【完結】その複製人間、史上最強につき ~世界を救った大魔法使いの複製人間の俺、使い魔のツンツン美人メイドと訳あってハードライフしている~

岡崎 剛柔(おかざき・ごうじゅう)

プロローグ

 そこは広大無辺な赤茶けた荒野であった。


 地平の彼方まで続いている大地には動植物の姿は一切見られず、砂礫を含んだ砂嵐が幾つも縦横無尽に荒野を通りすぎていく。


 不意に荒野を恐ろしいほどの強風が襲った。自然現象の産物とは思えないほどに激しく吹いた強風に乗って、幾つもの物体が宙空に飛んでいった。


 人間、そして魔族である。


 白銀や漆黒、鉄錆色の甲冑を纏った人間たちが風に煽られた草花の如く飛んでいき、また異形の姿をした魔族の群れも風に煽られて飛んでいく。


 そんな荒野の中に蠢く巨大な影が存在していた。


 腹の底から発せられる雄叫びはそれだけで大地を揺るがし、鉄よりも遥かに強固な硬度を誇る胴体は艶やかな光沢を放つ鈍色であった。


 ずるずる、と引きずるように胴体をくねらせていたその姿は、まさに蛇であった。


 だが、その蛇は常識を遥かに逸脱した存在だった。


 退化しているのか必要がないのか、ピタリと閉じられている双眸の下には一噛みで山岳を切り崩せるくらいの鋭利な歯が槍のように尖っており、漆黒の翼が計十二枚、背中の部分から雄々しく生え出ていた。そしてその大きさたるや、頭の部分から尻尾の付け根まで入れると実に数十キロメートルは確実にあっただろう。


 直立すれば遠く離れた場所からは何かしらの塔に見えるかもしれない。


 魔王ニーズヘッグ。


 人間と数百年争っていた魔族たちの王でもあり、この世に突如として出現した大敵である。


 この魔王の出現により、人類は未来に絶望した。


 それでも今まで何とか魔族と互角の戦いができたのも、各国の魔術師たちが気の遠くなる戦いの果てに獲得した秘術――精霊魔法のお陰だった。


 その精霊魔法を使う幾百、幾千の魔術師たちは勇敢にも魔王に立ち向かったが、そのほとんどは魔王の圧倒的な力に敗れ去り帰らぬ人となった。


 そして魔王ニーズヘッグがこの世に出現して数ヶ月後には、人間側の死傷者はゆうに四桁を越えた。貴重な人材であった魔術師もこの中に多数含まれ、着実に人類は確実に破滅に向かって歩いていた。だが、一人の人間により人類の未来が懸かった凄惨な戦いにも終止符が打たれることになった。


 人間や魔族の死体で埋め尽くされている荒野の中で、魔王ニーズヘッグは暗色の空に向かって大きく口を開くと、空気さえもすり潰す轟音とともに口内から巨大な炎の塊を吐き出した。


 大海さえも沸騰させるほどの威力が込められていた炎の塊は、何もないはずの上空に向かって炎粉を撒き散らしながら突き進んでいく。


 瞬間、ニーズヘッグが雄叫びを上げたかと思うと、上空に吐き出された炎の塊が爆裂四散した。


粉々に飛び散った炎の欠片は、儚く散り舞う花びらのように荒野に降り注ぐ。


 ニーズヘッグはその閉じられた双眸を上空に合わせていた。見えないはずの視線の先には黄金色に輝く光が浮かんでいた。


 ニーズヘッグはその光に向かって炎を吐き出したのだが、ものの見事に撃ち落されたのである。


 上空に浮かんでいた黄金色の光の中には、男が一人存在していた。背中まで届く漆黒の長髪をなびかせながら、男は眼下にそびえるニーズヘッグを睥睨している。


 逆にニーズヘッグは口内に再び炎を溜めて第二波の準備に入っていた。先ほど放った炎よりも強大な力の波動を細身の男は肌で感じ取った。


「光嶺より来たりし聖神の壁。我を守護する御盾となれ――」


 男は朱色の唇を動かすと、精霊魔法を発動させるための詠唱言霊を紡いでいく。


 二つの強大な力の波動により大気がビリビリと振動する。連動するように、大地さえも人間が立っていられないほどの強震を引き起こした。


 その中で先に攻撃を仕掛けたのはニーズヘッグであった。


 軽く反らせた頭部を前に突き出すようにして、口内から上空に浮かぶ男に向かって炎の塊を吐き出した。


 しかし今度は一つではなかった。


 放たれた炎の塊は時間差に吐き出され、三つの炎の塊が男に襲い掛かる。


 男は身体に纏った黄金色の光を拡散させてこれを回避する。だが先ほどの炎よりも速度と威力が込められていた炎の塊を回避するのは並大抵のことではなかった。


 全身を覆い尽くす膨大な魔法力により上空を自由に飛行していた男も、ここ数日のニーズヘッグとの激戦により精神力、体力、魔法力ともに揺らぎが出始めていた。


 続けざま二つの炎の塊を回避することに成功した男だったが、最後の炎の塊は回避が間に合わず身体に直撃した。


 大気を揺るがすほどの爆発音が鳴り響いた。


 数千度はある超高熱の炎の塊を受けて平気な人間などはいない。たとえ強大な魔法力で作った結界を張っていたとしても、炎の余波を受けては火傷程度では済まない。


 それほどニーズヘッグが放つ攻撃は桁が違っていたのである。


 ニーズヘッグは爆煙に包まれている上空を凝視しながら雄叫びを上げている。


 言葉という表現手段を持たないニーズヘッグにとって、腹の底から湧き上がる雄叫びこそが相手に自分の意思を伝える唯一の手段であった。


 その雄叫びが言っている。


 ――お前は本当に人間なのか、と。 


 やがて霧散するかのように上空の爆煙が晴れていくと、そこには依然として黄金色に輝く光が浮かんでいた。


 男は両手をニーズヘッグに突き出すような構えを取っていた。


 両手の前には巨大な四つの十字架の形を模した結界が張られており、その四つの十字架のうち三つには所々に激しい亀裂が生じていた。


 瞬時に防御結界を張ったとはいえ、男は炎の余波により全身が真っ赤に焼けて大火傷を負っていた。自身の肉の焼ける匂いに顔を歪ませながらも、男はさらに高度な詠唱言霊を発動させる。


「天上業火の偽火の炎、明鏡神水の流れぬ宿身。八卦動じぬ我の魂魄、唱え歌うは異界の調べ――」


 男が詠唱言霊を繋いでいくと、結界の役割をしていた四つの十字架は霧散して別の形状へと変化していった。


 暗闇が支配していた荒野の上空に、一筋の光線が出来ていた。


 しなやかな曲線を描いていた光線は、横に寝かされた巨大な光弓であった。


 男は全長数百メートルの巨大な光弓を魔法力で形成すると、先端から伸びている光の弦を両手で持って自分の身体ごと後方に飛行して振り絞る。


 極限まで弦を引いていた細身の男だったが、肝心の矢が見当たらなかった。


 大地にどっしりと根を下ろしているニーズヘッグに向かって、男はただ弦だけを引き絞っている。


 ニーズヘッグは怒り狂ったが如き咆哮を上げるや、背中に生えていた十二枚の翼を羽ばたかせた。


 その度に荒野は強風に煽られ、無数の人間や魔族の死体が上空に飛んでいく。


 ニーズヘッグの漆黒の羽は、細身の男に対抗するようにその形状を変えていった。


 最初は鳥の翼の形を模していた漆黒の翼も、今では一掻きで上空にすら爪痕を残せるほどにおぞましく変化した猛獣の爪の形になっていた。


 その姿を遥か上空より見下ろしていた男は、大きなため息をついた。


「お前たち魔族が生きていく場所は陽の当たるここじゃない。帰りな。もっと薄暗い地獄の底へ」


 細身の男のつぶやきとともに、引き絞っている弦の中心に巨大な矢が出現した。


 ニーズヘッグが口内から吐き出した数千度の高熱球よりも遥かに圧縮された〝炎の矢〟は、触れるものすべてを溶解しつくす圧力が感じられた。


 無数の火花が弾け、眩い閃光が迸る。


 細身の男が振り絞っている巨大な光弓の周囲を灼熱と静電気が覆いつくしていく。


 結界を解いたにもかかわらず、最大級の詠唱言霊を唱えるこの瞬間は並みの魔術師数百人分の魔法力が滞留していた。


 ニーズヘッグは巨大なうねりを生じさせる胴体を大地に叩きつけながら、爪に形状を変化させた十二枚の翼を男に向かって突き出していく。


 同時に、その巨体も天を切り裂いていくように男に向かって伸びていった。


 しかし男は動じる様子を見せなかった。動じる必要など男にはなかったのである。


 何故なら、もうこれで長かった戦いが終結を迎えるからだ。


 男は静かに両目を閉じると、冷静に詠唱言霊を繋いでいく。


「煉獄森羅の狭間の神刃。我、ここに放たん――アルテイト!」


 男が引き絞っていた弦から両手を離すと、離された弦の反動に乗って〝炎の矢〟は一気に加速しながらニーズヘッグに向かって放たれた。


 大宇宙から地面に下降する流星を連想させる〝炎の矢〟は、吸い込まれるようにニーズヘッグの額の部分に突き刺さった。


 唯一の弱点であった額を最大級の精霊魔法で貫かれたニーズヘッグは、猛々しい雄叫びを上げながらもがき苦しんだ。


 苦しさと痛さでニーズヘッグが胴体を地面に叩きつけるたびに半径数十キロが強震に襲われたが、膨大な魔法力で天空を飛翔している細身の男には関係なかった。


 上空数百メートルの位置で、男は魔王の最後を見届けている。


 ニーズヘッグはひとしきり暴れまわると、嗚咽にも似た雄叫びを上げて広大な大地にその巨体をどっしりと預けた。


 特大の強震が沸き起こり、この世界そのものが揺れ動いたかにも思われたが、これで人類が救われたのなら安いものであった。


 この瞬間、人類を破滅に導く魔王は死んだのだ。


 その証拠に、全長数十キロメートル以上はあったニーズヘッグの巨体が徐々に石化していった。そしてその全身には無数の亀裂が走り、粉々に砕け散っていく。


 その様子を上空から眺めていた男は、最後の詠唱言霊を唱え始めた。


 先ほどニーズヘッグに放った攻撃系に属する精霊魔法ではない。もう二度と魔王がこの世に現れることがないように祈りを込めた、封印系に属する精霊魔法であった。


「天地開闢幾星霜。霊魔の笛に導かれ、集いし魂を彼の地に運べ――アンテリオン」


 男は胸の辺りで両の掌を優しく重ねた。


 すると、ニーズヘッグの成れの果てであった幾千の欠片は光の粒子に導かれ、世界中にちりじりに拡散していった。


 やがてすべての欠片が世界中に飛んでいくと、男の眼下にはニーズヘッグの姿は文字通り欠片も残ってはいなかった。


 そしてニーズヘッグを封印した今となっては、他の魔族たちも消滅するか石化している頃だろう。


 魔族を統べる王の死は、それほどまでに眷属に影響を与える存在なのである。


 男は突風が吹き荒れている上空にて安堵の息を漏らした。


 攻撃系最強の精霊魔法アルテイト。


 封印系最高の精霊魔法アンテリオン。


 この二大精霊魔法を発動させた男には、もはや砂粒程の魔法力も残ってはいない。


 これで自分の役目はすべて終わった。


 不意に男の身体を纏っていた黄金色に輝く魔法力が消失した。男の身体は地面に向かって落下していく。


 全身に纏わせていた魔法力が消失すれば、その恩恵を受けていた人間は羽を失った鳥のように地面に落ちるのみであった。


 落下の最中、男の顔には死の恐怖ではなく満足な笑みが浮かんでいた。


 ――これでいいんだ。これで……。


 すべての魔法力を使い果たした男は、消えかけていく意識とともに瞼を静かに閉じた。


 同時に、この世に生きるすべての人間たちに願いを伝えた。


 どうかこれからは平和な世の中を作って欲しい、と。


 それが、〈ア・バウアーの聖痕者〉と呼ばれた男の最後の言葉であった。




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【あとがき】


「面白そう」や「これから楽しみ」と思われた方はフォローなどしてくれると嬉しいです。


 そして現時点で作者はカクヨムコン9用の新作を発表しております。


【タイトル】

【連載】追放された元荷物持ちによる、現代ダンジョン配信のイレギュラーなバズり方。そしてすべてを取り戻した元荷物持ちは英雄配信者となり、追放した側の探索者PTはすべてを失う以上の地獄をみる


ご興味があれば、是非ともご一読ください


よろしくお願いいたします


https://kakuyomu.jp/works/16817330666781149570

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