第21話

 長い一日が終わり、再び長い一日が始まる。


 それはコンディグランドも例外ではなかったが、夜明けからたった数刻で殺人的熱を放射する陽光が降り注ぐのは、シャーセイッド大陸内でもここコンディグランドしかない。


 そのためグラナドロッジの日陰で涼んでいた総勢四十人ほどの一団は、見るからに気だるげな様子で早めの朝食を黙々と取っていた。


 現在は無地のシャツやズボンを着用していたが、有事の際にはその上から砂色の頭巾や外套を羽織る人間たちは、どこからどう見ても堅気の人間には見えない。


 顔中に走る裂傷など当たり前、中には片耳や片目が潰れている人間も見受けられた。


 〈フワンドの赤蠍〉。


 それがエンペレウス地方を中心に活動していた、彼ら盗賊団の通り名だった。


 そして黙々と朝食を取っている人間たちの間を足早に通り過ぎ、やや離れた場所に建てられていたテントに向かう人影があった。


 分厚い生地と頑丈な木材を組み合わせて作られたテントの入り口までやってきたその人影は、見張り役である二人の護衛を無視してテント内に足を踏み入れる。


 テントを訪れたのは副頭目のゴンズであった。


 一本の毛も生えていない見事な禿頭に、伸ばし放題にした無精髭。


 体格は他の人間たちよりもやや華奢だったが、一味の中でも卓越した剣術を身につけている最古参の一人であった。


 年齢は三十代前半とまだ若いが、幾多の修羅場を潜り抜けた強者の証である傷が顔中に刻まれている。


「失礼します」


 そう言いながらテント内に入ったゴンズは、テントのほぼ中央の位置で木製の椅子に座っていた一人の男に恭しく頭を下げる。


 だが一遍の光も入り込まないように工夫されているテントと目元を覆う兜のせいで、椅子に座っている男の顔までははっきりと視認できない。


 それでも副頭目であるゴンズはまったく意に介しない。


 この男は部下の手前だろうと極力素顔を晒すのを拒むのだ。


 盗賊団〈フワンドの赤蠍〉の頭目である、ドゥルガーという男は。


 無論、ゴンズはドゥルガーの素顔を知っているが、一味の中にはドゥルガーの素顔を未だに見たことがない人間も多い。


 それを不服と思うか否かは本人次第であるが、〈フワンドの赤蠍〉に組する人間は基本的に他人の素性などには無頓着な人間が多かった。


 なぜなら〈フワンドの赤蠍〉を名乗る盗賊にとって、すべては『いかに楽をして稼げるか』に活動動機が集約されるからだ。


 だからこそ、多くの団員たちはドゥルガーの素顔にも興味がなかった。


 たとえ素顔を見せない男が自分たちの頭目だろうと、楽をして稼がせてくれるのならば異存はない。


 ゴンズもそんな考えを抱くうちの一人だった。


 目の前に座っているドゥルガーがどんな人間であろうと、圧倒的な武力を持っていることは違いない。


 そんなドゥルガーを頭目に選んだからこそ、発足してたった十数年でエンペレウス地方中に名前が轟くほどの盗賊団に成り上がったのだ。


 一声かけてテント内に足を踏み入れたゴンズは、足を組み替えて座っているドゥルガーに歩み寄った。


 やがて立ち止まり、片膝をつけて低頭する。


「朝っぱらから何のようだ?」


 静かに、それでいて威厳のある低い声がゴンズの耳朶を打った。


 その声はまるで猛獣の囁きの如し。


 もしも野生に生息している猛獣が人語を話すようになったら、おそらくこのような声を発することだろう。


 手製の椅子に両足を組みながら深々と座っていたドゥルガーは、四十代とは思えないほど若々しい肌と肉体を持った巨漢であった。


 重ねた年輪を物語る皺はほとんどなく、動き難い印象も皆無。


 逞しく盛り上がった筋肉は見せかけではなく、戦闘用に効率よく鍛えられた迫力があった。


 また、そんな頑強な肉体には大小無数の痛々しい傷が刻まれている。


 相貌も目元を隠す兜を被ってはいるものの、火で炙られたかのような蓬髪は肉食獣の鬣を想起させるほど似合っていた。


 まさに人間の知能と猛獣の凶暴さを兼ね合わせたような生物だ。


「はい。今日の仕事について最終確認をと思いまして」


 ゆっくりと顔を上げ、ゴンズはドゥルガーに意識と視線を向ける。


「相変わらず律儀な男だ。仕事の度に打ち合わせを所望するなどお前ぐらいだぞ」


「わかっています。ですが、やはり仕事の際は念には念を入れて臨むべきです。特に今回のような相手には綿密な打ち合わせも必要かと」


 抑揚のない口調で意見したゴンズに、ドゥルガーは含みのある苦笑で返事を返す。


「確かにお前の言うことも一理ある。これまでの仕事と違って今回は不意打ちではなく真っ向からの襲撃だ。他の盗賊たちが聞いたら盗賊にあるまじき行為だと罵るだろうな」


 そう言うなりドゥルガーは、口の端を吊り上げなら優雅に足を組む。


「そこまでわかっているのならば、やはりここは念入りに打ち合わせをするべきです。それに襲撃決行が昼というのもあまり納得がいきません」


 本来、盗賊は人々が寝静まる夜にこそ活動する。


 漆黒の闇に紛れれば正体がばれず、襲撃相手も油断している可能性が高いからだ。


 しかし、目の前にいるドゥルガーは違った。


 今回の仕事に限っては襲撃時間を昼のみと限定し、しかも真っ向から堂々と襲撃すると言い出したのだ。


 これには当初、ゴンズや他の団員たちも首を捻って戸惑った。


 闇に生きる人間たちの代表格であった盗賊団が、堂々と真っ昼間から標的を襲撃するなど前代未聞である。


 しかも相手は地方に商品を売り歩いている行商人ではない。


 ゴンズの意見を聞いたドゥルガーは、依然として笑みを作ったままゴンズを直視する。


 その瞬間、ゴンズはごくりと生唾を飲み込んだ。


 ドゥルガーから発せられている雰囲気にはある種の威厳が漂っており、並みの人間ならば気を失いかけるほどの重苦しい圧力が感じられる。


 ドゥルガーは鼻先にまで垂れていた前髪を弄りながら言葉を吐く。


「ゴンズ、お前は誰よりも優秀な男だ。他の人間よりも常に先を見通し、綿密な計画を幾通りも立案する器量は尊敬に値する……だが、今回の仕事は事前に伝えていた通り、真っ向から昼間に襲撃する。一切の変更はない」


「ですが……」


 さらに意見を言いたかったゴンズだったが、それはドゥルガーが突き出してきた右手によってピタリと制止された。


「そう心配するな。今回の仕事もいつもと同じようにやればいい」


 その言葉を聞いてゴンズは押し黙った。


「わかりました。では、結構はいつにします?」


 ドゥルガーは前もって考えていたのか即答する。


「連中の寝ぼけが完全に覚める前にだ」

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