心身をわずかに重くする、昨今の怪異

【怪異三】オモイマス

(……にも、オモイマスが増えたわね)


 雑踏を歩く遊神来夏。

 その目端に、地を這う歪な球体が映る。

 通行人の足首に触手を絡ませて纏わりつく、濃い灰色の、小さな怪異。


(オモイマス。言霊から生じる新興の妖怪。人の心身を、わずかに重くする怪異)


 オモイマス。

 政治家の「努力したいと思います」。

 スポーツ選手の「頑張りたいと思います」。

 断言すべき場面で、語尾に「思います」をぶら下げ、言い切らない。

 「努力します」「頑張ります」と言わない。

 保証しない、責任持たない……という含みを持たせる。

 これを続けているとオモイマスが生まれ、発言者の足首に絡み、ぶら下がる。


(あれは断言を避けているのではなく、語尾の印象を柔らかくしているだけだ……と言う者もいるけれど。オモイマスは言霊。そうやって肯定すると、肥大化する。ああいうふうに)


 黒寄りに濃くなったオモイマスを引きずって歩く、スーツ姿の中年男性。

 当人に自覚はないが、オモイマスが絡みついている右脚はわずかに動きが鈍い。

 それを来夏は、横目でちらり。


(ま、処世術だってわかってるけれど……ね。たまには断言すべき場面で断言すると、心も体も軽くなるわよ)


 来夏は視線を正面へ戻し、見上げる。

 宙に縦に並ぶ「社会イノベーションの日立」の文字。

 なにわのシンボルタワー、通天閣。


(それにしても……。新世界のゲーセンは、相変わらず開店早いわね。インベーダーハウス時代の名残かしら。知らんけど)


 シランケド。

 オモイマスに似て非なる、言霊由来の怪異。

 多くは、ヒョウ柄、もしくはトラ柄のきれいな球体。

 飴、ソース、青海苔の香りを発することもある。

 語尾に添えられた「知らんけど」は、保証しない、責任持たないを主張しつつ、断言の体裁を取ることができる摩訶不思議なワード。

 シランケドが憑いている人間は、オモイマスとは逆に心身が軽くなるという。

 しかしシランケドを飼い慣らすには、少なくとも数年間は当地に根を張って暮らし、修練を積む必要があるとされる──。

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