第24話
「お頭、見えてきましたぜ!」
部下の一人が発した猛々しい言葉がドゥルガーの耳朶に響く。
「懐かしいな、数ヶ月ぶりか」
普通のユニコーンの倍ほどもある巨躯なユニコーンに跨りながら、身体各所に金属の鎧を着込んだドゥルガーは視界に入ってきた集落を見て呟いた。
ピピカ族の集落は他の集落とは違って自然と人工物を巧みに生かした要塞だ。
巨大なグラナドロッジの麓に人間が住まう住居を密集させ、その周囲を切り取ってきた大木の柵で囲んでいる。
しかも念入りなことに柵の下には湧き水の通り道を掘り、一日中その堀の中に水が流れているように工夫されていた。
おそらく、これは外の人間が与えた知恵に違いない。
柵の役割を果たしていた大木の下に水の通り道を掘っておけば、集落に近づいてくる猛獣などは堀に足を取られて一切入ってこられない仕組みだ。
またこれは盗賊たちから集落を守る役割を十分に果たす。
「どうします、お頭? 以前と同じく正面突破しますか?」
「決まっているだろう、迷うことなく正面突破だ! いくら頑丈な柵を作ったところで連中は閉じ篭っている蟻の集団に過ぎん!」
頭目であるドゥルガーが携えていたロング・クロスボウを高々に上げると、厳つい面をした部下たちは雄叫びを上げながら集落に突貫していく。
だがそれも束の間、武装した数十人の部下たちは入り口の扉の前で一斉に立ち止まり、立ち往生を余儀無くされた。
それはドゥルガーも同じだった。
鉄兜に開けられた穴を通して、前方に見えてきた異様な光景に眉根を寄せつける。
ドゥルガーは苛立たしく舌打ちした。
集落の正面入り口に辿り着いたものの、盗賊団は一様に強力な足止めを食らった。
無理もない。
集落の正面入り口の扉は、以前とは比べ物にならないほどの頑丈な造りの扉に代わっていたからだ。
それでも材料は金属製ではなく木製である。
普通ならば何人かの人間で強引に蹴れば木製の扉など簡単に破れるのだが、目の前にそびえている扉はどう見ても普通の扉ではなかった。
複数の丸太を丈夫な太縄で何重にも巻きつけ、念入りなことに荒縄と丸太の間にはアブグアの蜜を塗って接着力を高められていた。
アブグアの蜜は一旦水に溶かして乾かすと炎で炙っても溶けないという有名な蜜であり、最近では建築技術でも活用されるほどになったコンディグランド原産の接着材料である。
「くそっ、蟻共が余計な知恵を身につけやがって!」
部下の一人が唾を吐き散らすほどの怒声を発し、扉の表面を短剣の柄で殴りつけた。
それでも扉はびくともしない。ただ表面が小さく傷ついたのみ。
「どうします、お頭。この扉を破るには相当な時間がかかりますぜ」
正面扉の前で立ち往生を余儀なくされた盗賊団たちは、これからの指示を仰ごうと頭目であるドゥルガーを見る。
ドゥルガーは跨っていたユニコーンから降りると、正面入り口の扉に歩み寄った。
扉に歩み寄ったドゥルガーはおもむろに固く握り締めた拳を扉の表面に叩きつけた。凄まじい轟音が周囲に響き渡る。
しかし、それでも扉を破壊するには至らない。
小さく凹んだ部位を食い入るように見つめたドゥルガーは、やがて部下の顔を見渡して指示を出す。
「ユニコーンの身体に縄をつけて扉を破らせろ。ユニコーンは死んでも構わん」
ドゥルガーが静かな口調で告げると、部下たちは一様に頷いて迅速に動き始めた。
乗ってきたユニコーンの中でも巨躯な身体をしているユニコーンを選別すると、そのユニコーンたちの身体を縄できつく締めつける。
そしてユニコーンの尻を短剣で突き刺し、頑丈な正面入り口の扉に頭から激突させた。
すると扉はぐらぐらと大きく左右に揺れ、強引に破れる感触が十二分に感じられた。
それから何度その行為をユニコーンたちに繰り返させただろうか。
突貫役に選んだ十頭のユニコーンすべてが頭部から大量の鮮血を噴出して絶命する頃には、正面入り口の扉には惨たらしい血痕と巨槌で何百発と打ち叩いたような痕跡が残されていた。
ドゥルガーは背中に吊るしていたロング・クロスボウの止め具を外すと、常人には持つことさえも敵わない重量のロング・クロスボウを両手で持った。
十頭のユニコーンを潰しても入り口の扉は完全には破壊できなかった。
だがドゥルガーを始め、武器を携えた盗賊たちは一斉に扉に向かって走り出す。
完全に破壊できなかったものの、扉の横には人間が通れるほどの隙間が生まれていた。
それだけで十分である。
場慣れした盗賊たちにとって、身体が入り込める隙間さえあればどこだろうと入り込む。
それが仕事ならばなおさらだった。
まずは身体が小さい者から順に集落の中に入り、巨躯だったドゥルガーは用心も兼ねて最後の組に加わって集落の中に入る。
「ほう……これはこれは」
集落の中に入るなり、ドゥルガーは首を柔軟に動かして周囲を見た。
さすがにあれだけ騒げば集落の人間も黙っているわけがない。
現にピピカ族の戦士たちは弓矢を構えながらドゥルガーたちを扇状に取り囲み、盗賊たちはまたもや立ち往生を余儀なくされてしまった。
「さすがに二度も襲撃されれば一筋縄ではいきませんか」
そっと小声で話しかけてきたのはゴンズだ。
「そうだな。それに人数も向こうの方が倍近い。これでは普通ならば勝ち目はないな」
ドゥルガーが口元を歪ませながらそう言うと、ゴンズはこくりと首を縦に振った。
「ええ。普通の盗賊ならば一巻の終わりでしょうな。普通の盗賊ならば」
五十以上の弓矢に狙われて硬直している盗賊団に向かって、一人のピピカ族の若者がよく通る声で告げる。
「貴様らは完全に取り囲んだ! さあ、どうする? このまま大人しく逃げ帰るのならば見逃さないこともない! だが、拒むのならば全員このまま蜂の巣になるぞ!」
若者の一声で五十人ほどの弓矢を携えた人間たちは弦を引き絞った。
さすがに五十の弦を引き絞る音は耳障りである。これだけで普通の盗賊団は一目散に逃げ出すことだろう。
「くくくく……」
五十の弓矢に狙われながらも、ドゥルガーは喜悦の声を漏らした。
「なるほど、以前の教訓が実に生かされているな。今度は接近戦に持ち込まずに遠距離からの狙撃に頼るか」
ドゥルガーは仲間の間を優雅な歩みで突き進んでいく。
そして群れの中からはみ出すや否やぴたりと歩みを止め、言葉を発したピピカ族の若者に視線を向けた。
「勇敢なピピカ族の戦士たちに問う! お前らは俺たちの名前を知っているか?」
一呼吸の間を置いて言葉が返ってくる。
「無法者の名など知りたくもないわ! それよりもどうする? もう二度とこの集落に現れないと誓うならば慈悲を与えてもいいぞ!」
若者の忠告を聞いてドゥルガーは噴出しそうになった。
何と甘い連中だろう。二度の襲撃を受けてまだ相手に慈悲を与えるつもりとは。
「そうか、俺たちの名は知らぬか……ならば教えてやる。俺たちは〈フワンダの赤蠍〉。お前たちを根絶やしにする者だ!」
突如、ドゥルガーはロング・クロスボウを水平に構えて矢を放った。
人力で弦を引き絞って矢を放つ弓矢とは違い、ロング・クロスボウから放たれる矢の威力は射程も威力も一線を画す。
その証拠にロング・クロスボウから放たれた矢は不気味な風切り音を奏で一人の人間の腹部に深々と突き刺さった。矢に射抜かれた人間は悲鳴を上げることもできずに後方に倒れる。
「き、きまさらあああああ!」
仲間を殺されたことで激情したピピカ族の戦士たち。一方、戦の火蓋を切ったドゥルガーは振り向かずに部下に指示を高らかに出す。
「戦だぞ、お前たち! どいつもこいつも皆殺しだ!」
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