第29話

「玉を打ち出す火薬は大きく分けて三つの材料が必要だ。一つは枯れ過ぎていない灰木をさらに焼いて作った炭。もう一つは焔硝。そして最後の一つが硫黄だ。特に硫黄は白砂が混じっていない赤か黄色のもので堅ければなおさらいい」


 そこまで話すと宗鉄は胴乱の中から火薬入れを取り出し、ウィノラの掌の上に粒子の粗い火薬を少量だけ零した。


「今言った三つの材料を正確に計量し、薬研で荒くおろした後に石臼で突き合わせて細かくすれば完成だ。最後にはそのような形になり、火を点ければたちまち爆発する。鉄砲はその衝撃を利用して鉛の玉を飛ばすんだ」


 う~む、とウィノラは顎先に手を添えて唸った。


 改めて聞くと異世界の技術には心底驚嘆させられる。


まさか鉛を飛ばしていたとは露にも思わなかったが、それならばあの金属の鎧すらも破壊した威力にも頷けた。


 と同時に、やはりそれに見合うだけの手間や特別な材料が必要なことにも納得した。


 鉛ならば鍛冶師のゴン爺に頼めば手に入れられるはずだ。


それにもしかするとゴン爺ならば鉄砲の玉すらも完璧に作ってしまうかもしれない。


 ただ、三つの材料が必要だという火薬ばかりはどうにもならないだろう。


 灰木をさらに焼いて出来る炭ならば簡単に手に入るだろうが、残り二つの焔硝と硫黄という材料は見たことも聞いたこともない。


もしかすると外の世界には存在するかもしれないが、残念ながらそれを確かめる手段がなかった。


唯一、外の世界との繋がりであった行商人のガンズは他でもない件の盗賊団に命すらも奪われたからだ。


「すまない。どうやらわたしでは手助けをできそうにもないな。だが、鉛だけでも手に入るように鍛冶師であるゴン爺に頼むことくらいはできるが」


「何? この集落には鍛冶を嗜む人間がいるのか?」


「当然だろう。わたしたちが腰に差しているナイフはすべてゴン爺の手によるものだ。ゴン爺の腕前は凄いぞ。その気になればどんな物でも作ってしまう。まあ、さすがにお前の鉄砲とやらは作れないだろうがな」


「いや、それでもいいから紹介してくれないか? 火薬はまだ大分残っているが、肝心の鉛玉が残り少なかったんだ」


 ぱあっと表情を明るくさせた宗鉄は、早速ウィノラに鍛冶師の場所まで案内してくれるよう頼んできた。


無論、ウィノラ自身も断るつもりはない。


が、その前にウィノラは訊いておきたいことがあった。


「救世主殿、以前にわたしが言った頼みごとは覚えているか?」


 一拍の間を置いた後、宗鉄は首を縦に振った。


「覚えているとも。確か俺の力を貸してほしい云々と言っていたな。だがそれはこの集落を例の盗賊団から守ってほしいということではないのか?」


「それもある。しかし、わたしの願いはまた別のことだ」


 そう言うなりウィノラは湧き水が溢れていたオアシスから遠ざかり、椅子の代わりになった平らな岩の一角に腰を下ろす。


すると意図が通じたのか、宗鉄もウィノラの隣にあった平らな岩にちょこんと座った。


「わたしの願いは部族の仇を討つこと。十二年前、わたしの部族であったアンカラ族を根絶やしにした憎き仇を」


 それからウィノラは、込み上げてくる怒りを必死に抑えながら宗鉄に事情を話した。


 十二年前に部族を襲った連中は数人でありながらも驚異的な戦闘能力を有し、女や子供に至るまで容赦なく皆殺しにしたこと。


  その中でもウィノラの家族を殺した人間は全身に漆黒の外套と頭巾を被っていたせいでどんな人間なんか不明だということ。


 ただその中でも鮮明に記憶に残っていることは、頭巾の切れ目から覗いていた瞳の色が左右とも違う色だったということ。


 一通り話し尽くしたあと、今度は宗鉄がこめかみを掻きながら渋面になった。


「大体の話はわかった……が、その部族の仇討ちに俺が役に立つとは思えんな。それに左右の瞳の色が違うということがわかっているのならば、いつまでもこんなところで燻ってないでさっさと探しに行けばいいだろう?」


 それが簡単に出来れば誰も苦労はしない。ウィノラは唇を尖らせて強めに言った。


「ともかく、一度はわたしの願いを承諾したんだ。ならば、是が非でも仇討ちに付き合ってもらうぞ。どのみち、お前らが元の世界に帰られるのは十五年後だ。時間はたっぷりとあるだろう?」


 ただし、確実に帰ることができるかは甚だ疑問だったが……。


 などと心中で思ったときである。


「ちょっと待って。ウィノラの仇を探すよりも先に〈シレルタ〉を探しましょう。そうでないと本当にウィノラの踊りでこっちの世界に導かれたのかわからないのよ」


 宗鉄は耳元で怒鳴るエリファスに面倒臭そうに視線を向ける。


「またそれか。何度も言ったが何の手掛かりもなしに一体どうやって見つける?」


 その言葉を皮切りに、たちまち宗鉄とエリファスは口論になった。


すぐ隣で傍観していたウィノラは、聞き耳を立てなくとも口論の内容を余すことなく理解できた。


 どうやら口論の元凶は〈シレルタ〉という例の魔道具についてらしく、草の根をわけてでも探したいと言い張るエリファスに宗鉄は断固として不可能だと反論している。


 そんな二人を傍で見ていたからこそ、ウィノラはこの不毛な争いを一刻も沈静化させようと行動を起こした。


 ウィノラは自分の影に向かって相棒の名前を呟く。


「クアトラ」


 直後、ウィノラの影からクアトラが姿を現した。まずは頭部をひょっこりと出し、その次に一気に跳躍して地面に降り立つ。

 相棒であるクアトラを召喚したウィノラは、次にクアトラの頭を優しく撫でながら何か特殊な言語を発した。するとクアトラは頓狂な鳴き声を発して己の影を見る。

 次の瞬間、

「ああああああああ――――ッ!」


 つんざくような奇声を発したのはエリファスであった。


 無理もない。クアトラが鳴いたと同時に、クアトラの影の中から銀色とも鈍色とも見て取れる半月状の物体が姿を現したのだ。


まるで、汚泥の中に沈んでいた物体が独りでに這い上がってきたように。


「ウィノラ……これは一体?」


 疑問の声を上げた宗鉄を横目に、クアトラの影の中から浮かび上がってきた半月盤を拾い上げたウィノラは、宗鉄に顔を向きなおして平然とした表情で言う。


「ん? もしかしてまだ言っていなかったか? 大地の精霊の一種であるクアトラは己の影の中に様々な物を沈められることを」


「初耳だ!」


 近距離で怒鳴り声を上げられたウィノラは、咄嗟に半月盤を持っていない方の手で片耳を塞いだ。


「そんなに怒らなくてもよいだろう。きちんと説明しなかったことは謝るが、そんな暇がなかったことも事実だ」


 そうである。


この数日というものの、宗鉄とエリファスを筆頭に様々な危機的事態が集落を襲った。


しかもその内の一つは本当に集落を襲われたというのだから堪らない。


「ともかく、お前たちが言い争っているその〈シレルタ〉とはこれのことだろう? 〈アスラ・マスタリスク〉を行った直後に地面に落ちたからほぼ間違いないと思うが……」


 そう言ってウィノラは半月盤――〈シレルタ〉を手前にいた宗鉄に手渡す。


だが、宗鉄は〈シレルタ〉を渡された後も怪訝そうに首を傾げるばかり。


「う~む、やはりこのような物に見覚えはないな。おい、エリファス。やはりお前の勘違いなのではないか?」


 宗鉄は首を傾げたまま〈シレルタ〉をエリファスに見せつけるが、〈シレルタ〉について最も詳しかったエリファスはなぜか大きく目を見張りながら固まっていた。


 しばしの沈黙が続き、不意にエリファスは口を開いた。


「それ……割れてるんですけど」

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