ちよこれいと大作戦 Ⅹ

「——ドクターにチョコレートを作ってほしくて誘拐したぁ??」


 思わず、テオリは声を張り上げてしまった。

 目の前には、反省して座りこむふたりの男女、ロニー&フライドがいた。


 現在、荒事を諫めたシルヴィの指示に従って、穏当な現場取り調べがおこなわれている。

 あたりに漂うのは、調理ちゅうのドクターのほうから漂う、濃厚な甘いかおり。

 その様子を、夫婦のこどもたち四人がしげしげと眺めていた。あまり声を出すとドクターの邪魔になるから、互いにこそこそと話し合っている。


 これほどカオスな現場は、経験の浅いテオリはほとんどみたことがない。 


「どこから話したものやら」と、旦那のロニーが頭を掻いた。

「あんたが悪いんだよ」と、妻のフライドが肘鉄を見舞う。「ドクター・レイチェルは、話せばわかってくれるひとだったじゃないか。なのに、よりにもよってブン殴って攫うなんてね」


「はじめから、わかるように説明していただけますか?」

 と、メモ帳を片手にシルヴィが頼んだ。


「ああ。――おれたちは、スイーツ大好き一家なんだ」

 ロニーが答える。

「……なんかの説明になっているか?」

 とテオリ。

「まったくわけがわからんであります」

 とライラ。


「まあ、聞いてくれや。おれとこいつ、妻のフライドは、むかしから甘いものに目がなかったんだ。が、とにかく金がなくてな……。みてのとおり、九龍アパートの出身で、そもそもまともな飯にありつくのも大変だった。なのにこいつときたら、ぽんぽんぽんぽんガキばっか産みやがって」

「あんたがところ構わず腰を振ってくるからだろーが!」


 まったく品のない会話にも、シルヴィは顔色ひとつ変えなかった。


「そうなると、かんたんに金が入る仕事に手を出すしかないだろ? まあ、つまりバレたらお縄につくようなしのぎだ。一家六人、それでぎりぎりやっていけるかいけないかだったんだが……その、なんだ、つらくてよ」

「結局、生活が苦しかったのですか?」

「いや、たんに生きるにはどうにかなったが……甘いもんが食えなくてよ」


「バカかあんたは」「おバカさんでありますね」


 テオリとライラの言葉に、妻のフライドが激昂した。


「あんたらになにがわかんのさ! がんばってがんばって金を稼いで、ちょっと豪華なものを食べにいくのが、あたしらの生きがいだったんだよ!」

「やめとけ、ばか」


 ロニーが、妻をかばうような姿勢を取った。


「……それで、例のバフォメ社の商品の輸出詐欺に加担したと?」


 シルヴィの質問に、ロニーはうなずいた。


「やばい仕事ヤマだってのはわかっていたが、報酬がよかったんだ。ほんとうに、ズバ抜けてよかった。それに、余った商品――ビフィー・ラビットの板チョコとかは、おれたちがもらえるって話だったから、それで……」

「冷静に考えたら、とんだバカをやったもんだよ……。連盟企業に喧嘩を売るなんて、絶対にやるべきじゃなかった。それに、あの詐欺グループがあやしいこともわかっていたんだ。いざ窮地に陥ったら、あたしらを切ってとんずらこくなんて、わかりきっていたことだったのに。騙されるなんて、当たり前だったのに……」

「とにかく、犯行がバレて、おれたちは思ったんだ。捕まる前に、零番街にでも逃げるしかないってな。だがその前に……その前に、どうしても地上で夢を叶えたかったんだ」


「夢ですか?」

「ああ――かのドクター・レイチェルの作るチョコレートを、ひとくちでいいから食ってみたいって夢をよ」


 レイチェルのファンであるふたりは、チョコレートフェスに忍びこむと、精いっぱいの知恵を絞ってクイズを解き、ドクターのもとに先着したそうだ。

 同じクイズを経験した者からすると、かなりの執念だったのだろうと予想できる。


 そのタイミングで、離れた場所から哄笑が聞こえた。

 ドクター・レイチェルだった。


「ケケ! おい粛清官、その夫婦はマジにバカだぜ、ほとんどイカれちまっている。 残った金で、この器材不足で材料不足の、ろくなもんが作れねーキッチンをこさえたってのも、最高に笑えるな」


 そこでレイチェルは、さらに声を張り上げて、


「おい、ゼラチンねーのか! グラサージュを仕込む。コーヒーペーストに続いてこっちも作れねーんじゃ、さすがに俺様の作品とは呼びたくなくなるぜ」

「れ、冷蔵庫の奥のほうをみてくれ、あるはずだよ」

「お、プレートタイプか。まあいいだろ」


 作業を再開すると、レイチェルは話を続けた。


「だがな、そいつらが底抜けのバカなのは間違いないが――中央街のいけ好かねー味おんちのバカ金持ちどもよりは、百倍マシだ! そうだろ? 生涯地上にゃ戻れねーから、その前に俺様の作品を食ってみたいと涙目で頼まれて、それで断っちまったら、俺様のほうがよほどのクソバカになっちまうが、粛清官、てめーらは俺様に薄情者のバカになってほしいとでも?」


 テオリは、パートナーと目を合わせた。

 あの女、口は悪いが――粋ではある。まるで遊郭流の価値観だ。

 おおよその事情を把握したからか、シルヴィはレイチェルのほうに向かおうとした。

 その背中を、ロニーが止めようとする。


「た、頼む、粛清官――さん。どうか、あとちょっとだけ待ってくれ。あとちょっとで完成するって話だからよ……!」

「バカ、あんた、殺されるよ!」


 振り向いたシルヴィの横顔の、いつもの凛然とした表情――それが、冷酷な無表情にみえたからか、夫婦はおびえた。

 いつのまにか、こどもたちも固まってこちらを静観している。

 少しして、シルヴィは口元をゆるめた。


「抵抗しなければ、粛清なんてしないわ――それに安心して。あなたたちも、あなたたちのお子さんも、ドクターの作品を楽しむことはできるわよ」


 シルヴィは、キッチンに近づいた。


「……止めねーんだな」と、レイチェルが振り向かずに言った。

「止めませんわ。それよりもドクター、ごぶじでなによりでした」

「あ? てめーに心配される筋合いはねーよ」

「筋合いならありますよ。だってわたし、チョコレートフェスの会場で、あなたを探していたのですもの」


 シルヴィは紙を取り出した。

 クイズに参加しないと手に入らない問題文をみて、レイチェルは眉を吊り上げた。


「どういうことだ? てめーら、あの夫婦がやったらしい詐欺事件を追ってここに来たんじゃねーのかよ」

「違います。本日は、私用でチョコレートフェスに行っていましたの。そしてすべての問題を解いて、あなたのいるはずのブースに行ったら、もぬけの殻だった……。だからその場で追跡することにして、ここまで追ってきたのです」


 ここだけの話、あのふたりの粛清案件が始動しているのかどうかさえも知りません、とシルヴィは耳打ちした。


「……そんなら、あいつらを見逃すっていう選択肢は」

「……。」シルヴィは、首を振った。

「あるわけねえか」


 フン、と気に入らなさそうにレイチェルは鼻を鳴らした。

 棚の下からバットを取り出すと、レイチェルは静かに台に載せた。冷却したガナッシュの滑らかなペーストに、薄く伸ばしたバターを塗り、光沢を宿らせる。

 口調とは裏腹に、調理の所作はどこまでも丁寧だった。


「自分を襲ったひとたちを、あなたは気にかけるのですか」

「俺様をぶん殴って拉致したことか? そりゃあムカつくけどよ、さっきも言ったように、動機が動機だ。それに……いちおう、同郷だしな」


 レイチェルの告白に、シルヴィはさして驚くことはしなかった。


「やはり、九龍のヒントは、ドクターがここの出身だったから……」

「まーな。だが、かんちがいすんなよ? べつに、好きな場所ってわけじぇねえ。実際、ガキのうちに出ていって働き出したしな。それでも、俺様にチョコレートの味を教えたのは……いや」


 身の上話は好きではないのか、レイチェルは途中で大きく首を振った。


「こんな話はどうでもいい。それより、なんだったか? おまえも、あの問題を解いたって?」

「ええ、僭越ながら。つきましてはお話したいことがあるのですが、そのまえにひとつ質問が」

「ンだよ」

「ブース〝THE APARTMENT〟には、どうやら限定五箱のチョコレートは用意されていなかったそうです。ひょっとしたら、ドクター、あなたははじめから商品を用意していなかったのではないですか? 今もあなたが休日におこなっている新興地区でのボランティア活動のように、相手の要望を聞いてオーダーメイドで用意するつもりだったのではないですか?」


 レイチェルは、ふたたび驚いた表情をみせた。


「ケッ、そんなことまで知っていやがるのかよ……。まあ、答えはイエスだな。俺様は、もともと決まったものを作るのが好きじゃねーんだ。菓子は作品で、作品はインスピレーションだからだ! てめーもそうは思わねーか?」

「思います」

「なかなか話のわかるやつだ。バカの金持ちのなかではマシなほうだな」


 ケケケと、悪魔のようにレイチェルは笑った。


「だが、忘れちゃいねーか? あのクイズには、最後の問題がある。それに答えられないことには、残念だが俺様のチョコレートは……」

「もちろん、覚えておりますわ。でも、その前に失礼」


 そこでシルヴィは、夫婦のもとへと戻った。


「聞いてください。大市法と粛清官特権に基づいて、あなたがたの処理はわたしに一任されています。明白な罪状がある以上、わたしにはあなたたちを見逃すことはできません。連行して、しかるのちに相応の罰則を受けていただきます。連盟企業バフォメ社の直接的損害を生んだ以上は、通例に従って終身刑の判決となると推測されます」


 その宣告に、夫婦はいっそう意気消沈した様子をみせた。ふたりで手を取り合い、九龍アパートの硬い床に目を落とした。

 ただし――と、シルヴィは言葉を続けた。


「それは、あなたがたが事件の主犯として立件された場合となります。あなたたちを利用した組織のメンバーが捕まれば、結果的に責任は分散されます。本部管轄の段階で積極的な協力の姿勢を示した場合は、こちらも凡例に従い、工獄相当の罪には問われないものと推定されます。もっとも、軽くない実刑の判決は免れないでしょうが……。以上を踏まえて、捜査に協力していただければ、わたしが件の詐欺グループを捕まえることもやぶさかではありませんが、いかがですか?」


 夫婦が、顔を上げた。


「協力? する、なんだってするぜ!」

「ほんとうに、それで工獄行きじゃなくなるのかい?」

「確約はできませんが、担当の粛清官として可能なかぎり口添えします。それと、もうひとつ。このさき大変だったとしても、にどと犯罪に手を染めないと誓っていただけるのであれば」


 そこでシルヴィは、不安そうに固まっているこどもたちに目をやった。


「彼らが連盟傘下の孤児施設に入れるよう、わたしが計らいましょう。確実に安全で、施設を出るときには就労の支援もおこなっている場所です。……約束、していただけますね?」


 ロニーとフライドは、首をちぎれそうなほどに何度も首肯した。

 そこに、こどもたちがやってくる。おびえたような、怒ったような表情は、両親がいじめられているとかんちがいしていたせいか。

 しかし、いざシルヴィの顔を見上げると、そこにはいっさいの堅さはなく、長男とおぼしき少年の敵愾心の宿った目つきは、はたと消え失せた。


「ママたち、もう会えないの?」


 最年少らしき少女が、シルヴィに聞いた。


「少しのあいだ、会えなくなるかもしれないわね。でも、にどと会えなくなるわけじゃない。少なくとも、そうなるように努力するわ」

「おかしは? ママたち、だいすきなのに、食べられなくなったらかわいそう」

「そうね。それも、どうにかなるといいのだけれど」


 シルヴィは膝を曲げると、少女の頭に手を置いた。そのとき、少女のポケットから見覚えのある赤い紙がはみ出していることに気がついた。


「あら。それは、ビフィー・ラビットのミルクチョコレートね」

「うん。パパとママが、まえにもらってきたの。まだ、あと少しあるよ。おねえさんも食べる?」

「いえ、わたしはいいわ」

「……好きじゃないの? やすものだから、お金持ちはきらい?」


 不安そうに、少女はシルヴィを見上げた。

 シルヴィは、その頭に優しく触れた。


「そんなことないわ。ビフィー・ラビットのチョコレートは、いろいろな場所に売っていて、多くのひとが買うことのできる値段で、だからこそチョコレートの魅力に気づくことができて、パティシエになろうと志す人間が生まれたりするのよ。だから、わたしも好きだし――なにより、とても偉いチョコレートなのよ」

 

 シルヴィは立ち上がると、ドクター・レイチェルに目をやった。

 ドクターは、黙って調理の最終段階に集中していた。

 それでも、その耳には最後の問いに対する答えが入ったはずだった。


問い3.ビフィーチョコレートは、偉いか!偉くないか!

    どっちか、俺様に答えろ!


 一連のやりとりをみていたテオリは、心中で嘆息した。

 だれよりも完璧主義の先輩の、これ以上のない完答をその目にしたからだった。





 

 その後。

 ろくな材料がないにもかかわらず、その場のもので天才パティシエが作ったガトー・オペラを一家が食べ終わるのを見守ってから、各手続きが進んだ。

 九龍アパートの前で拘束される両親と、泣きわめくこどもたちの別れは、すべての事情がわかっていようとも、ミルクというよりはビターなエンディングといえた。


「シルヴィ先輩は徳が高いでありますねぇ。まったくすばらしい温情、自分は惚れ直したでありますよ!」


 と、訳知り顔で述べるライラに、シルヴィは首を横に振った。


「構造の問題はどうにもならなくて好きじゃないわ。結局、わたしにできるようなことは、どこまでいこうとも偽善になる。目の届く範囲でやるほかないのはわかっているのだけれど、それでも複雑だわ」

「???」


 抽象的な話が不得意なライラとは違い、テオリは内容を理解しつつも、とくになにも言うことはできなかった。

 貧困と格差。手の施しようがない問題は、世のなかに溢れかえっている。


「——で?」


 と、取り調べを終えたドクター・レイチェルが、疲れた表情で聞いてきた。


「どんなチョコレートが欲しい? しかたねぇから俺様が作ってやろうじゃねぇか」

「ありがとうございます。じつは、造形と材料に、いくつか注文があるのですが」

「あ? なにを使ってほしいんだ?」

「——こちらを」


 シルヴィが、ふしぎなものをバッグから取り出した。布で何重にもプロテクトされた冷却袋のなかには、カプセルのようなものが収納されていた。

 そのなかには、たったひと粒のチョコレートが。


「——〝本物のチョコレート〟です。こちらを使って、ドクターに腕を揮っていただきたいというのが、わたしの要望ですわ」


 度肝を抜かれた表情のレイチェルに向かって、シルヴィはにっこりと微笑んだ。

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