遊神来夏の怪異録

椒央スミカ

カクヨムコン10カクヨムネクスト賞応募予定作品

人に準ずる存在

【怪異一】亜

 

 人の姿をした物の怪。

 一文字だけの名前、それ以外なんの特徴もない、みすぼらしい中年男性の風貌。

 街角へおぼろげに現れ、人の目に触れると「あ」とだけ発声し、雲散霧消。

 妖怪というより幽霊といった風体。

 亜はこの日の深夜、とある地方都市の、民間の私設図書館内に現れた。


「ふっふっふっ……あーっはっはっはっ!」


 色褪せ、破れが目立つ寄贈本が並んだ、児童書の書架。

 その前に現れた亜は、人間の耳には聞こえない、怪異の声で笑う。


「いいぞいいぞ……。俺を取り上げる妖怪本が増えてきた……」


 ぼーっと現れては「あ」とだけつぶやき、すーっと消える物の怪。

 男の目論見通り、人々は彼を「」と命名した。


「亜……それが俺の名だ。ゆえにいかなる怪異本でも、俺を一番最初に紹介する。無論、巻頭はメジャーな妖怪が陣取るが、とにもかくにも目次では俺が先頭に立つ! 俺が一番だ! 妖怪の世界では俺が一番!」


 ──亜。

 それは人間として生きている間に、何事でも一番に立てなかった男の末路。

 努力に努力を重ねても、天賦の才、または豪運に恵まれし者の背中を拝む人生。

 捻くれ、絶望した男の強い無念は、その魂を無芸の怪異へと変えた。

 無芸ゆえに得た一芸。

 それが「亜」という名前。


「悔しかったら『亜』より前に来る名を名乗ってみろ! 人間……少なくとも日本人には、そんなことは不可能だっ!」


「……思慮不足ね。そんなんだから、人間だったころも一番を取れなかったのよ」


「だれだっ!?」


 いつの間にか亜の左方に現れていた、一人の小柄な女性。

 ベージュのパーカー、黒いデニムパンツ、栗毛、アンダーリム眼鏡。

 垂らした前髪は、眉毛を隠す長さで真横に揃えてある。

 後ろ髪は腰まで伸びたツインテール。

 遠目では中学生の印象だが、顔つきはしっかり成熟した女性の彫り。


「わたしは遊神来夏。そしてこっちは……」


 来夏の視線が、己の足元へと落ちる。

 そこには人の姿の妖怪が一体。

 床にぺたりと尻もちをついた、骨と皮だけの四肢を持つ、不敵な笑みの小男。

 その風船のように膨らんだ腹部から、亜はとある怪異を連想しながら、指さし。


「そいつ……餓鬼がきか?」


「不正解。これは前餓鬼前書きっていう妖怪よ。二番手さん」

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