほうがよかったからだが、フロアボスが1階にいることもあった。スライムしかいない1階同様、2階もボスはいないという推測もある。
「馬子にも衣裳とはよくいったものだ」
「上下ジャージで革のブレストとヘッドカメラに武器とか、似合わないの極致では?」
「柊が来てれば似合うものだぞ?」
「そうですか?」
満足げに頷く茜に、柊はまんざらでもない顔をした。これにカンテラも持つのである。統一感のない装備だ。
「おいだれか、このふたりのとどめを刺しやがれ!」
迷宮への階段口で里奈だけが騒いでいた。
柊はカンテラを手に階段を下りていく。やばいと思ったらすぐに引き返すんだぞ、という茜の言葉を背に、闇に潜っていった。
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